二足歩行の猫と聖女 4
少し冷える早朝、温かい毛並みがそっと、ベッドから出て行く気配がした。
音を立てないように忍足で去ろうとしたのに、動揺を隠しきれなかったのか、テーブルのお皿を落として割ってしまったらしい。
パチリと目を開ければ、気まずそうなシグナス様と目があった。
「シグナス様、体調はいかがですか?」
「君は、淑女としてだな」
「ふふ、私たちは婚約者ではないですか」
「…………はぁ」
ツカツカと今度は足早にこちらに戻ってきたシグナス様は、いつ見ても目がチカチカしそうなほどの美男子へと姿を変えた。
「っ、シグナス様」
「はは、この姿になると、とたんに大人しくなってしまうな? リーナ・スプリング。猫の姿だと安心か?」
ベッドの上に横になったままの私を挑発するみたいに、シグナス様はそっと乗り上げてきた。
「えっ、と、あの」
あまりの美貌にクラクラしてしまう。
たしかに、猫の姿だと思って油断していたのかもしれない。
でも、猫の姿でも、美貌の騎士様の姿でも、シグナス様はいつだって。
「カッコ良すぎるから、困ります」
「は、はぁ!? この状況でよくそんなことが言えるな!?」
そして、本当に可愛らしい。
どうして、嫌われていると、私になんて興味がないと思っていたのだろう。
「シグナス様、無茶しないでください」
「リーナ、君にだけは言われたくない」
「……シグナス様のことが心配です」
「――――リーナを守るのは俺だけだ。遅れをとったりしない」
シグナス様は、わかっていない。
昨日の晩みたいに魔力を使い果たして帰ってきて、やせ我慢されたら、心配しないはずがないのに。
まだ、私の頭の横に手をついて、ベッドに乗り上げたままのシグナス様。
私も肘をついて起き上がる。
「好きです。キスしてくれませんか?」
「リーナ」
「約束のキスです。私の元に、必ず無事で帰ってくると」
少し眉を寄せて、それでも私の頬に手を添えたシグナス様は、そっと私に口づけをした。
「約束しよう。いつだって君が、唯一帰りたい場所だから」
けれど、シグナス様は、そのあとも魔獣と戦い続けた。
聖女としての私を守るため。
そして、魔獣に墜ちた聖獣を探すため。
王都にはひととき平和が訪れる。
シグナス・リードルの活躍により。
「ミュ?」
「えっ!?」
けれど、危機はいつだって、知らぬ間に目の前まで忍び寄っているものだ。
私は、信じられないできごとを前に固まっていた。
子猫を咥えた、大きな白い猫。
間違いなく、普通ではないその猫に、私は思い当たりがある。
「シグナス様が、探したときは出てこないのに、どうしてこんな王都の真ん中に」
「ミュー!」
「はっ、離して!」
そう叫んだ次の瞬間、私は巨大な猫の背にいた。
何かの魔法が使われているのか、身動きが取れない。
その時、黒と金色の小さな二つの影と手紙ちゃんが、部屋に入ってくる。
「リーナ!」
「アベル! リンダ! こちらに来てはダメ!」
強い風が吹いて、勢いよく窓が開く。
次の瞬間、浮遊感とともに、走り出した大きな猫に私は連れ出されていた。
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