絶体絶命と白いモフモフ 5
抱きしめられたまま、目を閉じる。
そのまま、素知らぬ顔でシグナス様の左肩に、そっと手を添える。
「…………」
「うぐ」
「…………やっぱり」
シグナス様の左肩。
もふっとした感触でわかりづらかったけれど、ぐいっと掴めば、腫れて熱を持っていた。
けがをしても、いつもなんともないふりをして、戦い続けてしまうシグナス様。
今回も、わからないよう振る舞っていたつもりのようだけれど、私の目はごまかせない。
「余計なことを、するな」
「無理な相談です」
ふんわりとほのかなオレンジ色の光が、手のひらから放たれる。
想像通り、かすり傷などではないシグナスの左肩。
「……っ。どうして君はいつもそうなんだ」
どうしてと言いたいのは私の方だ。
……ちゃんと教えてほしいのに。
私が魔法を使ったり、無茶をしたときには、辛そうに顔を歪めるシグナス様。
「どうして教えてくれないんですか?」
「えっ?」
「シグナス様が、けがをしたなら治したいです。ただ、助かった、という一言だけで、私はうれしいのに」
「む……」
そうつぶやいてしまった直後から、私はすでに後悔した。好きでもない、むしろ嫌っているだろう相手からこんなことを言われれば、もっと嫌いになってしまうに違いない。
長い沈黙、もう治癒魔法もかけ終わったのだから、早々に立ち去ろう……。
それなのに、まだシグナス様の腕は、私の背中に回されたままだ。
「…………」
「あの、シグナス様?」
「た…………」
「た?」
「……助かった」
パチリと瞬く、私の空色の瞳。
猫の表情って、分かりにくいのかもしれない。
まっすぐに見つめるシグナス様の瞳は、今は金色にしか見えない。
「………あの」
「そんな顔をするな」
「……ありがとうございます」
「なぜ、君が礼を言う」
確かに、回復魔法を使ってけがを治したのに、逆にお礼を言うなんておかしいのかもしれない。
でも、その言葉をもらえただけで、私はとてもうれしくて……。
モフモフの毛並みに、顔を埋める。
深呼吸すれば、今日までの半年間の絶望も、悲しみも、溶けて消えてしまうみたい。
「――――シグナス様」
「……それにしても、約束を守らないのは、相変わらずだな? 褒められたことではないぞ、リーナ・スプリング男爵令嬢」
「……うっ。申し訳ありません」
そっと離れていく腕、急に冷えたように思えて、ふるりと震えた私に、深いグリーンのマントが巻きつけられる。
「さ、リーナ。さっさと家に帰るんだ」
「…………シグナス様は?」
シグナス様の瞳が瞬く。
「……いったい半年間どこにいらっしゃったのですか?」
露骨に目をそらしたシグナス様。
ああ、これは……。
シグナス様は、この姿では屋敷に戻ることも出来ず、野営をして過ごしていた可能性が高い。
「シグナス様?」
「リーナ。俺のことは」
「私は、シグナス様の婚約者です。まだ、婚約破棄をされた覚えはありませんし……」
「……リーナ」
シグナス様の手を掴む。
剣だこだらけで節くれ立っていた手は、今はふわふわで、肉球まであって柔らかい。
「こ、これは?!」
この感触は……。
思わず、ふにふにと肉球をもんでしまう私。
ふにふにと手が、止まらない。
「リーナ・スプリング?」
顔を上げると、困惑したシグナス様がこちらを見つめていた。
「とりあえず、我が家は狭いですが、今は家族は不在ですから……」
貴族といっても、貧乏男爵家の我が家はそこまで大きな邸宅ではない。
シグナス様が外で寝るなんて耐えられない。
病気療養中の母と、母の療養に付き添った父。
唯一の使用人、執事も二人に付き添ってしまい、屋敷に家族はいない。
「はぁ。……それはつまり、君と二人きりということか?」
「えっ、あっ!」
そんなつもりで言ったのではなかった私は、わかりやすくうろたえてしまう。
「ご、ごめんなさい! 私なんかと」
長いため息と、頬に添えられたふわふわの手。
「君が構わないなら、少しの間世話になろう。……今の王都は治安が悪い。屋敷に一人きりなんて、あまりに危険だ。よく今まで無事だったな?」
それに、厳密に言うと、一人では……。
シグナス様があまりにまっすぐ見つめてくるから、心臓がいくつあっても足りないくらいドキドキしてしまって、それ以上何も言えなくなってしまう。
予想外に、私たちの距離は、近づきつつあった。
そして、ツンデレのデレの先は、溺愛だということを、このときの私は、まだ知らない。
ご覧いただき、ありがとうございます(*´人`*)
下の☆を押しての評価や、ブクマいただけるとうれしいです