第2話
だからこそ、この日の舞踏会で起きた事件は社交界に相当な衝撃を走らせた。
自分で振り返っていても、それが自意識過剰ではないとエリーザには確信できる。
舞踏会の中盤、エリーザは開放されたテラスで一人の青年貴族と歓談していた。彼の家柄はエリーザと同じく下級貴族。とはいえ、一族で軍功を重ね、事業にも成功して勢いのある家柄だった。彼もまた直近の戦争で活躍し、王宮では名を知られ始めていた人物。風貌も悪くなく、社交の作法にも長けている。
こういう人を夫にできれば、自分としては良くやったほうだろう。内心で見積もっていたよりも良い旦那を引っ張って来たと父上も喜ぶに違いない。
エリーザはそんな算段を立てていて、だからこそ目の前の青年貴族に対してどうにか気に入られようと必死だった。気品のある言葉遣いと振る舞いを徹底して、語彙と仕草の限りを尽くして相手を褒め称え、無礼にならない範囲で近寄って見せる。
積極的なアプローチは下品だけど、積極的にアプローチしない娘は報われない。
母上も、姉上たちも、サヴァツキ家に長く仕える家臣の夫人たちも、揃ってそんな助言をエリーザに対して口にしていた。
エリーザにとって、目の前の人を本当に好きかと問われれば、どうにも答えがたい。
嫌いではないけれど、特別な感情が自分の中にあるかといえば、それはない。
けれども、エリーザには一つだけ確かな想いがあった。
サヴァツキ家の一員として、その家柄を盛り立てていきたい。
父上も母上も、兄上や姉上、弟や妹たちも、たくさんの親戚たちも、古くからの家臣たちも、仕えている騎士たちも、執事や家政婦といった使用人たちも。皆を幸せにしたかった。
そのために、わたしにできることは良い結婚相手を見つけてくること。
そんな想いで、エリーザは青年貴族の顔色を伺っていた。相手がちょっとでも笑うと心の中で喝采し、ちょっとでもつまらなそうな顔をすると狼狽えて背中に冷や汗をかいていた。
ちょうどそのとき、事件は始まった。
「お嬢さん、ちょっといいかな」
ヨハン王子がエリーザと青年貴族の会話に躊躇なく割り込んできた。
柔和な笑顔が蠱惑的で、王族の威光と柔らかい物腰の組み合わせが不思議な魅力を放っている。特別に誂えられた燕尾服は生地も仕立てもエリーザの夜会服とは格が違っていて、それを見ただけでエリーザの肩は縮こまってしまう。
「はい」
自分の声が思った以上に小さく掠れてしまったことにエリーザは狼狽した。
緊張してはっきりした声を出せなかったことを自覚すると、恥ずかしさがさらに上塗りされる。あまりに恥ずかしくて、エリーザは咄嗟に目を伏せてしまった。