【7】
「学園の近くにオシャレなカフェがあるのよ。
そこで話しましょ」
イチカがさっさと帰ってしまったので、僕はとりあえず高浪について行くことにした。
「あ〜ぁ、ホントはここに島田と一緒に来たかったのに。あ、島田ってうちの運転手ね」
僕だって一緒に来たくて来た訳じゃないんだが。
「誘っても誘っても私の仕事はお嬢様の送迎ですのでって。全く相手にしてくれないの」
「イチカは僕が望めばどこでもついてくるだろうな」
「ずるい...。でもね、島田が私の担当になってからもう3年も経つのよ。毎日一緒に過ごしてるの」
「うちは3年半以上だな。それに僕たちが知り合ったのは3歳の頃だ」
「うっ。でもでも!私は島田のお家に行ったことがあるわ!お父さんもお祖父さんもうちの家の執事を務めてるからご家族とも仲良しよ!」
「家は...さすがに無いな」
イチカは屋敷の敷地内の従業員寮に住んでいるけど、あそこは異性立ち入り禁止なんだよ...
「私の勝ちね!」
「何のマウントだよ...それより代々高浪家に務めてる家系なんて、恋愛対象として厳しすぎないか?
向こうからは絶対に手を出せないだろうし」
「...やっぱりそう思う?でも橘くんも似たような感じじゃないの?」
「うちは...」
元々はイチカの母親がうちで働いていただけで、自分も使用人になるつもりだった訳ではないだろう。
でも幼かった僕がイチカと離れない為に思いつく手段はこれしか無かった。
「...うちは自由な家なんだよ」
「ふぅん」
高浪はイマイチ納得いかないと言いたげだった。
その後も取り留めのない会話をしているうちに時間が過ぎて、今日はひとまず帰ることにした。
「明日から仲良しアピール頑張りましょ!」
今のところ不安しか無いが...
明日からどうなるのか...
* * * * *
「坊ちゃん、お帰りなさいませ」
イチカが出迎える。
「あぁ」
僕たちは以前は姉弟のような幼馴染のような関係で、もっと距離感が近かった気がする。
中学に入学した頃からか、イチカはより使用人らしく振る舞うようになった。
「辻村くんとご挨拶した時も思いましたが、坊ちゃんにもご友人がいらしたんですね。
ふふっ。少し安心致しました」
友達をからかうような、こんな笑い方は久しぶりだな...
「イチカが知らないだけで友達なんて数え切れない程いるけどな」
「ふふふっ。ご友人がたくさんいらっしゃるのは喜ばしいことです」
・・・意識させるどころか喜ばれてるけど大丈夫なんだろうか。
さっきまでの不安が更に大きくなった気がした。
* * * * *
「橘くん、おはよう!昨日はありがとうね!
鈴野さんもおはよう!」
「おはようございます。では坊ちゃん、私はここで」
「あ、あぁ」
朝からテンションが高すぎる高浪にも動じずに、イチカは一礼すると背を向けて歩き出す。
「今日もあっさりしてるわね...」
気の毒そうに僕を見る視線に耐え切れずに、足早に教室に向かった。
「あっ、待ってよ。あのね!聞いてほしい話があって。今朝島田がね、昨日のお約束はどなたとだったんですかって聞いてきたの!
これって少しは気になってるってことよね?」
「いや、お付きの者として交友関係を把握しておきたいだけじゃないか?」
「えぇっ。一歩前進かなって思ってたのに...
まぁそれは置いておくとして。橘くんはどうだったの?」
・・・友人がいたことを喜んで笑われたなんて絶対言いたくないな。
「別に。いつもと変わらない態度だよ」
「う〜ん、鈴野さんって手強そうねぇ」
それから僕たちは週に一回、放課後にカフェで話をするようになった。
ほとんどは高浪が一人で"島田"について喋ってるだけで僕は何か聞かれたら答える程度だったけど。
それでもイチカのことをこんな風に話せる相手ができたのは初めてで、カフェで過ごす時間はどこか僕の心を軽くさせた。