二足歩行の猫と聖女 3
シグナス様は、真夜中になって、ようやく帰ってきた。
アベルとリンダは、たくさんご飯を食べて、子猫と一緒に眠ってしまっている。
馬車から降りてくる姿を見て、屋敷を飛び出して駆け寄ると、大きく体勢を崩した後、シグナス様は、むしろ最近では見慣れたような白猫の姿になった。
「……あれっ?」
「……少々、疲れたな」
出かけるときは、王位をあきらめない限りとか、聖獣を救うために行動する限り、とか言っていたのに、猫の姿に戻っているシグナス様。
私は、首をかしげる。
「諦めてしまったわけではないですよね? つまり、王位を諦めない、聖獣を救うために行動する以外にも、人の姿でいるには、制約があるということなのですね……」
「君は、変なところで聡いから困る」
それは、つまり正解と言うことなのだろう。
……シグナス様は、変なところで分かりやすい。
「なるほど、魔力が空になっているではないですか」
「……あまり見るな」
「見ますよ。よく立っていられますね?」
「鍛えているからな」
そう言う問題ではないことを、私はよく知っている。
たぶんシグナス様は、強がっているけれど、倒れる直前だ。
「さ、行きましょう」
「どこに」
「部屋に決まっています」
「一人で行ける……」
最近になって、シグナス様のことがようやく分かってきた私。
私に心配をかけまいとしたり、私のことを心配しすぎてしまったりすると、シグナス様は、こんな態度になってしまうようだ。
「あ……。シグナス様、私も少しめまいが」
「な……! 魔力を使いすぎたか? 風邪か? それとも」
「うう。部屋に、行きたいです」
「すぐに行こう」
……シグナス様のこと、ものすごく愛しくてかわいいと思ってしまった。
どうして、私は、こんなに優しくて素直なシグナス様の本心に、気がつくことができなかったのだろう。
徐々に足元がふらついてきたシグナス様の手を引いて、部屋に入る。
「早く横になりましょう?」
「……ん? それよりも君が」
「わかりました。私が先ですね」
カバーをめくって、手をつないだままベッドに横になる。
そして、シグナス様のフワフワの手を引き寄せた。
それだけで、すでに魔力が枯渇しつつあるシグナス様は、簡単に私の方に倒れ込んでくる。
感じるのは、温かさと、重みと、極上のふわふわした触感だ。
「シグナス様のこと、心配しすぎたせいか、体調が悪いんです」
「ん……」
「一緒に寝ましょう?」
「は……。君はいつも」
魔力を使いすぎると、正常な判断ができなくなって、その後とても眠くなる。
私は、少しでもシグナス様の苦痛を和らげたくて、そっと治癒魔法を使う。
オレンジ色の光が、私たち二人を包み込む。
「おやすみなさい、シグナス様」
「――――リーナ」
目を閉じる直前、緑の光を強く宿したシグナス様の金色の瞳が、真っ直ぐ私を見つめる。
「守る……から」
シグナス様は、無茶ばかりする。
そんなところは、私とよく似ているのかもしれない。
「私も、シグナス様のことを、守りたいです」
私は、子猫になった気分で、シグナス様のフワフワの毛並みに、体を寄せ、いつの間にか眠りについていた。