繊維戦隊ホワイトファイバー物語
「出たな! 怪人っ!」
大きく渋い声でそう叫ぶ彼は、政令指定市のベッドタウンとなり果てた稲宮市の中央に位置する本町商店街のご当地ヒーロー、繊維戦隊ホワイトファイバー!
その衣装は高品質な繊維で出来ており、敵の攻撃からホワイトを守る、その仮面は遠くまで見渡し困った人あらばすぐに表れるためのもの、という設定。
「この稲宮市の平和を乱す者は、繊維戦隊ホワイトファイバーが許さない!」
予算削減のため、戦隊なのにホワイト一人しか構成員がいない繊維戦隊だが、ホワイトの正義感は非常に強く、仮に今目の前にいる怪人が本町商店街の用意したエキストラでなかったとしても、全く怯えることはない。
何を隠そう、このホワイトの正体は、後のない俳優の卵。この仕事を降ろされればもう次はないのだから。
「ギギギギッ!」
だが、今、ホワイトが対峙する何かは人型ではあれど、何か異様だった。背が小さく、小鬼のようで、目つきは尖り、ギラギラとこちらを睨んでいる。数は四。それらの後ろに、司令官らしき法衣を纏った顔色のおかしな人が一人いる。
周りを見渡すと、ギャラリーは数人いるものの、どの人も異常に怯えた目をしているし、景色も、いつの間にか商店街のステージではなく、何やら古めかしい西洋風の田舎の村に変わっている。
ホワイトの頭には、いつの間にこんなことになったのか理解できなかったが、しかし、今、俺は地域を守るヒーロー、目の前に変なやつらがいる以上、戦わない訳にはいかないのだ。
「貴様ら怪人は、この俺が倒してみせる! とぉおー!」
とりあえず、当初の打ち合わせ通り蹴りかかってみる。相手はきちんと受け身を取って倒れてくれるものだと思ったが、小鬼は受け身を取ることなく、ホワイトのキックは直撃。
「ギギギギッ!!」
声をあげるが、あまり効いていないようで、少しして立ち上がる。心の中で、直撃させてしまってすまん!と謝るホワイトだったが、彼の熱い役者魂はこんなことでへこたれることはない。
そんなホワイトに、四体の小鬼たちは、一斉に襲い掛かる。昔からヒーローに憧れ、柔道や剣道といった武道のたしなみがあるホワイトには分かった。それらの攻撃が、全力で自分を倒そうとして繰りだされているものだということが。
「とおっ! なんの!」
と声を出しながら、それらの攻撃を避けたり腕で防御したりする。しかし、あまりに一方的に攻撃され続けるので、打ち合わせと違うのではないかと不満を感じ出す。
後ろで怖そうに応援してくれているギャラリーたちに、自らの見せ場を作らなければいけないのではないか、子供たちに勇気を与えるのが自分の使命ではないのか。
いくら、ご当地ヒーローだからといって、そして、予算の都合上一人しかいないからといって、かっこ悪いヒーローを演じるのは認められない! というか、敵役を五人も用意して、それも相当に手の込んだ着ぐるみか何かを用意できるくらいなら、もう少しヒーロー側に予算を使ってくれても良かったのではないかと内心少しむっとしている。
「いやぁあ!」
ついに、恐怖にこらえきれなくなった村人が叫び声をあげる。しかし、叫び声をあげたところで、誰かがこんな田舎の村に助けにきてくれる訳もないのだ。
若い男たちは狩りに出払っており、今、この村を守れるのは、なぜかいきなり表れて、小鬼の魔物たちと戦闘を繰り広げる変な衣装を身にまとったこの意味不明な不審者だけ。その不審者も、小鬼たち四体に苦戦をしている──実際は、ホワイトがそう見せているだけなのだが──こともあり、この村人はつい悲鳴をあげてしまったという訳である。
一方のホワイトも内心焦っていた。いくら攻撃をしのいで、攻撃をあてても、倒していい合図の曲、つまり、「繊維戦隊ホワイトファイバーの歌」が流れてこないのだ。
近くにそれらしい機器が見当たらないのでもしかしたらと思っていたが、これではいつまでたっても敵を倒すことができない。
「それならば……! 仕方がない!」
しかし、この男、ホワイト。決してただの俳優の卵でヒーロー好きというだけではなかった。多様化する俳優社会に対応するため、歌の心得もあるのだ。そう、今こそ、歌う時……!
「ホーワイトファイバー! ホーワイトファイバー!」
歌いながら、的確にパンチとキックを決めていく。
「清き繊維の白き心が、平和を求めて凛とたなびくー!」
敵の攻撃を繊維のようにかわす。それにしても、相手は何回殴ったら倒れてくれるのか。もう全然倒れてくれないので、段々腹が立って攻撃もただの喧嘩くらいの強さでしてしまっているが、後で怒られ無いだろうか。
ホワイトの反転攻勢に、村人たちは歓喜し、活性をあげる。ホワイトの士気も上がる。同時に、小鬼たちの後ろに控えていた親玉のようなものが、
「ぼぁわあぼわぁあ」
と奇妙な声をあげる。すると、おかしな顔色が青、緑、黄色と点滅し、不思議な光が小鬼たちに降り注ぐ。倒れていた小鬼も立ち上がり、
「ギェエェエエエ!」
と、これまでにない強い声をあげる。
「きょ、強化魔法じゃ……!」
後ろのギャラリー──もとい村人から声があがる。何のことか分からないホワイトだったが、目の前の倒したはずの敵が蘇っていくのを見て確信する。
「くそっ! 一度倒したものを復活させてまで戦わせるとは、なんて卑劣なやつだ!」
だが、ホワイトは戦った。彼に今できるのは、この村人たちを救うことなのだから。
しかし、魔力の力は偉大だった。
さきほどまではほとんど当たらなかった小鬼たちの攻撃が、ホワイトの肉体に辺りはじめ、次第にホワイトにダメージが蓄積されていく。
ホワイトも戸惑う。何故こんなに重い攻撃を、本気の攻撃をしてくるのか。気を抜いたらぼこぼこにされてしまう。
ホワイトは必死に戦った、しかし、多勢に無勢、後ろを取られ大きな攻撃が足に直撃し、距離を取って膝をつかざるを得ない。
「くっ……!」
一体なんなのか、こいつらは、本気で俺を追い詰めてきている。まさか──この悪役たち、俺を倒すことで主役の座を狙っているのではないか! きっとそうだ、そうに違いない。そうでなければこんなに無茶苦茶に攻撃してこない。
ホワイトはそう思いこんだ。だが、この場で、商店街の人たちに抗議をするわけにはいかない。何故なら、今、自分はホワイトファイバーだからだ。
つまり、相手がどれだけ本気でこようとも、こっちは本気で倒さなければならない。相手から本気でやってきたのだから、正当防衛だ。
「そっちがその気なら!」
ホワイトは、腰に備え付けられたベルトのスイッチを押す。これは、本来、最後の敵を倒すためのとっておきのシーンだが、一度膝をついてしまった以上、この劣勢を建て直す様子を、ギャラリーに見せ、かつ、不自然でない流れをつくるにはこれしかない。本来ならここで、かっこいいバックグラウンドミュージックが流れ、お姉さんの解説が入るはずなのだが、そんなもの当然流れない。
しかし、心配無用だった。ホワイトはきちんとそのセリフを暗記していたのだから。
「説明しよう! 繊維戦隊ホワイトファイバーは大地の繊維、すなわち、食物繊維の力を借りて、三分間だけ普段の百倍の力を発揮することができるのだ!」
もちろん、百倍というのは真っ赤な、いや、真っ白な嘘で、実際のところは、当社比等倍の力──すなわち、特に変化はない。
だが、後ろにいた、村人たちは違った。なんだこいつ、良くわからないけど、さっきから魔物たちと互角に戦っている。今、何を言っているのか良く分からなかったが、とにかく普段の百倍の力になるといっていた、なんだそれ、強すぎるだろう、そう思ったのだ。
子供たちは純粋だった。今戦っているこの不審者が何者であったとしても、自分たちを守ってくれている存在だということに本能的に気づいていた。ゆえに、最初の応援は子供たち。
「が、がんばれ! なんとかファイバー!」
「や、やっつけろ!」
初めは小さな声援だった。子供たちのただ純粋な声援。しかし、その声援は、次第にうねりを増し、村人全体へと広がっていく。
今自分の身に起きていることは、刑事事件にも発展しうる案件だろう。これが終わったら、こいつらをどうにでもしてやることはできる。
「頑張れー!」
「負けるなー!」
だが、ホワイトは思った。今自分ができるのは、目の前で応援してくれているギャラリーに夢を与えてあげることだと。絶対に負けてはいけない。繊維戦隊ホワイトファイバーとして。
口に血は滲み、相手は隙を見つけては攻撃しようとしてくる。負けるわけにはいかない。こんな、子供たちの夢を砕こうとするやつらに負けるわけにはいかない!
「……ミクロの粒子が叫んでいるー! ……束ねた力は無限大ー!」
ホワイトは歌いながら、立ち上がる。背中に声援を受け、力を受け、膝にむち打ち、立ち上がる。
拳を構えて、殴りかかる。
「しなやか繰り出すパンチは悪を砕く正義の拳だ!」
歌いながら戦う雄姿は、魔物たちを恐れさせる。
「ほわぁあ」
後ろに控える法衣を纏う魔物も、その異様さを察知し始める。
「天然素材で勝利をつかめ!」
強化魔法をものともせず、小鬼たちを圧倒していくその力は、まさに正義のヒーロー。村人たちの声も高まり、ここに広げられるのはまさにヒーローショーそのもの……!
次々に命中するホワイトの拳は、小鬼たちを徐々に追い詰め、ついに、
「ギギギギッ!」
という声ととも、小鬼たちは、我先にと逃げていく。
「……この俺がいる限り、稲宮市の平和は渡さない!」
ホワイトは最後のポーズをつける。たらたらと仮面内にたくさんの汗がしたたっていることを感じる。
ホワイトは、舞台裏に引っ込もうとした。しかし、当然、そこに舞台などない。あるのは閑静な村だけ。
戦闘が終わったと同時に、たくさんの村人に駆け寄られる。
「大丈夫ですか!」
「あなたは一体……」
色々な声をかけられ、ホワイトはようやく気づく。
「ここは、どこだ……」
繊維戦隊ホワイトファイバーが、ヒーローとして魔王と対峙し、商店街ではなく、この世界の平和を守るための大決戦を繰り広げるのはまた後のお話。