一緒にいる時間は家族みたいに 5
魔獣用という粉ミルクを子猫はものすごい勢いで飲んでいる。
よっぽどお腹がすいていたのね……。
ウニャウニャと、声を上げながら飲んでいる姿が、なんともかわいらしい。
「……お腹壊したり、しませんよね」
「――――ああ。先ほども言ったが、魔獣と動物の根本はそこまで変わるまい」
「……それはいったい」
魔獣は人を襲う。動物とは違う生き物だと思うのに……。
でも、それならばなぜ、魔獣を見たときに私たちは、なんの動物の魔獣か、すぐにわかるのだろう。
子猫から目線を外して、シグナス様を見上げる。
やはり、見るたびに寿命が縮むのではないかと思うくらい、心臓が高鳴るほど麗しい。
こんなお方と婚約者だなんて、やっぱり何かの間違いでないかしら?
シグナス様は、珍しく頬杖をついて子猫を見つめていた。
「なんだか、家族みたいですね」
その横顔が優しすぎたから、思わず私が余計なことを言ってしまったのも仕方がないだろう。
一瞬シグナス様の、緑色を帯びた金色の瞳が、大きく見開かれ、その顔が私の方を向く。
驚いたような顔のまま、シグナス様が私のことを見つめてくる。
「……余計なことを言ってしまいました」
「…………」
いつものように、冷たい言葉が返ってくると思ったのに、シグナス様は何も言わない。
ただ、まっすぐに私のことを見つめているだけで。
「……君は、そうあればいいと思うか?」
「え?」
「俺と、リーナが、その……。家族になればいいと」
「当たり前です」
そう、当たり前だ。
絶対叶わないと思って、考えないようにしていたけれど、シグナス様と家族になって、毎日こんな風に穏やかに過ごすことができたなら、どんなに素敵だろう。
「そうか……」
シグナス様が、私の手に大きな手を重ねる。
その顔が近付いてきて、緊張のあまり目をつぶってしまった直後、フンワリとした感触が唇に降りてくる。
ふわふわの感触が離れていった。
そっと、目を開けてみる。
そこには、不思議なほど色が変わる瞳をした、白い猫がいた。
「……戻ってしまったのですか、シグナス様」
「そうだな」
「……二足歩行の猫」
それは、王国に住む人間なら、誰もが幼い頃から、繰り返し聞く物語だ。
聖獣信仰が盛んなこの国で、長い年月大人から子どもへと語り継がれてきた。
その物語は、普通に考えれば起こることのないはずの、おとぎ話だ。
再び猫の姿になってしまったシグナス様を、正面に見つめる。
どうして、思い至らなかったのだろう。
本当に私が聖女候補なのだとしたら、シグナス様と私に起こっている今の状況は、あまりに二足歩行の猫のおとぎ話と似すぎていることに。
真剣なことを考えたとたんに、何故か鳴り響いてしまった、私のお腹の音。
「あ、お食事途中でしたよね」
「俺に食べさせるより先に、君が食べるべきだな。リーナ・スプリング」
楽しそうに、からかってくるシグナス様は意地悪だ。
赤面した私は、先ほどの疑問を胸の内に秘めて、小さなサンドイッチを口に放り込んだのだった。
最後までご覧いただきありがとうございます。『☆☆☆☆☆』からの評価やブクマいただけるとうれしいです。