悪夢の始まり
中途半端に欠けた月が煌々と照らす夜。
月光を浴びながら『蠅の王』のボス、ニルコルは奇妙な胸騒ぎを覚えていた。
(…何だ?今夜何か起こるのか?)
彼は昔から勘が良かった。
今まで何度もその勘に救われているほどだ。
だが、辺りを見回しても何も可笑しなところはない。
(…気のせいか。)
そう結論付けて月に背を向け、アジトの自室へと足を向けた。
と、その時
「ボス、襲撃です!」
「何っ!?」
部下の何者かによる襲撃を告げる声が聞こえた。
「敵の人数は不明!奇襲などではなく正面から侵入したところを見ると、大人数の可能性が高いです!」
「今、敵はどこにいる!」
「大広間にて、交戦中です!」
「よし、今すぐ向かう!」
こうして、『蠅の王』にとって最悪の夜が始まった。
時計の針を巻き戻し、襲撃前日の作戦会議。
「『蠅の王』のアジトは北の外れにある廃墟。元はどこぞの豪商の汚い金で作った隠し別荘らしい。」
「へ〜場所は分かった〜。じゃあクロ、『蠅の王』の〜1日の中で一番潰しやすいのって何時〜?」
「だからクロって呼ぶなって。イチバン潰しやすいのが何時か?潰しやすいのは夜かな。昼間はあいつらいろんな所うろちょろしてて、一網打尽にできないから。」
「ふむふむ、じゃあ逆に夜はあいつら全員が一箇所に居るわけか。」
「あ〜、ライさんそれはそうなんスけど…」
「ん?なんか問題でもあるのか?シャル。」
「問題って言うか…。クロノスさんの情報にケチつける訳じゃ無いんスけど、あいつらが一箇所に集まるのって決まった日だけなんスよ。」
「ほう、そうなのか。」
「…オレの情報収集不足か……」
「ク、クロノスさん、そんなに落ち込まないで下さいよ…」
「あ〜シャルがクロ苛めた〜」
「時雨は黙っててほしいっスね!拗れるから!」
「はいはいテメェら、茶番はそこまでだ。」
「は〜い、ボス〜」
「別に茶番じゃないっスよ!?」
「へーい」
「シャル、反省の色が見えねえな…」
「ちょっとボス!?理不尽じゃないっスか?」
「そんなことはない。俺はいつでも公平だ!」
「漫才はそこまでにして、作戦会議してね!」
「はーい、要お母さん。」
「誰がお母さんだっ!」
「じゃ、今回の作戦を纏めるぞ。」
(ここまで来るの、長かったな〜)
良識ある幹部達の心の声である。
「まず、『蠅の王』のアジトは2階建ての別荘。ボスのニルコルは2階の奥の主の部屋にいる。ここまではいいな?」
「ああ、で侵入経路は?」
「もちろん、正面突破!構成員が交代制で見回りしてるらしいが、どのみち全員ぶっ飛ばすから変わりない。」
「で、ボス。今回は何人で潰しにいくの?アタシらも連れてってくれるんでしょうね?」
「まさかセル…1人で行こうとか思ってないよね?」
「あ、姐さんもライも笑顔が笑ってないよ…。」
「で?今回は何人で行くんだい?」
「え〜と、俺とリオとクロの3人で行こうと思ってます…。」
「ほう?その3人で?アタシら人間はお呼びでないと?」
「そんなことはない!でも…。」
「雅、あんまりセルを苛めるんじゃないよ。」
「兄様…。だって、いつも潰す相手がヴィアロだと、セルはアタシらを頼ってくれないじゃあありませんか。」
柳眉を微かに顰め、不満を口にする雅。
雅は相手がヴィアロだと、危険だからと言って、セルが自分達を頼ってくれないのが不満なのだ。
「アタシらを甘く見すぎですわ。アタシらだって百戦錬磨の将ですのよ?」
「分かった分かった、降参だよ姐さん。今回は俺、リオ、クロ、姐さんの4人で行こう。それでいいでしょ?」
「あ〜お嬢だけずる〜い。」
「次は時雨も連れてくから、な?」
「わ〜い、約束だよ〜?」
「はいはい。」
「お前ら、襲撃をなんかのイベントだと思ってねぇか?」
「リオ、黙らっしゃい。あんたはいつもボスといるクセに。」
「え?みんな襲撃に来たがる理由それだったの?」
「もちろん、1秒でも長くボスの傍にいる為に決まってるでしょう。」
(…セルは愛されてんなぁ。)
しみじみとそう思う要はそれこそお母さんであろう。
月光を浴びて佇む4人の男女。
その表情は仮面に覆われ読み取ることはできない。
「そンじゃあ、『蠅の王』狩りを始めよう!」
残酷なまでに無邪気な掛け声を合図として、4人が動きだす。
1人は地面を蹴り飛ばし、空へと舞い上がり風を纏って大地を見下ろす。
1人は下駄をカランコロンと鳴らしながら、簪をシャラシャラと揺らしながら、どこまでも優美にたおやかに歩を進める。
1人はただ淡々と破滅を齎らしに進み続ける。
1人は天使のような笑顔を浮かべ、幸福の使者のような雰囲気で悪夢を携えやって来る。
その風景を見た者がいたならば、彼らはこの世の者とは思えなかっただろう。
ドゴンッ
鈍い音と共にアジトの扉が弾け飛ぶ。
「うっうわぁぁぁぁ!」
「ぐっはぁぁ…」
命からがら躱した者、運悪く命中した者、状況がまだ把握できない者。
混乱する彼らなどお構いなしで悪夢はやって来る。
「やあやあ『蠅の王』の皆さん、こんばんは!」
天使の笑顔を浮かべたまま。