清らかな姫 遠からず身を寄せて
彼の地にそれは大層美しく清らかな姫がおった。
姫は諸行無常の常世を憂い、各地を巡り人々の話に耳を傾け知恵を授けた。
それと同時に、人々の話へも自らの耳を傾け、常世の有様に見聞を広めていた。
宿場にて、姫は湯浴みを済ませると渡り廊下をすすす、と静かに歩き部屋と呼ぶには粗末な場所へと入る直前、隣の部屋に居た男へと目が留まった。
その男の此処らには似つかわしくない風体と顔立ちに、姫は興味を引かれ暫しの間談笑を交わした。流れゆく様な言の葉の使いに育ちの良さと品格が溢れ出ていており、姫は益々男に惹かれた。
その夜、姫は月明かりの中、男の部屋の障子扉を僅かに開いた。男は深い眠りについており、月明かりに照らされた端整な顔立ちに姫は込み上げる物を感じ、更に障子扉を開いた。
姫は衣の前を解き始め、その音に男の目が開いた―――
「もし……どうかはしたない女と思わないで下さいませ……」
「…………」
男の目には雲に覆われた月夜に照らされた人影が映る。しかしそれは暗く、その声だけでは何も分からなかった。
「この様な心持ちは初めてでございます……今宵は……貴方様と―――」
寝起きの男の目にようやく明るい月明かりが入り込む。前を開き露わになった白き柔肌と長く尾を引いた衣の跡。男は思わず飛び上がり……後退りをした!
「へ、蛇女ではないか!!」
男の目には陰りを帯びた衣の跡が、長く尾を引く蛇の様に映ってしまったのだ。男は忽ち反対の扉を開け外へと逃げ出した!
「お、お待ち下さいまし……!」
姫は重い衣を全て脱ぎ捨てペタペタと足音を鳴らし追い掛けた。
「蛇女が人に化け申した!!」
混乱する男は酷く取り乱し、近くの廃寺へと駆け込む! そして鐘を降ろし自らその中へと隠れ込んだのだ!
姫の目に映る不自然に降ろされた鐘。姫は鐘をコンコンと優しく叩いた。
「そこに御座しますか?」
男は膝を抱え無言で震えた。
―――コンコン
―――コンコン
「そこに御座しますか?」
―――コンコン
―――コンコン
鳴り止まぬ音と呼び声に男は出るに出られず、その音は男が息絶えるまで続いたという…………
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