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良い子スイッチ

作者: 蒼海流

良くも悪くも小さい時から人の顔色を伺うことだけはよく出来た子どもだった。相手の眉毛の動きとか、声色とか、物をテーブルの上に置く時の音とか、足音とか。あぁ今この人怒ってるから近づかないでおこうとか、ここはとりあえずにこにこ笑っとこうとか。真面目な性格も相まって、「良い子」になるのが得意だった。いや、あの頃は純粋に「良い子」であろうとしていたからまだ良い子だったのかもしれない。「良い子」にしていれば親が喜ぶ。褒められる。自分も嬉しい。もっと「良い子」であろうと努力する。


でも、少し成長するとどんなに頑張っても自分は完全な「良い子」にはなれないことに気付く。そうすると次は人前で「良い子」を演じるようになる。「良い子スイッチ」がコントロールできるようになったとでも言おうか。「褒められたい欲」とか、「怒られたくない気持ち」とか「プライド」とかそういう心に溜まった何かを材料に設計図もなく何となくできちゃったスイッチ。頭の中でどれだけあくどいことを考えようが、心のレバーをぐっとひと押し、「良い子スイッチ」をオンにしていれば誰もが自分を「良い人」だと認識してくれる。話し相手に心の中でどれだけ悪態をつこうが悪口を言おうが表向きにこにこしていれば誰に咎められることもない。挙句の果てには「笑顔が素敵ですね」なんてことまで言われる始末。とても楽で、楽しい。


でも、しばらくすると、今度は「ありのままの自分」を出せないことに苦しむようになる。「良い子」なんてそもそも自分が生み出したもので苦しむなんて自業自得もいいところ。思わず誰かさんの言う「素敵な笑顔」で笑いたくなっちゃうね。「良い人」と言われる度に心の底で「本当はこんな奴じゃないんだよぉ」って叫ぶ声とちょっとした罪悪感が生まれるようになる。皮肉なことに自分でコントロールできていた筈の「良い子スイッチ」は知らない間に完全オート式になっててさ。技術の進歩ってやつ?「相手に嫌われるかもしれない恐怖心」と「自分が傷つくのが怖い小心」が上手く潤滑油になってる。


だから「初対面から『良い子』じゃない『本当の自分』を曝け出せば受け入れてくれるかもしれない」なんて希望を持ってももう遅くて、人前に立った瞬間勝手にスイッチオンしちゃうからね。自分の意識とかお構い無しで反射的にスイッチ入れちゃうからね。出会いの多い4月なんか特に、張り切っちゃってんのかレバー振り切っちゃってるもんね、もう。驚いたことに、醜い部分を隠すための「良い子防護壁」を作る機能まで備わってしまって大したもんだ。あんまりにも切り替えが無意識的でスムーズだから、「あれ、自分では気付かなかったけどこれも実は本当の自分の一部だったんじゃない?」なんて一瞬喜んじゃったりするんだけど、会話が終わって一人になった途端波のように押し寄せる疲労感を感じて「あぁ、やっぱり嘘だわ」なんて思ったりもするわけで。


どんだけ自分が悩もうと、そういう時は大抵、相手との関係は上手くいっていて、だからまぁいいかなんて気持ちになることが大半なんだけど、まぁそんな上っ面だけの関係、続く訳がないよね。「自分を曝け出さない人間に自分を曝け出す訳ないじゃん」てことで、結局お互いよく知らないまま、当たり障りのない関係のまま別れを迎え、あっさり別れる。そして忘れる。あの子と付き合ってたのは「良い子スイッチ」がオンになった自分だから未練なんて微塵もない。本当に好きな相手ならもっと知ろうとか自分を知ってもらおうとかするもんだろうけど、それすらもない。つまり、それまでってこと。自分も忘れる、相手も忘れる。「人は、死んでも誰かの心にいる限りは生き続ける」なんてよく言うけど、この瞬間、きっと私は相手を殺し、相手に殺されている。でも、相手が自分のことを忘れているのはただの自分の思い込みに過ぎないかもしれないことを考えれば自分を殺しているのは自分自身なのかもしれない。


決して「良い子」のフリをすることが100%悪い訳ではない。自分の「良い子スイッチ」が手動コントロールできないまでに進化してしまっただけで誰しも「良い子スイッチ」は持ってるだろうし、もし持ってない人がいたら正真正銘の「良い人」でない限りただの正直丸出しのバカになっちゃうもんねぇ。それはそれで自分は嫌いじゃないけど。


結局、色んなことをぐちゃぐちゃ考えたところで「良い子スイッチ」を壊すつもりはないし、「良い子」じゃなくて「良い子スイッチ」そのものが自分中にがっつり根を張っちゃって最早壊そうとしたって到底できっこないし。


そんな自分だけど、この十数年で「良い子スイッチ」を作り上げたように、「ありのままの自分を曝け出スイッチ」的な何かは作れるんじゃないか。そのためには、「信用」とか「素直な心」とか、「良い子スイッチ」の時より材料集めるのが相当大変だけど。だから作るのも「良い子スイッチ」よりも倍、もしくはそれ以上かかるかもしれないけど。それでも、そうだとしても、少しだけ、せめて「良い子スイッチ」を作った年数くらいまでは、頑張ってみよう。こういうふわふわ実体のない曖昧なものとか、「頑張る」って言葉とか、あんまり好きじゃないんだけど、頑張る。だって、「自分」を作れるのは後にも先にも自分しかいないから。





























































































「良い子スイッチ」が己の能力を遺憾なく発揮する一方で、人間誰しも疲れたり、弛れたりする生き物ですから、慣れてくると、ついうっかり「良い子スイッチ」が甘くなって人前でも勝手にオフになるようになることもあるんですね。一つボロっと出てしまうとズルズル引きずられるように次から次へとまぁ出るわ出るわ。「良い子スイッチ」の中には「我慢」やら「同調性」やら「肯定」やらそういったものが詰められているからそういうのが減っていくと無論相手とのズレが生じる訳で。最悪ドンガラガッシャーン!はい!さよなら!!なんてこともあり得る訳で。それでも、物好きなのか変人なのか、はたまた似たもの同士なのか何なのか、何人かは「良い子防護壁」を突き破って今に至ってくれている。ここで言ったって、きっと誰も気付かないだろうけど言うね。ありがとう。


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