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閑話 お忍び

忍んでないけど、お忍び。多分。

平界フィラメルの南西部の街、トラウィスに2人組の少年・・_失礼、少年少女・・・・が居た。

方や帽子に長い炎髪を押し込め、変装のつもりか眼鏡をかけて、市場を満喫する少女_セル。

方や不機嫌極まりない表情かおで、目を離すとどこかへ行ってしまいそうな有頂天な少女セルの手綱を握る少年_リオ。

見た目だけなら友達と買い物ショッピングといった所だが、実際は保護者オカンと買い物に来た幼児(お子様)である。


「…まだ食うのか?」

「何言ってんだよ、腹4分目にも届いてねえぞ!」

ちょうどお昼時の今現在。

既に回った屋台の数はとうにとうに2桁を超えているのにも関わらず食欲の衰える兆しすら見えないセルと、どんどん軽くなる財布を持って蒼ざめるリオ。

いくらヴィアロが大食いだと言ってもこれは桁違いである。


2人_というよりセルは美味しそうな食べ物の匂いにつられてとある広場に辿り着く。

そこには

「…『トラウィス大食い祭り』?」

でかでかと掲げられた看板には『トラウィス大食い祭り』の文字。

要するに大食いで勝負をする祭りである。

広場にはずらりと長机が並べられ、屈強な男達が臨戦態勢で開始の合図を待ち構えている。

「5シリング払えば、誰でも参加可能です!優勝者には、主催者のレストラン・リーゼロッテより1年間食べ放題の権利を与えられます!もうすぐエントリーを締め切ります!もう参加者はいませんか?」

開催者の言葉に食いつくセル。

「俺もやる!」

「お、おい!セル!?5シリングって安くねえぞ!さっきまで散々食ってたのに大丈夫なのか!?」

「何言ってンだよ、俺の胃袋に限界なンてないヨ。」

狼狽えるリオを置き去りにしてセルも長机に付く。


筋肉の塊の様な大男が大半を占める中で、華奢と言っても良いセルは明らかに異彩を放っていた。

「…おい、坊主。お遊びじゃねえんだぞ?」

「ふざけてると痛い目見るぞ。」

母親ママのとこに帰んな!」

嘲笑を浴びせかける男達。

だがその直後、男達の顎にライ直伝のメガトンパンチが炸裂した。

「がっ!?」    

「…おい、テメェら」

地の底から響いてくるような声、刃の様に鋭い眼差し。

男達は冷や汗が止まらなかった。

「今、なンつった?」

「わ、悪かっt」

「俺は『坊主』じゃねえ!可憐な乙女だ、お・と・め!」

「…はぁああああ!」

男達のみならず、広場で一連の騒動を傍観していた人々の叫びが、大気を震わせた。

セルが女だと言う事は、それほど衝撃だったのだろう。

「文句あンのか?」

殺気の籠った眼差しと声音に刺された男は

「い、いえ、何も…」

折れた。

賢明な判断である。



すったもんだありながら何とか『トラウィス大食い祭り』は始まった。

「それではトラウィス大食い祭りを始めます!ルールは簡単、誰よりも早く多く食べるだけ!満腹になった時点で失格となります。それでは第1品目、ポーク・パイ20皿早食い、スタートッ!」

陽気な司会者の号令によって、戦いの火蓋は切って落とされた。



カツリ、カツリ

広場は恐ろしく静かで、陶器の皿がぶつかり合う音だけが響いていた。

長机の上の料理と格闘しているのは、もはや2人だけ。

片や、俺の胃袋に限界なんてない、と迷言を放った少女。

片や、少女と互角の速度で料理を胃袋に収納していくツンツン頭の少年。

意外にも屈強な大男よりも、小柄な少年少女の方がよく食べるとは。

人は見かけによらぬものである。

今、2人が戦っているのは第8品目の鶏卵スープ(ザンザレリ)15杯。

長机には2人が食べ終えた料理の皿が、高く積まれている。

「はい、食べ終わったよ。」

「あっ俺も!」

ケロリとした顔で最後の皿をまた新しく積むセル。

ほぼ同時に食べ終えた少年。

広場が歓声に包まれる。

「よく食うな〜あんなちっこいのに。」

「ちっこい言うな!」

「あっちの金髪の坊主ってラルフだろ?隣街の騎士見習いの…」

「あぁ、あいつら(・・・・)の親玉か。」


「頑張れーラルフ!」

「リーゼロッテで食べ放題…」

金髪ツンツン頭の少年_ラルフを応援する2人組、柔らかな栗髪の優しげな少年_ルネと、涼やかな目元が特徴的な美貌の黒髪の少年_リュイことリュシアン。

彼らはラルフの親友であり、悪友である。

レストラン・リーゼロッテでの一年間食べ放題権利は、元街中を走り回っていた悪ガキであり、今現在、騎士見習いに成り立てでこき使われている彼らにとって、喉から手が出るほど欲しい物なのだ。


「悪いな、女相手だろうが負けられねえんだ。」

次の料理が運ばれるまでの時間、ラルフとセルの間で火花が散る。

「それはおあいにく様、残念ながら俺の胃袋に限界はないンでね。」

青の瞳と金の瞳が睨みあう。

そして勝負は最終決戦へと進む。


「何という事でしょう、まさかの決勝戦出場者ファイナリストが17にもならない少年少女とは!」

「え、お前何歳いくつ?」

「俺は16だけど、お前は?」

「ゲッ年上かよ…」

「だったら、敬語使え敬語。」

「ヤダね、俺の組織は実力主義なンだよ。」

「どっちにしろ、俺には敬語を使わなきゃならないじゃねえか。」

「あ”?お前の方が俺より強いってか!?」

「だってそうだろ?お前その細腕で俺と勝負して勝てると思ってんのかよ。」

「はっ、お前こそ腰に差してるそのちゃちな剣で俺に勝てるとでも?」

「お前なんざ素手で十分だ。」

2人とも頭は悪くないのだが、何分カッとしやすい気性なもので、話がどんどん逸れていく。

このままでは埒があかない、と(懸命な)判断を下した司会者の号令の元、最後の料理が運ばれて来る。

「それでは第10品目、巨大揚げピザ(パンツェロッティ)です!これを早く食べた方の勝利となります。それでは、スタート!」

2人は、香ばしい香りを放つ人の顔より大きな揚げピザ(パンツェロッティ)にかぶりついた。


「う”っ…」

「……。」

長机についている2人の顔は若干蒼ざめている。

2人の前には食べかけの揚げピザ(パンツェロッティ)が2つ。

今まで食べた大量の料理の最後に、この脂っぽい揚げピザ(パンツェロッティ)

胸焼けと胃もたれのダブルパンチが彼らを襲う。

呻きながら揚げピザ(パンツェロッティ)を睨むセル。

真顔で淡々と口に揚げピザ(パンツェロッティ)を運んでいくラルフ。

シュールな景色である。


「う”〜…」

「……。」

唸っているセルの横で、蒼い顔をしながらラルフが淡々と食べている。

ラルフの皿には、もうほんの2、3口分しか載っていない。

「ラルフ、頑張ってー!」

「あとちょっと…!」

ルネとリュイからげきが飛ぶ。

その声に最後の力を振り絞って、口に揚げピザ(パンツェロッティ)を詰め込むラルフ。

横で、目だけは爛々と輝かせながらぐったりとしているセル。

勝敗は既に決したかに見えた。




「…バカセルー!いつまでふざけてんだ、ちゃんとやれ!」

広場に1人の少年の声が響く。

リオの声だ。

完全に呆れ返った声と言葉だが、その瞳に心配の色が宿っている事に気付いた者は居るのだろうか。

「ふざけてる?」

「何言ってんだよ、坊主。あっちの嬢ちゃんは完全に限界だろ。」

野次馬達の言葉に、呆れたようにフンッと鼻を鳴らして答えるリオ。

「この程度であいつが満腹になるわけねえ。多分、何か自分でルール決めてやってんな。」

「ウルセー、リオ!バラすンじゃねえよ!」

いきなり明るい声が響く。

ラルフの横でぐったりしていた筈のセルが、ケロリとした顔で笑っていた。

「だってさ、俺が普通に本気で食べたら、勝負にならないだろ?だから、1口30回噛むルールで食べてたんだ。」

「はぁあああ!?」

「…バカだろ。」

驚愕の声を上げる観客と、心底呆れ返った顔のリオ。

「でも、なかなかこいつ凄いわ。俺もちょっと本気出すよ。」

余裕綽々の天使の笑顔で、揚げピザ(パンツェロッティ)に手を伸ばすセル。

横では驚愕に目を見開いたラルフが、ラストスパートをかけようとしていた。


が、その刹那。

「ごちそうさま!」

ほんの一瞬ひとまたたきの間に、握りこぶしより大きな揚げピザ(パンツェロッティ)がセルの胃袋に収納されていた。

ラルフの目が零れ落ちそうなほど大きく見開かれる。

「…はっ!?」


「な、なんと、トラウィス大食い祭りの優勝者は、まさかの可憐な乙女、セル嬢です!」

「おっ、あの司会者、良く分かってンじゃねえか。」

「お世辞だろ。」

「あ”あ?」

広場の真ん中で表彰されるセルと横に立つリオ。

2人に明るく声を掛けるラルフ。

「よっセル!」

「え〜っと、ラルフ…?」

「なんで疑問系なんだよ。」

柔らかく微笑みながら、話しかけるルネ。

「君凄いね〜、こんなに華奢なのに、ラルフより食べるなんて。」

「俺の胃袋に限界はないからな!」

「黙れセル、アホがバレるぞ。」

「リオこそ黙れっての。」

無表情に、セルの頭を撫でるリュイ。

「……。」

「ン?何?」

「…セルに気安く触るんじゃねえ!」

刃のように鋭い銀の双眸で睨み付けられても、ビクともしないリュイは鈍いのか、図太いのか。



「じゃーな!ラルフ!ルネ!リュイ!」

天使の笑顔で、ブンブンと音が聞こえるくらい腕を振るセルと、横でムスッとしているリオ。

「おぉまた会おうぜ!」

「気を付けてね〜」

「…バイバイ、セル、リオ。」

西に傾いた太陽の光を横顔に浴びながら、同じく笑顔で手を振るラルフ。

お母さん(オカン)の才能の片鱗を見せるリュイと、冷たい美貌にほんの少しの微笑みを滲ませるリュイ。

3人に見送られながら、2人は幹部達オカンとオトンの待つアジトへと帰って行った。




橙色の柔らかな光に照らされながら、3人も家路に着く。

「ちっくしょー!あんなチビに大食いで負けるとは。」

負け犬(ラルフ)の達吠えが下町に響く。

「どうどう、どうどう。」

苦笑いしつつなだめるルネ。

「ラルフは、セルのこと、チビって言えない…」

「あ”あ!?リュイ、テメー自分がデカイからって、俺の事見下してんのか!」

「事実だし。」

「ダァアアアアア!」

確かに、スラリとしているリュイや、意外と長身のルネと比べるとラルフは背が低い。

と言っても、16歳男子の平均身長と同じか少し下くらいなのだが。

ラルフのコンプレックスでもある身長の話題を、無表情で淡々と話すリュイはかなりえげつないと言える。


「じゃあ、また明日な!」

「うん、バイバイ。」

「…また明日。」

表通りから1本外れた裏道は、時間の所為もあってか薄暗い。

(そろそろ夜になるな…。こんな新月の夜はヴィアロが出そうだ。)

心の中では饒舌なリュイは、1人で王貴界アレグリアへと向かった。

彼は3人の中で唯一の貴族なのだ。

(…そういえば、セルとリオを2人で返して大丈夫だったかな?俺達が送った方が良かったかもしれない。)

ふと、今日知り合った1つ下の可愛らしい少年少女のことを、思い出す。

華奢で儚げと言っても無理はないような容貌を持ちながら、大食いのラルフを軽く凌駕する胃袋を持つ少女_セルと、端から見て笑えるくらい健気で、まっすぐにセルを愛し、彼女を守る為になら誰に牙を剥くことも躊躇しないであろう少年_リオ。


不可思議で愉快な新しい友人のことを案じていると、ふと疑問が湧く。

何故、セルはあんなに大食いなのだろうか。

ラルフも大概だが、セルはそれを更に超える。

あんなに細い体の何処に収納しているのだろうか。

物理的に色々と問題が発生しそうだ。

あんなに過保護なリオは何故、夕暮れ時にも拘わらず何の心配もせずに家路に着いたのだろうか。

ヴィアロが出たら危険だから、送っていけ。などと言っても不思議では無いように思うのだが。


ふわりふわりと取り留めもなく湧いてくる疑問の中で、聡明なリュイの頭脳はとある仮説へ辿り着いた。

それと同時に、背筋の凍る様な恐怖に襲われた。

(いや、そんなこと(・・・・・)ありえない。だって、だって…)

リュイは必死で恐ろしい考えを振り払おうとした。

たとえ、その仮説が自分の疑問を全て解決してくれるとしても。

今日知り合った可愛らしい友人達が、化け物(ヴィアロ)かもしれないなんて。

(そんなこと、考えちゃ駄目だっ…!)


薄暗い路地の中で、呆然と立ちすくむ彼の葛藤を、疑念を、恐怖を。

セルはまだ、知らない。


ついでに言えば、次の日に体重計に乗って絶叫して、リオに『ざまあみろ』と鼻で笑われることも、ライと要に「成長期だから大丈夫」「女の子はちょっとふっくらしてる方が可愛いんだよ」と慰められることも、セルはまだ知らない。

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