【6】
「橘くんって鈴野さんのことが好きなんでしょ?」
周りに誰もいないことを確認しながら、図々しい女生徒は声を潜めて言う。
「はぁ?いきなり何なんだ」
「毎朝後ろ姿を切なそうに見つめてるの知ってるんだから」
「そんなことお前には関係ない」
「否定しないんだね?」
「そもそもお前誰だよ」
「えっ!!幼稚舎でも初等部でも同じクラスになったことあったじゃない!!」
「覚えてないな」
「酷い...私、高浪すみれよ...
何度も同じクラスになってるのに...」
たかなみ...と聞いてもいまいちピンとこない。
「まぁいいわ。私たち協力し合いましょうよ」
「なんで僕がそんな面倒なことしなきゃいけないんだ。話はそれだけか?もう戻るぞ」
「待って!協力してくれないなら鈴野さんに橘くんの気持ちバラしちゃうわよ!?」
「好きにしろ」
...どうせイチカに伝えたところで、私も主としてお慕いしていますとか言ってスルーされるんだ。
渡り廊下に戻ろうとする僕の腕をまた高浪が掴む。
「ま、待って!ごめん!ホントは鈴野さんにバラすつもりなんて無いの。ただ私たち境遇が似てるから...
好きな人を振り向かせるのに協力し合えたらって思っただけなの」
「境遇?」
興味が無かったはずなのに思わず聞き返してしまう。
「あのね、私も好きな人がいるんだけど。
うちの家の運転手なの。ずっとアプローチしてるんだけど全然相手にしてもらえなくて。
私に恋人というか...仲の良い男の子ができたら意識してもらえるんじゃないかなって...」
一気に捲し立てると高浪は急にうつむく。
「私はこんなに好きなのに相手に何とも思われてないのが悲しくて。橘くんならこういう気持ちわかってくれるんじゃないかなって...」
そう言い終えるとメソメソと泣き出した。
忙しい奴だな...とうんざりしたけれど、なぜかさっきまでとは違って僕には関係ないと言い切れない気分になっていた。
「で?具体的に何をしろって言うんだ」
「え...協力してくれるの?」
高浪は恐る恐る僕を見る。
「あ、あのね。えっと。とにかく仲の良い異性ができたら相手の気持ちにも変化があると思うのよ!」
あ、これ無策のやつか...
「まずは今日の放課後作戦会議しましょ!
うちの運転手は帰らせるから。橘くんも鈴野さんに先に帰ってもらってね!」
自分の言いたいことだけ言い切るとさっさと小走りで去っていった。
ついさっきまで泣いてたはずなのに。
あいつは一体なんなんだ...
* * * * *
"橘くんならこういう気持ちわかってくれるんじゃないか"
高浪はそう言った。
"ずっとアプローチしてるんだけど全然相手にしてもらえない"
"こんなに好きなのに相手に何とも思われてないのが悲しい"
そういう気持ち。
僕はイチカに相手にされてない、何とも思われてないように見えるのか...
第三者からの視点はより残酷に感じた。
そんなことを延々と考えているうちに帰りのホームルームが終わる。
廊下の方を見遣ると、すでにイチカが待っているようだった。
一人で帰すのもなぁ。
学園で一緒にいられる時間は無いし、下校の時間だって僕にはとても貴重なものだった。
「坊ちゃん、お疲れ様でした」
イチカはいつも通り僕を迎える。
「あぁ」
やっぱりこのまま一緒に帰っちゃうか。
魔が差し掛けた瞬間、高浪が走ってきた。
「橘くん、お待たせ!」
イチカが一瞬驚いたように目を見開く。
「あ、鈴野さん。ごめんね?
今日この後約束してるんだけど、橘くん借りていいかな?」
「左様でございましたか。本日知貴様は特にご予定はありませんので、どうぞごゆっくり」
「坊ちゃん、それでは私はお先に失礼致します」
僕と高浪それぞれに敬礼するとイチカは昇降口に向かっていった。
「彼女、やっぱりものすごくあっさりしてるのね...」
その後ろ姿を眺めながら高浪は呟いた。
...第三者からの視点は残酷だ。