決まらない
土曜の今日はお昼に俊輔と待ち合わせをしているので、茉莉は仕事終わりに昨夜は友達と会って酒を傾けやっとのことで家へ帰り着くと軽く酔った頭に疲労困憊した身も何のその。
そろそろ眠りにつく頃合いなのも構わず夢中でクローゼットを引っ掻きまわしたあげくは気づけば夜も深くなり、とうに日付をまたいだ甲斐もあればこそ出掛ける装いを決めたことは決めたのだけれど、切った冷房の煮え立つほどの蒸し暑さに七時にはもう目覚めるままにシャワーを浴びて、涼しくした室内で髪をかわかし静かに着替えたなりでいざ姿見の前に立ってみると、急に不満と不安を覚えて、その場に佇んだきり困ってしまった。
人並みに洋服の趣味はあると思うけれど、付き合って間もない今の彼氏は歴代でも筆頭にいい男。茉莉としては余程気が抜けないのである。
先程も普段は下ろしている髪をとかしながら、今日ばかりは気分を変えてちょっぴりアレンジしてみようかと思い立ち、束の間あれこれ思案してみたのも、結んだり編んだり巻いているさまがどれも似合って羨ましい親友のことが浮かんだからで、茉莉はいっそ雫に教えを乞おうかと携帯電話まで握ったものの、すぐさま思い直し、慣れない髪型で出掛けたらそれこそ落ち着かないに決まっていると、うじうじ悩みかねない物思いにけりをつけたのは良かったものの、洋服は毎回おなじものを着ていくわけにもいかない。
で、今朝姿見の前に立ってみて気がついた事というのは、前回ではないにしても、その前か更にはその前かはすでに失念してしまってちょっと思い出せないけれど、確かにこの洋服で一緒に出掛けたという事。
無論合わせ方は一様ではないから厳密にはぴったり同じ格好ではないけれど、トップスが一緒ならば俊輔の目にはそう違って見えないはず。
茉莉はそう心づくや否や、俊介に毎度似たような服ばかり着ていると誤解されるのを恐れると共にたちまち羞恥に震えるが早いか昨夜そのままに今一度クローゼットを引っ掻きまわしてあれこれベッドへ並べて見比べながらこれでもないそれでもないと次第次第に興奮しきった末にはどっと疲れが来るままにへなへなと尻もちをつくが如くくずおれてしまった。
歴代の彼氏で一番いい男だとはいってもそれほど男を知ってるわけじゃなく、それに誰彼見境なく色んな男を知れば知るほどいいなどとは無論のこと茉莉は微塵も思ってはいない。
そんなのは心も体もすり減るだけすり減らすばかりか、本当に好きな男がいざ目の前に現れてしまえば、その男共は一挙に圏外へと霧散して消え去ってしまう。
「付き合ってみさえすればだんだん好きになっていくものよ」
そう教えてくれた雫の言葉に首をかしげながらも信じたくて、何度も近寄って来たその人の幾度目かの告白に最後はうなずくままにだらだら一年ちょっと、月並みに幸せと言えるくらいにはどきどきさせてもくれたけれど、俊輔とはやっぱり比べ物にならない。
といってあの人に恨みはないし青春を返せなどとも言いはしない。
茉莉にとってはむしろ社会人二年目の今が今こそ青春真っ盛りであるし、何を隠そう華やかな女盛りにも違いないとすれば、俊輔と二人この青春を和やかに楽しく勿論麗しく過ごしながら身は若く幸福のままに、その先の道へと二人手を取り合って進んで行く未来のことを、先夜一緒に夕飯の献立を選びながらやさしく籠を持ってくれる俊輔にふとほだされた時、直感したのだけれど、その気持ちは今や一層温まり燃えつづけているのである。
茉莉は物思いに耽りながら座ったなりでぐっと腕を伸ばし、壁際へ重ねた座布団からひとつを引き抜いた。
そのままそれへ腰を落ち着けて寝不足気味の奮闘に疲弊した体を壁へもたせかけるうち早くも瞼がとろとろ眠気に襲われるままにこっくり船をこぎながら、夢の中だいぶ先をゆく足長で早足の俊輔に追いつくべくとことこ歩けども歩けども近づいたかと思うと遠ざかるばかりでついに茉莉は一散駆け寄って後ろからほっそり背の高いその身を抱き寄せると共に男がこちらを顧みようとしたところでぱっと目が覚めた。
一番いい所で目が覚めたのを不満に思いながらも静かに立って台所へ行き、水を一杯飲むころにはもう落ち着いて、そのまま部屋へもどり置時計に時間を見ると十時である。
茉莉は一転ぐずぐず悩んでも栓無いこととふと諦めるままに、昨夜決めた装いにしようと思案を固めると、まずはゆっくりと化粧下地を兼ねた日焼け止めをぬった上から化粧をし、それから着替えても無論あまる時間を英語のテキストに潰すうちにもなお抑えきれぬ浮き浮きをそれでも抑えて、ようやっと時間が来ると共に姿見へ自分を映しながら、ふっとかげった不安を振り払うようにそこへ背をむけ歩きだすや否や何物かに蹴つまずき、ころころ転がるスプレーを拾う手間さえ惜しむかの如くすぐと部屋を出た。
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