絶体絶命と白いモフモフ 3
***
魔力が回復しても、ほんの少しのめまいが残っている。さすがに、魔力が空になるまで回復魔法を使ったから、魔力回路に負担がかかっているのかもしれない。
けれど、私は久しぶりにやる気に満ちていた。
「……また、今日からここに来よう。少しでも……役に立とう」
シグナス様を思い出してしまうのが辛くて、この半年間この場所に通うことが出来なかった。
けれど、回復魔法は貴重だ。
私も少しでも、王都の住人のために戦ってくれている騎士様のお力になるべきなのだろう。
『無理をするな。騎士たちは君みたいに軟弱ではない。ひ弱な令嬢に、そんなに負担を強いてまで回復したい者などいない』
どこか咎めるような声が聞こえてきた気がした。
それは、騎士様を回復しては、魔力量が少ないせいで眠りに落ちてしまう私に向けられた、シグナス様の言葉だ。
――――本当に。それほど役に立てるわけではないけれど。
シグナス様のお役に立ちたかった。
でも、ほかの騎士様達が帰還する中、シグナス様だけが帰ってこなかったあの日から、この場所に来ることが出来なかった。
その間も、ずっと騎士様達は闘い続けてくださっていたのに。
私は以前のように騎士団の詰め所に通い始めた。
そして、毎日、魔力を使い切って、騎士団の救護室のベッドをお借りした。
『無茶するな。周囲にいらぬ心配をかけているぞ』
『かすり傷まで治す必要はないだろう。……君はほんとに加減を知らない』
『リーナ。……家で大人しくしていろ。……倒れてばかりじゃないか。……迷惑なんだ』
不思議なことに、寝入る直前、いつもシグナス様の叱るような、呆れたような、それでいてどこか私を気遣うような声が聞こえる。
騎士団の救護室にいるせいなのかしら。
そして、魔力を使い果たして眠っていると、決まって感じる、ふわふわした極上の肌触り。それは、そよ風のように私の頬をそっと撫でていく。
おかげで、ここ半年眠れなかったのが嘘みたいに、気持ちよく眠れた。
「んー。よく寝たわ」
「……無理しすぎではないですか?」
誰なのかすぐにわかる、低くて渋い声。
シグナス様とは大違いの、気遣うような言葉。
その声の主に、私は、ベッドの上からピョコンとお辞儀をした。
「アーレスティ卿、お久しぶりです」
赤みを帯びた茶色の髪と瞳。
精悍な顔つき、がっしりとした体つきをした美丈夫、アーレスティ卿は、シグナス様の率いる隊の副隊長だ。
シグナス様不在の今は、アーレスティ卿が隊長を代行をしている。
「リーナ嬢。こちらこそ、ご無沙汰しています」
椅子を運んできたアーレスティ卿は、ベッドから降りようとした私を手で制して、横に腰掛けた。
「騎士団に、怪我人がいなくなりそうですよ。皆、リーナ嬢が無理をしすぎではないかと、心配しています。特に、若干1名が憔悴するほど心配しています」
「えっ? ずいぶん心配性の騎士様がいらっしゃるのですね」
「ええ。見た目と言葉に反して、とても心配性なのですよ」
「どうか、ご心配なく、とお伝えください」
「余計なことを、と言われそうですが、たしかに伝えましょう」
こうして忙しくしていないと、すぐにシグナス様のことを考えてしまう。
そういえば、アーレスティ卿に会えたら聞こうと思っていたことがあった。
聞いても良いのだろうか。思わず上目遣いになってしまう。
「あの……。私のことを助けてくださった、白猫さんのこと、ご存じですか?」
二足歩行の白猫さんは、騎士服を来ていた。
騎士団と関係があるに違いない。
でも、先日ウィンター卿は、白猫さんのことは、機密事項だと言っていた。
アーレスティ卿を困らせてしまうようなら、すぐに引き下がろう。
けれど、予想に反してアーレスティ卿は、顎に手を当てたまま真剣な表情になった。
「白猫……ですか。それを聞いて、どうなさるおつもりですか?」
「もちろん、助けていただいたお礼をするつもりです」
命の危機を助けていただいたのだ。
受けた恩は返さなければならない。
……それに、あの声。
『無駄に律儀だな』
シグナス様が、苦笑交じりで耳元でささやいた気がした。気を抜けば、思い出すのは、距離感があって、しかも私の行動に呆れてばかりのシグナス様の声と表情ばかり。
「白猫は、人間というよりも、魔獣に近いような姿をしていると聞きます。恐ろしくはないのですか?」
「……命の恩人ですよ? 怖いはずないです」
……むしろ、もふもふ白くて可愛かったです。
その言葉は、かろうじて飲み込む。
「そうですか。さすがはリードル卿の婚約者ですね」
その名前を聞いただけで、胸がズキンッと痛む。
シグナス様に会いたい。
なぜかしら、白猫さんにも会いたい。
「リーナ嬢が、そう思われるのでしたら、きっと近いうちに会えるでしょう」
そして、その言葉は、数日後、現実となる。
私の行動に、心底あきれかえった、白猫さんの言葉とともに。
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