魔物狩猟のはじまりの日
老人は二本の木の杖を持っていた。それを器用に使ってスタスタと歩いていく。僕はそれに遅れないように付いて行くだけで精一杯だった。
僕は今まで、杖というものは足腰が弱くなってきた人がそれを補うために使うものだと思っていたけれど、老人のそれはまるで違っていた。
生まれてきてからずっと4本足で生き抜いてきたような、野生の動物を思わせるような動きだった。そこにはある種の躍動感すら漂っていた。
しばらく歩いていると、さすがに暑くなってきて僕は着ていたウィンドブレーカーを脱いでそれを腰に巻き、長袖のシャツを腕まくりした。
それから、ふと女の子のことが気になって後ろを振り返ってみると、彼女も僕ら2人にしっかりと付いてきていた。女の子は特に苦しい様子もなく、涼しい顔をしていた。僕はそれに少しびっくりしたけれど、この老人の孫だったとしたらと考えると、まあ特に特別なことでもないのかもしれないと、一人で納得していた。
それから小一時間ほど歩いた後、急に老人は立ち止まり、僕らの方を振り返った。
「そろそろじゃな。ここからちょっと道が険しくなるが、遅れないように付いてくるのじゃ」
「はい…」
僕はもうかなり疲れて肩で息をしている状態だったので、さらに道が険しくなると聞いて正直帰りたいとさえ思っていた。ただ、老人はその後も黙々と歩き続けるので、僕はそれになんとか付いていくしかなかった。
僕にはもう後ろを気にする余裕もなかったので、後ろの少女がどうなっているのかは全く分からなかった。
そこからは老人が言うように険しい道が続いた。どのくらい歩いただろうか、老人が再び立ち止まって僕らの方を振り返った。
「もうすぐじゃ、あそこを抜ければ目的地じゃぞ」
「はぁはぁ、はい…はぁはぁ」
老人が指し示した方向に淡い光らしきものが見えた。目的地が見えてきたことで、疲れた体に少しだけ力が戻ったような感じがした。
僕は、後もう少し後もう少しだと自分に言い聞かせながら、光の方向を目指して歩き続けた。
そしてようやくたどり着いた場所、そこには、今まで見たことがないほどの美しい草原がどこまでもどこまでも続いていた。
僕はその美しさに、しばらくの間茫然としていた。
やがて我に返り老人と少女に目を向けると、彼らはすでに次の準備に黙々と取り掛かっていた。そして、老人が茶色の手袋を取り出して、僕に言った。
「この手袋を着けるのじゃ。」
「あのぅ…、これから何を…。」
準備を終えたらしい少女が、僕の方を向いて言った。
「これから魔草を採ります。ここは魔草の群生地なんです。」
僕はもう一度草原を見渡した。
「そう…なんですね。これを全部採るんですか…?」
「はい、そうです。その手袋をはめて下さいね。魔草には毒がありますから。」
「分かりました…。」
僕は言われるままに手袋をはめた。それは肘の長さくらいまであって、ゴムのような弾力のある素材で出来ていた。
毒かぁ、と僕は思った。
学校の実習で魔草を刈ったことはあったけれど、その時使っていた道具は柄の長いハサミのようなものだった。
要するに魔草から距離を置いて刈っていたわけだ。
ただ、今回はほとんど素手で草を刈らなければならない。いや、刈るというか引き抜く感じだろうか?
「大丈夫ですよ。ここにある魔草は毒を吐くことはありませんから。」と少女は言った。
「でも、草で皮膚を切った場合には、最悪死に至る場合もありますので、気をつけて下さいね。」
「…はぁぁ……。」と僕は力無く頷いた。
死に至る、その言葉を聞いて、僕は微動だにできなくなってしまった。
すでに心が折れかけてしまっていたのだ。
「さぁ、ぼやぼやしていると日が暮れてしまうぞ。早く草を抜くのじゃ」
老人はそう言いながら、僕の尻を杖でつついた。
そのようにして、僕の魔物狩猟者としての日々が始まったのだ。




