天使と悪魔
「おっらぁぁぁぁぁぁぁ!!」
勇ましい雄叫び(いや、雌叫び?)と共に繰り出された拳によって、大の男がまとめて吹っ飛ばされる。
「チッ、歯応えねーなー。」
「うおらぁぁぁぁ!」
「死ねぇぇぇぇ!」
隙だらけのセルの死角から拳が襲いかかる。
「うーん、お前らも微妙だな。」
余裕綽々で拳を交わし、逆に回し蹴りを叩き込む。
すでにセルの周りに立っている人影は無かった。
「…つまらん。」
と、セルの耳元に風が集まり声が聞こえる。
「ちょっとボス、好き勝手暴れすぎですよ。探すの苦労したんですから。」
「うっせー。クロがスタンバるのが遅いんだよ。」
「だって今夜、風がなくて集めるの大変なんですよ!?」
クロノスは『蠅の王』のアジトの上空にいる。
彼は襲撃の時、自身の魔法を使って情報面でのサポートをしているのだ。
彼は風を操り、音を集め、戦況を正確に把握する能力に長けている。
「で?今どンな感じ?」
「まず、ボスがいるのは1階の奥。もう少し進めば2階への階段があると思いますよ。」
「2階には何かある?」
「まあまあ腕の立ちそうなのが4、5人ってとこですかね。ニルコルも2階にいます。」
「じゃ、俺は二階に行くわ。」
「了解。リオと雅さんにも伝えときます。」
「頼んだぞー。」
誰よりも月に近い場所で、風の中心にいるクロノスはため息をついていた。
(まったく、ボスは自由すぎでしょ。)
彼の耳には2階へ向かうセルの足音、1階の大広間で戦っているリオの心臓の音、カランコロンと響く雅の下駄の音が聞こえていた。
「リオと雅さんに伝言。ボスは2階に行くそうです。1階にいる奴の殲滅お願いします。」
「了解」
クロノスからの知らせに端的に答えてすぐに戦闘に戻る。
拳を握って敵を倒す。
淡々とそれだけを繰り返す。
「お、おいっ。この仮面ってまさか…。」
「このオオカミの仮面に銀の瞳…。お前…『氷狼』か?」
「俺の名前を気安く呼ぶんじゃねえよ。」
恐れおののいた顔をする男達を無慈悲な攻撃で叩きのめす。
「テメェらごときに呼ばれるほど、俺の名前は安くねえ。」
「相解った。」
クロノスの知らせに答えて少し微笑む。
(まったくセルは…雑魚の相手が面倒くさくなったから逃げたね。)
しょうがないと言わんばかりに目の前の相手を倒していく。
だが
「おい!そこの女、そこで止まれ。そうすれば痛い目に遭わずにすむぞ。」
「いい女じゃねえか。俺と遊ぼうぜ?」
下卑た笑いを向けられて艶やかな美貌が微かに歪む。
紅い唇は弧を描いて、底知れない黒い瞳と相まって男達を嘲っていた。
「女と見たら、皆同じだと思ってる様な阿呆は嫌いだよ。」
血も凍る様な冷笑とその言葉。
男達に心臓を鷲掴みにされた様な衝撃が走った。
「さぁ…さっさと眠っちまいな。」
その言葉を引き金にバタバタと男達が倒れ伏す。
「後悔するんだね、アタシを魔法を使わせるくらい、怒らせたことを。」
「ボス、戦況報告です。1階の敵はリオと雅さんが全て殲滅しました。」
「リオはともかく姐さん早いな。いつももうちょっと遊ぶのに。」
「あー多分聞こえた会話から察するに、雅さんにちょっかい出そうとしたアホがいて、逆鱗に触れて瞬殺されたっぽいです…。」
「姐さん意外とキレやすいからなぁ…」
「と、いう訳で残る敵は2階のヤツらだけですね。」
「あとはボスだけだ。あ、クロ2階のやつらすげー弱いンだけどどういう事!?」
「知りませんよ!」
ニルコルは覚悟を決めていた。
100人居た自分の仲間はもう居ない。
全員倒されてしまった。
だがやられっぱなしで終わるのも癪だ。
だから、自爆覚悟で襲撃者を倒す。
ついに両陣営のボスが対面する。
「こんばんわ、ニルコル!」
「馴れ馴れしいな、俺はお前を知らないんだが。」
「なんだ、知らねえのか。じゃあ冥土の土産に教えてやるよ。俺はセル。『セレルマリーの花束を』のボスだ。」
「お前が…そうか。それは丁度良かった。」
「…なんの話だ。」
「いやなに、俺の命と引き換えに『セレルマリーの花束を』のボスを道連れにできるなら、まぁ悪くないかなと思っただけだ!」
「テメッ、この野郎…!」
ニルコルの叫びと共に大きな魔法陣が足元に現れる。
「俺が望んだのは『全てを喰らい尽くすこと』。ゆえに俺の魔法は全てを喰らう!」
大地がぱっくりと口を開き全てを飲み込まんとしている。
ニルコルをも巻き込んで。
「…なるほど。だから『暴食』を司る悪魔『蠅の王』か。」
だがセルは動かない。
天使のような笑顔を湛えたまま、ここは平和な花園だとでも言わんばかりの佇まいで。
「冥府で会おう!セルとやら!」
ニルコルは満足げな歪んだ笑顔でセルを見た。
だが
「残念だったな、ニルコル。」
「何っ!」
ニルコルは驚愕に目を見開いた。
セルは飛んでいた。
その背中には1本に編まれた髪と同色の、3対6枚の紅蓮の翼が生えていた。
「俺が望んだのは『誰にも捕らわれぬ自由』ゆえに俺の魔法は誰にも捕らえることは出来ない!」
熾天使は裁きを下す。
「『悪魔』が『熾天使』に勝つなんて不可能なンだよ!」
「あははっははははははは!」
ニルコルは絶望した。
何だ、最初っから勝ち目なんて無かったんじゃないか、と。
「冥府で待ってろ、ニルコル!」
ニルコルは暗闇に落ちていった。