前置きなしの同居生活 1
ギクシャク。そんな言葉がよく似合う、今の二人。相変わらず、斜め向かいに座ったシグナス様と私の距離は遠い。
シグナス様が率いる隊の副隊長を務めている、アーレスティ卿だけは、すでにシグナス様の状況を知っていたらしい……。
ということは、私が寝込むたびに憔悴していた人って……。
アーレスティ卿が用意していくださった馬車の中で、フード付きのマントを目深にかぶったシグナス様は、身動き一つとらない。
斜め前に座って、俯いているシグナス様は、マントの中に腕も隠してしまっているから、以前と全く変わらないように思える。
――――憔悴、するはずないわね。
きっと、いつも私のこと気にしてくれていた、新人騎士ウィンター卿の話だったのだろうと、私は結論づけた。
それにしても、野営を何か月もするのは、遠征にいつも出かけていたシグナス様にとっては当たり前のことなのかもしれないけれど、どんな生活をしていたのかしら?
「シグナス様……。帰り次第、夕食を用意しようと思うのですが、食べられないものとかありますか?」
「唐突だな…………。ん? 君が用意するような口ぶりだな」
「ご存じの通り、スプリング男爵家は、裕福ではないので……。母が病気療養に行っている今、唯一の使用人も一緒について行ってしまいましたし……」
その言葉を継げたとたん、フードをかぶったままこちらに勢いよく顔向けたシグナス様。
フードに隠れていた尻尾が、一瞬だけ太くなったのを私は見た。
「……え? そんなばかな。リーナが、そんな苦労はしなくていいように取り計らっていたはずだ」
その小さなつぶやきは、シグナス様の口の中でかき消えて、私には聞こえることがない。
「……シグナス様? どうなさったのですか」
「……なんでもない、少々考えることが増えただけだ」
「そうですか……? ところで、質問に答えていただいていませんが、食べられないものは何かありますか?」
これは、興味本位ではなく重要な質問だ。
猫の姿になってしまったのだ。もしも、食べられないものをお出ししてしまっては大変だ。
フードの中に手を入れて、頭をガシガシとこすっていたシグナス様は、なぜか動きを止めると俯いたまま口を開いた。
「……食べられないものは、特にない。だが、できれば君と一緒に食べるのは避けたい」
……そうですよね。嫌いな人と食べたら、ご飯がおいしくないですものね。
シグナス様のおっしゃることはもっともだと、納得する。
悲しくなってしまったことを気づかれたくなくて、あえて明るい声音でシグナス様に話しかける。
「そ、そうですよね! えっと、別室にご用意しますのでご安心ください!」
「…………君は、何か勘違いしていないか」
「え?」
「別に、君と食べるのが嫌とか、そういうわけではないからな?」
マントの中から現れた、ふわふわの白い手。それは巨大な猫の手だ。
私はしばらく、その肉球を見つめた後、ようやくその事実に気がついた。
「――――まさか、フォークとナイフが持てないとか」
「っ、事実をハッキリ言い過ぎるのは、考え物だ。リーナ・スプリング」
「あ、失礼しました」
シグナス様がそう言うということは、事実ということだ。
確かに、猫の手をしていると、不便なことも多いに違いない。
そういえば、シグナス様がこの姿になってから二回も助けられているけれど、剣を使った姿も見ていない。
シグナス様は、たしかに剣の実力は王国でも片手に入るけれど、氷魔法も得意だ。
その二つを組み合わせることで、王国最強の名をほしいままにしている。
「剣……。この手では、握れませんね」
「――――君が心配することではない。解決策が、ないわけでもない」
「そう、ですか」
その言葉を聞いてしまった私は、逆に不安になってしまった。
君が心配することではない、と言ったとき、たいていシグナス様は、信じられないような無茶をするのだから。
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