スイッチ
「お!リオ、ニルコルおかえり〜」
「ボス…何やってんの?」
2人を出迎えるセルはエプロン姿で右手に泡立て器、左手に木炭のような謎の物体を持っている。
「ニルコル達『蠅の王』が仲間になっただろ?だから、歓迎のパーティーでもやろうかと思ってさ。」
「…まさかとは思うが、その左手のは?」
「俺が作ったチョコレートケーキだぞ?」
「やめろ!食材がかわいそうだ!俺が作るから、退け!」
あれよあれよと言う間にセルはエプロンと泡立て器を取り上げられ、厨房から追い出される。
代わりにリオが肩までの黒髪を束ね、エプロンとバンダナ装備の完全戦闘モードで厨房に立っていた。
「リオは意外と料理上手いンだよな…。ちくしょう。」
愚痴をこぼすリオと状況が飲み込めないニルコル。
「へ、へぇ…」
「ニルコルはリオと何してたんだ?」
「この組織のルールを教えて貰って、あと雪月草の花園を見せてもらいました。」
「ん?もしかして『完璧な花園』見せて貰ったのか?」
「『完璧な花園』…?」
「ああ、リオが管理してる箱庭みたいな花園の渾名。あの花園って上層部1人1人が各々の花園を持ってそれを管理してるンだけど、リオの花園ってリオの性格そのまンまでさ。」
「リオの…性格?」
「リオってね、がさつに見えて結構細かくて完璧主義なンだよねー。部屋とかめっちゃ綺麗だよ?」
「そうなんですか。」
確かにリオは綺麗好きそうではあるな、と思うニルコル。
だが、彼はまだ知らない。
リオは『綺麗好き』というレベルではなく、『潔癖性』と言っても過言では無いと言う事を…。
「出来たよ。」
「おらよ。一丁上がり。」
「おぉー。」
無造作に出された皿には美味しそうな料理が山盛りになっていた。
「兄様とリオはいつでもお婿にいけるねえ。」
「ほンとにねー。」
上層部の(料理の出来ない)女2人に対し
「ちょっと味濃いかな?」
「これ足せば多少は中和されんじゃ無いですか?」
「お、ありがとう。」
上層部の(女子力の高い)男達。
こやつらは生まれてくる性別を間違えたのでは無いだろうか。
もう太陽はとうに海の底の寝床に入り、代わりに蜜色の月が柔らかく夜空を照らす。
下界は闇と静寂に包まれる。
が、それを破る光と喧騒が古い酒場から漏れ出ていた。
「あ!時雨!それは1人3つだろ。お前、それ4つ目だろ!」
「あ〜バレたか〜」
「分かっててっやったんかい!」
こっそりおかずを1つ多めに取ろうとした時雨。
それを目ざとく見つけて吠えるセル。
側から見たら兄弟喧嘩である。
そんな子供達に対し、
「元気だねぇ。」
「あーこらこら喧嘩しない。」
「おら、追加!」
ババくさ…失礼、大人の余裕を見せる雅。
仲裁に入るお母さ…もとい要。
料理に徹する主夫、リオ。
完全なお父さん・お母さん達である。
擬似家族達を横目に大人の晩酌をしているのはクロノス、シャル、ライ。
だが…
「クロノシュさーん、聞いてくだしゃいよー。ボシュとかみんにゃ俺の扱い雑じゃないっスかぁ?」
「zzz…」
この2人は酒に弱い。
シャルは呂律の回らぬ典型的な酔っ払いで、クロノス相手に管を巻いている。
が、クロノスはワインの瓶、4分の1で夢の世界に旅立っている。
ただライだけが、バーボンをロックで淡々と飲んでいる。
顔だけ見れば素面だが近くに瓶が5、6本転がっているのが恐ろしい。
ちなみにこの歓迎会の主役である筈のニルコルは幹部達の惨状を目にして絶句していた。
「ねぇーライしゃんもそう思いませんかぁ?」
「……。」
「あ〜セルも1個多く食べてる〜」
「こら!ダメでしょ?セル。」
「…太るぞ。」
「リオ、ウルセー!俺は人一倍動いてンの!食わなきゃむしろ痩せちゃうっつーの!」
「嘘つけ!この前もお忍びで平界行って、今流行のクレープだのケーキだの食ってだろ!その後、腹の肉摘まんで青ざめた事まで俺は知ってるぞ!」
「何で知ってんだよ、変態か!?」
「あ”!?」
セルとリオの次元の低い戦いが一触触発となったその時、
「…ははっ。」
不気味な白々しい笑い声が響く。
その声を認識した瞬間、セルとリオの体が硬直する。
「ラ、ライ…?」
「これは…ヤバイ。あれが来たぞ。」
笑い声の主はライ。
さっきまで淡々と酒を飲んでいたはずだったライはゆらりと立ち上がり、笑いながらセルとリオに近づいてくる。
ライはセルにとって父親のような存在だ。
故にセルはライに心から感謝し、信頼し、愛している。
だが、セルが唯一ライから離れたいと思う瞬間がある。
それはライが酒に酔っている時だ。
ライはかなり酒に強く、多量に酒を飲んでも顔色は全く変わらない。
しかし、ある一定量以上の酒を飲むとあるスイッチが入る。
そのスイッチとは…
「セル〜お前は大きくなっても可愛いなぁ。」
親バカスイッチである。
普段は父親のように兄のように、セルを育てるために優しく厳しく接しているのだが、一度スイッチが入るとさあ大変。
モンスターペアレントも真っ青な親バカを発揮する。
まずセルを自分の膝の上に乗せる。
次に満面の笑みを浮かべながらセルを甘やかしに甘やかす。
その甘さはセル曰く「はちみつ漬けの砂糖菓子レベル」らしい。
だが、まだここまでは序盤の部類に入る。
親バカの本領発揮はここからである。
「セル〜昔みたいに一緒に風呂に入ろ〜」
「えっ、ちょ、ええっ!?」
「あ〜久々に来た…。」
「えーやだ。ライと風呂入ると狭いんだもん。」
普段からは考えられない発言をするライ。
ギョッとするニルコル。
半ば諦めているリオ。
真面目に断るセル。
真顔で冷静に断られたライはショックを受けたような顔をする。
「え!?セルが…俺のセルが、反抗期だ!」
イヤイヤとでも言いたげにセルをきつく抱きしめる。
「ライ…離して、出ちゃう!」
ついさっきまで時雨とおかず争奪戦をしていたセルは満腹だ。
そこできつく抱きしめられたらどうなるかは火を見るよりも明らかである。
「わ、分かった。降参、風呂に一緒に入ろう。だから、離してー!」
「本当か!やっぱりセルは俺のセルだ。」
嬉しそうにセルの頭をわしゃわしゃと撫でる。
結局、セルはライと風呂に入り(3年ぶり)一緒の寝床で寝た。
次の日の朝
「ぐほっ!」
「んー?」
ライはセルの蹴りを目覚ましに目覚めた。
セルはまあ、御察しの通り寝癖は最悪である。
「ん?何でセルが俺の寝床に居るんだ?」
「…ライさん、昨日の記憶有りますか?」
「いや…5本目のバーボンを飲み干した所までしか覚えてない。」
「昨日、親バカスイッチが発動しました。」
「…げっ。それでコレか。」
事情を説明するお母さん達。
現状を理解して青ざめるお父さん。
ライの親バカスイッチの一番厄介なところは、本人に全く記憶が残らない事である。
「んーあと5分〜」
渦中の人物の筈のセルは幸せそうに眠っていた。
「早く起きろ」とライのメガトンパンチが炸裂するまで、あと45秒。