わたしたちとひなたの物語
「わたしと彼が出会ったときの話しをかい?
もちろんいいさ。」
そういってなぎおじさんは穏やかな表情で懐かしそうに話し始めた。
「わたしは当時、草むらの生えた道端の端っこで暮らしていた。まあ。世間でいうホームレスだ。それは君も知っているだろう?君ともあの当時に出会ったね。
ある日、散歩をしていたら、きゃははと楽しそうな声が聞こえてね。ふとその笑い声のする方をみたんだ。すると、木の下で三毛猫と笑い合う彼がいた。口を大きくあけて、それはもう楽しそうに笑うんだ。わたしはその光景がなんだか面白くてね。彼を少し観察したよ。その頃はちょうどお昼をまわったころだったから太陽の日差しが差していて、木漏れ日がとても気持ち良かったのか笑い疲れたのか、彼は大きなあくびをした後に三毛猫とぐっすり眠ったよ。
そんな姿をみて "ひなたぼっこ" そんな言葉が浮かんでね。」
「それで "ひなた" と?」
「ああ、そうだよ。」
なぎおじさんはにっこりと微笑んでうなずいた。
「次の日もその次の日も彼は三毛猫と一緒に木の下で笑い合ってはぐっすりと寝てたよ。
それでね、ある日わたしは彼に話しかけたんだ。
こんにちはってね。
彼は目を見開いてわたしをジッとみたよ。
それでわたしも驚いたよ。彼の瞳の綺麗さに。透き通った青色のまるで子供のようなキラキラした瞳だった。
いっときはお互いが目を見開いた状態だったかな。
わたしはハッとしてね。仕切り直してまた話しかけたよ。」
"いきなり話しかけてすまないね。君とはなしてみたくて。迷惑じゃなかったら名前を聞いてもいいかい?"
"... ... ... 。"
「彼は何も言わずに目を見開いたままきょとんとしていたんだ。」
"もしかして、言葉がわからないのかい?"
「わたしがそう聞いたらね、彼の隣にいた三毛猫がわたしの顔をみつめて "ニャー" って鳴いたんだよ。
彼のかわりに返事をしたように。面白いだろう」
あっはっはと笑いながらなぎおじさんは楽しそうに口をあけた。
「そうか。よしよし。そう言いながらわたしが三毛猫の頭を撫でたとき "ミケ!" って彼が言ったんだ。
彼の方をみてみるとわたしの方を満面の笑みでみながらもう一度 "ミケ!"って言うんだよ。
その言葉に応えるようにわたしに撫でられている三毛猫が
"ニャー"って鳴いてね。
ああ。この三毛猫はミケっていうのかとわかったんだ。彼はミケという名前しか知らないようだった。
だからわたしはまず彼とミケに自己紹介をしてちょっとした提案をしたよ。」
"わたしの名前はなぎというんだ。そうだな。
君の名前がわかるまでわたしは君をひなたと呼ぼう。いいかな? ひ な た "
「わたしがそういうと、彼は三毛猫のミケと顔を見合わせてその後に満面の笑みでわたしをみながら首を大きく縦に振ったよ。
子供のような彼の可愛らしい表情にわたしも笑みがこぼれたよ。」
"あはは。ありがとう"
「わたしがそういうとひなたの細めていた目がまんまるくなったんだ。そして彼は口を開いた。」
" あ、あ、あ、あ、ぎ、が、と?"
「首をかしげながらちぐはぐにそう言ったよ。ありがとうの言葉が気になったんだろうね。
だからわたしは一音一音丁寧に発しながら彼に伝えたよ。 こんなふうに "あ り が と う" ってね。
ひなたは何度も何度も言えるまで繰り返し言ったんだ。」
" あぎが、ありり、ありぎゃ、りぎゃ、りが、あ、あ、あ、りが、と。あ りが とう。"
" そうだ!言えてるぞ!そうだそうだ!"
「ひなたがありがとうと言えた時は嬉しかったよ。嬉しくてね、ひなたの頭をポンポンと撫でたんだ。猫を撫でるみたいにね。するとね、ひなたは頭の上にあるわたしの手をさらにポンポンと撫でて、たまらないというように、目を細めて嬉しそうに笑うんだ。そのひなたの表情が忘れられない。今も心があったかくなる。
わたしはね、ひなたがありがとうという言葉に反応してくれて嬉しかったんだよ。その言葉はわたしに生きがいをくれる言葉だからね。」
優しい声でなぎおじさんは目尻のシワをみせながらそう言った。
なぎおじさんの声は周りの人を落ち着かせるような安らぎを放つ力を持っている。
ひなたもきっとその声に心地よさを感じていたんだと思った。
「わたしとひなたの出会いはこんなかんじかな。」
「ありがとう。なぎおじさん。とっても素敵なお話が聞けました。なんだかひなたとなぎおじさんの光景が浮かびます。」
「あはは。そうかそうか。
そういえば、ひなたはその後、会うたびにいつの間にか言葉を覚えてきては会話をするようになったよ。
君たちと出会ってからかな?」
なぎおじさんは不思議そうに言った。
わたしはふと思い出した。
「そういえばひかるくんが言ってました。ひなたは言葉も言葉の意味も身体全体の感覚で身につけているようだって。」
「ほー!感覚か!なるほど。これはまた面白いな。」
なぎおじさんは顎に手を当てながら関心したように頷いている。
「みどりちゃん。この後は誰かと待ち合わせかい?」
「はい。みなとさんとここで待ち合わせしています。みなとさんにもひなたとの出会いを聞こうと思って。」
「そうかい。また面白い話が聞けそうだね。
そうだ!ちょうどいい!あの曲を流そう。ゆっくりしていくといい。」
「はい。ありがとう。なぎおじさん。」
なぎおじさんはゆっくりと席をたち、カウンターへ向かった。
木で作られたテーブルにメモとペンを置き目を閉じる。
微かに香る木の匂いと日の光が心地よく当たるこのアトリエの空間。わたしの好きな場所でひなたの好きな場所。
小麦色の健康的な肌、太陽の日があたるとさらに輝く金色のやわらかい猫っ毛の髪、青く透き通る瞳。木漏れ日の下でよく眠る姿。
" ひなた " という名前は本当に彼にぴったり。
静かに緩やかにそして優しく、ピアノの音色が耳に流れるてくる。
ふと、彼と過ごした日々の記憶がよみがえる。
そしていつでも感じる。
ひなたはどんなときでも "光" だった。
これはわたしたちとひなたの物語。