絶体絶命と白いモフモフ 2
***
「シグナス様……」
目を覚まして、起き上がる。
少し硬いベッドには、覚えがある。
あの日も寝かされた、そしてそれ以降も度々お世話になっていた騎士団、救護室のベッドだ。
「お姉ちゃん!」
少し高い、少年の声が聞こえた。
ベッドに小さな両手をついた少年が、私のことを見つめている。
「……君、無事だったんだ。よかった……」
「うん! 大きな猫さんが、助けてくれたんだ」
「――――猫」
騎士服を身にまとった、真っ白な毛で覆われた白猫の背中。
一般的な成人男性よりも背が高く、モフモフの毛で覆われているせいか、とても大きく見えた。
恐怖のあまりに見た幻ではなかったらしい。
――――それよりも、あの声。
お腹に響くみたいに低くて、それでいてどこか甘い、よく似た声だった。
最後に、シグナス様のことを思い浮かべたせいだったのだろうか。
それこそ、私の願望が聞かせた幻聴だったのかもしれない。
「…………お目覚めになられたのですか。よかったです」
優しい響きの声がして、扉の方に顔を向ける。
そこに立っていたのは、私を助けようとこちらに駆け寄ってくれた、若い騎士様だ。
水色がかった灰色の髪に、青い瞳の騎士様は、こちらに歩み寄ると、ベッドの前にひざまずいて、私と目を合わせた。
「王立騎士団ライル・ウィンターと申します。ご令嬢の勇気に敬意を表します」
「…………騎士様が、ここまで運んでくださったのですか?」
「…………そうですね。確かに、ここまで、ご令嬢を運んだのは俺です」
「そうですか。ありがとうございました」
ふわふわの感触は、きっと幻だったのだろう。
ベッドから足を出す。
起き上がっても痛みはないようだ。
気を失ってしまっただけなのだろう。
「あの、白い大きな猫が助けてくれたって、この子が言っていますが」
「……事実です。突然現れた白猫と思わしき生き物が、今回襲撃した魔獣をすべて倒して、去って行きました」
私の記憶が正しければ、確かに王立騎士団の制服を身につけていた。
どう考えても、その姿は、おとぎ話の中に出てくる、二足歩行の白猫だ。
「極秘事項だったのですが、実は半年ほど前から王都周辺で目撃されていたのですよ」
「え? なぜ、私にそんな機密を」
王立騎士団の極秘事項というのであれば、他人に漏らしてしまえば軍法会議にかけられる。
それなのに、さも当たり前のように、ウィンター卿は私に伝えた。
「……シグナス・リードル卿の婚約者、リーナ・スプリング男爵令嬢……。ですよね?」
「…………どうして、それを」
「俺は新人ですので、直接の面識はありませんが、リーナ嬢は有名ですから」
まさか、その名で呼ばれると思っていなかった。
私の容姿は、それほど目立つわけではないし、いつもシグナス様は戦いに明け暮れていたから、パートナーとして夜会に参加することもほとんどなかった。
確かに、騎士団の詰め所にはよく出入りしていたけれど、初対面の騎士様が私のことを知っているとは思わなかった。
「リードル卿から、リーナ嬢の話は、よく聞いていたので……」
「……シグナス様から?」
シグナス様が、仲間の騎士様に私の話をしていたなんて、意外だった。
「俺は、リードル卿の隊の所属です。それから、白猫は、すでに王都で多数の住民に目撃されました。機密とは言えなくなったのでご心配なく」
再び渇いてしまった喉を少しでも潤したくて、ゴクリとつばを飲み込む。
騎士団長直属部隊、最前線で戦う王国の精鋭だ。
「…………シグナス、様と」
「そうです」
「――――シグナス、様は」
「申し訳ありません。あの日は、別の任務があったため、一緒に行動していなかったんです」
室内を耳が痛くなるほどの静寂が支配した。
やはり、シグナス様は、もう帰ってこないのだろうか。
ツーンとしてしまった鼻を、思わず覆う。
「そうですか……」
そこで、始めて私は、リードル卿が足を引きずっていることに気がついた。
「おけがをされたのですか?」
「ああ、お恥ずかしいことに、あの後数匹の飛竜が現れて、二足歩行の白猫と共闘したのですが、その時に」
「そうですか……。あの、失礼します」
立ち上がると、私はしゃがんで、リードル卿の足にそっと触れる。
柔らかいオレンジ色の光が現れて、そして消える。
「……え? まさか、回復魔法を使ったのですか?」
「少しだけですけれど」
「あの、結構深い傷だったのですが、大丈夫なのですか?!」
「……えっと。……もう少しだけ休んでいってもいいですか?」
私は、ベッドに逆戻りして、布団をかぶった。
ウィンター卿の傷が、思っていたよりも深かったせいで、魔力をたくさん消費してしまった。
それにしても、これほど魔力を消費しないと治せないほどの傷を負っていながら、平気な顔して動くなんて、なんて騎士様って我慢強いのかしら。
……シグナス様も、どんな怪我を負っていても、平気な顔をしていたわ。
私が、回復魔法を使うと、余計なお世話、とでも言いたそうに、眉根を寄せていた……。
「少し寝ます……。寝れば、回復しますので」
「わかりました。ありがとうございます。この恩は必ずお返しします」
「ふふ。王都を守ってくださっている騎士様のお役に立ててよかったです。私は、戦ってくださっている騎士様にこれくらいしか出来ませんから……。お礼なんてもらえるはずも……」
そこまでは、なんとかしゃべったけれど、魔力の消費のせいで眠気が強すぎて、夢の中に落ちていく。
「……また、このベッドで寝ているのか。こんなことなら、魔力の消費も制限しろ、という約束をするべきだった」
完全に眠る直前、ささやくような声が聞こえた。
柔らかい、ふわふわの感触が、私の頬をそっと撫でる。
やっぱり、その声は、シグナス様の声によく似ているのに、魔力を消費したときの眠気は、あまりにも強いから、私は目を開けることが出来なかった。
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