1人の影と5人の男
ここ、エリウリア王国の王都シアルはとても分かりやすい構造となっている。
王城イリアナ城を中心として王族貴族が住まう王貴界が広がり、その周りを商人や職人、農民など多くの国民が住む平界が囲み、そのまた周りに傭兵や冒険者、マフィアの様なならず者たちが居る下界が広がる。
王城からの距離の差がそのまま身分の差となっている。
皮肉なほど分かりやすい構造である。
夜の下界を走る小柄な影が1つ、その影を追う男が5人。
「待てやコラァァ!」
「待てって言われて待つバカがどこにいんだよバァカ!」
「んだとこのクソガキ!」
全力疾走しながら息も切らさず悪口の応酬。いやはや、素晴らしい体力である。
だがそれもそう長くは持たなかった。
「くそっ、行き止まりだ。」
目の前に壁が立ちふさがる。
引き返そうとした影を男たちが囲んでいた。
「残念だったな、坊主。」
「諦めて捕まれや、な?そうすりゃ痛い目は見ねえで済むから。」
ゆっくりと包囲の輪を狭めて男たちが近づいてくる。
「んなこと言って、俺を捕まえたら売るんだろ!?」
「ああ、そうだ。その為にテメェを追いかけてんだからな。」
「オメェ、なかなか綺麗なツラしてんじゃねえか。髪も長えし女みたいだな。」
「そっちの客に高値で売れんじゃねえか?」
「冗談じゃねえ、俺は変態貴族に抱かれる趣味はねえっつーの。」
「お前がどう思おうと知ったこっちゃねえよ。」
「じゃあな、坊主」
男たちが一斉に襲いかかる。
影はため息をつきつつ
「…これは不可抗力だろ。」
と呟き目を閉じる。
カッと目を見開き拳を握る。
右足を踏み出し拳を振るい、勢いをそのままに左足を振り上げる。
拳を顎に食らった男は重力に逆らい宙を舞い、蹴りを鳩尾に食らった男は後方に吹っ飛び悶絶する。
細い体に似合わぬ怪力である。
刹那の間に自分よりはるかに大きな男2人を叩きのめした影はゆらりと振り返り、見つめられた残りの男3人は震え上がる。
「ん、なっ…」
「う…そ、だろ?」
「ありえねえ…」
「おい、テメェら…」
カツリカツリと靴音を響かせながら、影が近づいて来る。
「う、うわぁぁぁぁぁ!!」
恐怖に耐えられなくなったのか、2人の男が自棄になって襲いかかる。
「チッめんどくせーな。」
舌打ちをしつつ、気怠げに男のナイフを躱し拳を叩き込む。
「がっ…」
「ぐおっ!」
片や気絶、片や腹を抱えうずくまる。
散々な有り様である。
「さて、1人になっちまったなぁ?オッサン。」
「っ…俺の負けだ、どうにでもしやがれこの野郎。」
「思ったより潔いな。」
「あんだけ化け物じみた動き見せられて、反抗する気も起きねえよ。」
「そうか、賢明な判断だな。」
「で?俺をどうするつもりだ?殺すか?」
「そんなことしねえよ。俺はこう見えても平和を目指す裏組織のボスなんでね。」
「はっ、笑わせるじゃねえか。平和を目指す裏組織?んなもんあるわけねえだろ。しかもテメェみたいなチビの小僧がボスだぁ。冗談だろ。」
「…オッサン、今の言葉にゃ2つ間違いがあるぜ。まず1つ目。平和を目指す裏組織は実在する。」
「はっ、そのふざけた裏組織とやらはなんつー名前なんだい?」
「…『セレルマリーの花束を』」
「!なっ…嘘だろ?あ、あの組織のボスがテメェだっつーのか?」
「そうさ、文句あるか?ンでもって2つ目。」
ここで一旦切り、深く息を吸い込み男の耳元に唇を寄せる。
「俺を小僧だの坊主だの呼ぶンじゃねえっぇぇ!俺はれっきとした女だ、お・ん・な!」
「うっがぁぁぁぁ!」
鼓膜が破れるんじゃねえかと思うくらいの絶叫を耳にぶち込まれた男は悶絶する。
こういうことをするから男だと思われるのであろう。
涙目になりつつ絶叫のダメージから回復した男の第一声は
「…はぁ?てめえが女!?冗談キツイぜ。」
だった。
「ンだとテメェ、目え腐ってンじゃねえの?見るからに可憐な少女だろーが!」
影もとい少女は不満げに言い返す。
可憐な少女は男4人を叩きのめしたりしねーよという叫びを危うく飲み込んだ男は、賢明である。
「俺が言いてえのはそんだけだ。じゃあなオッサン。」
「二度と会いたくねえな…」
「こっちの台詞だこの野郎。」
最後まで悪口の応酬をしたまま、長い髪を翻し少女は去っていく。
残された男は思考を巡らせていた。
(あんなガキが『セレルマリーの花束を』のボスとはねぇ。でもまあそれならあの強さにも合点が行くか…)
『セレルマリーの花束を』おそらく世界に1つしかない平和を目指す裏組織。
人間とヴィアロの共存を目指す愚かな、しかし優しい組織。
人間とヴィアロ、両種族が共に属すただ一つの組織。
冷たい夜風に晒されていると思考がだんだん冴えてくる。
(『セレルマリーの花束を』…人間とヴィアロが共存している奇跡の組織……。…待てよ、あの組織のボスってことは…!)
男はとある事実に気づき、寒気に襲われ立ち上がる。
『セレルマリーの花束を』のボスであるということはつまり、ついさっきまで自分と悪口の応酬をしていた少女は…最強のヴィアロであるということだ。
(俺…よく生きてたなぁ……)
今更ながらに自分の『生』をしみじみと実感した男は、地面に倒れ伏したままの仲間を叩き起こし家路に着いた。