後編
馬車がお城に到着したとたん私は待ち構えていた侍女さんであろう人たちに、それはそれは立派なお部屋に連れていかれた。
その後は、お風呂に入れられ、香油を念入りに塗り込まれ、まるで童話のお姫さまが着るみたいなドレスを着されられ、髪を結われ、もはや私はされるがままの状態だった。
なんでこんなことになっちゃったんだろう。今頃は屋敷でぬくぬくしているはずだったのに。
本来ならば、誰もがうらやましがる状態にあるはずなのだけれど、今の私に必要なのはドレスでも、舞踏会でもなく休養なのだ。
何せ、ここ数日は朝から晩まで働き詰めだ。
とりあえず舞踏会に行って、おいしいものをたくさん食べて、とっとと帰ろう。
お城の舞踏会っておいしいものたくさん出そうだし。久しぶりにお腹いっぱい御飯が食べれるかも。
そんな淡い期待に心躍らせていると、いつの間にか準備か終わっていたらしい。
「これが、本当に私?」
鏡を見れば、そこには見たことのない女の人がいた。
着ているドレスか髪形かはたまたほんのり施した化粧のおかげなのか、私が私じゃないみたいだった。
これなら、お継母さまたちも私だって気が付かないかも…きっとルイだってこの姿なら私だと気が付かないはずだ。
そんなことを考えていたら、侍女さんはいつの間にかもってたきれいな透明のガラスの靴を履かせてくれた。
それは、まるでオーダーメイドのように私の足にぴったりだった。
本当に魔法にかかったみたいだ。さっきまでは色気より食い気だったのに。
なんだか、調子がくるってしまった。
「では、さっそく広間へ参りましょう。殿下がお待ちでございます。」
どこか夢見心地でふわふわした気分の私は、とにかく侍女さんの言う通り後についていく。
長い廊下を進んでいくと、目の前に一際大きな扉が見えてきた。
その扉が開かれると、私の屋敷がまるまる収まってしまうんじゃないかというくらいの大きなホールに、色とりどりのきらびやかなドレスを着こんだ多くの年頃の娘たちが一斉こっちに目を向けてくる。
その突き刺さるような視線に私はすでに帰りたい気持ちになってきた。
こんなにジロジロみられるとさすがにいい気分がしない。
どこか自分に変なところがあるんじゃないかと不安な気持ちになってくる。
あまり、目立ってもいいことがないし端っこの方で静かにしてよう。
そう、できるだけ目立たないようにしている…
はずだったのに!
今私はホールの中央でダンスをしている。なぜかって?それこそ私が聞きたい。
理由は今私の手を取りながら満足そうな顔をしているエメラルドの瞳したこの綺麗なお兄さんに聞いてください!私自身気付いた時にはこの手を取られてホールの中央に立っていたのだから。
ルイもさっきの魔法使いさんもすごく綺麗だったけど、このお兄さんはさらに大人の色気をプンプンさせている。
きっと、この色気に意識を持っていかれたのね。恐るべし大人の色気!!
私にイケメンに対する抵抗力がなかったら今頃鼻血をだして倒れていたわね。
それに、さっきからこの人のせいで目立ちまくりだわ。正直、令嬢方の嫉妬に狂った視線が突き刺ささって痛い。
さすがの私のハートも慣れないヒールを履いた足も限界をむかえている。
曲が終わるやいなや挨拶もそこそこに私はお城の庭に飛び出した。
「これでやっと一人になれる。」
本来なら、今頃自分の屋敷で久しぶりに一人でゆっくり過ごしているはずだったのに。
来たくもない舞踏会に連れてこられた挙句、みんなからはジロジロみられて、おまけに唯一期待していた料理もろくに食べられていない。
踏んだり蹴ったりだ。なんだか、悔しいような悲しいような気持ちになってきて視界が歪んできた。
どうやら私は泣きそうらしい
「なんでこんなことになっちゃんたんだろう。」
「それは、あなたと私は運命で結ばれているからですよ。」
独り言をつぶやいたはずなのに、返事か帰ってきて驚いた私が顔を上げるとそこにはさっきダンスの相手のお色気お兄さんがいた。
「さあ、泣かないで。君のその綺麗な瞳が溶けてしまいそうだ。」
そういうと、お兄さんは私を私をそっと抱き寄せてきた。
きっと、普通の女の子ならこんなイケメンさんに抱き寄せられたらコロッといっちゃうんだろうけど、今の私のこの状況を作り出した原因の一部はこのお兄さんだ。もはや、嫌悪感しか感じなかった。
「いきなり。何するんですか!やめてください。」
私は、ありったけの力でお兄さんの胸板を押し返す。
「おやおや。見かけによらず、強気なんだね。ちょっとあいつをからかうつもりだったんだけど、ますます気に入っちゃたよ。」
「何を訳の分からないことを言ってるんですか!とにかく離してください!」
けれども、お兄さんは一向に私を離そうとしてくれない。
もう、本当に泣きそうだ。誰か助けて!ううん!誰かじゃない!ルイ!!助けて!
「おい!何をしているんだロイ!そいつを離せよ!」
心の中で助けを叫んでいると、いるはずのない人の声が聞こえてきた。
あれ?私ついに幻聴まで聞こえるようになったのかな??ルイの声が聞こえる気がする。
「おやおや。いいタイミングで邪魔しに来るんだから。久しぶりだね。ルイ。元気にしてた?」
「なに、暢気に挨拶してるわけ。相変わらずのお花畑頭だね。ロイ。自分が何したか分かってるの?」
「あれ?ルイ?本物?幻聴じゃなくて?」
「君もなにわけのわからないこと言ってるのさ。本物の僕だよ。さっさとそいつから離れなよ。危険だから」
そういうと、ルイはお色気お兄さんの手を振りほどいて自分の腕の中に私を閉じ込めてくれた。
だけど、なぜだかさっきみたいな嫌な気持ちにならなくて、ルイの腕の中はすごく安心できた。
「ひどいなあ。人をばい菌みたいに扱って。」
「同じようなもんでしょ。」
「はいはい。その口の悪さも相変わらずだね。久しぶりの兄弟の再会だっていうのに」
「別に僕は再会を望んでない。」
「ひどいなあルイ君は。それにしても、ずいぶんと城来るのが早いこと。」
「大体の話は泣き虫カイから聞いた。まったく、長男のくせに何を考えてるんだい。君は。悪ふざけにもほどがあるだろ」
「お説教は母さんの小言で十分だよ。それにいいじゃないか。今日は僕のための日だろ。普段輝く機会に恵まれな可哀想な宝石を僕がきれいに磨いてあげようと思ってね。」
「仮にそうだとしても、それは君の役目じゃない。」
「まあまあ、細かいことはいいじゃないか。それより、見てごらんよすごく似合ってるだろ?僕が侍女に頼んで見立てたんだ。」
「似合う、似合わないの問題じゃない。きちんとしかるべき時にしかるべき場所で披露することに意味があるんだ。これじゃただの悪目立ちだ」
「そうかなあ。でも、ちょっと磨いただけでこんなにまで輝くんだ。このままだと、いつまでも周りがほっとかないよ。僕とかね」
「大きなお世話だよ。僕だって別にいつまでもこのままでいるつもりはないよ。だけど、そのためにはきちんとした段階が必要なんだ。今はまだそのときじゃないだけ。」
「ふうん。ずいぶんとご執心のようだね。淡白な君が珍しい。なんだか今日はいいものが見れたよ」
「ふん。とにかく、僕たちはもう帰るから。さあ行くよ。」
私を抱きしめながらルイはよくわからない話をしていたのだけど、私はなんだか頭がボーとしてどこか上の空に会話を聞いていた。なんだろう、なぜだか顔が熱っぽい。それに心臓がすごくドキドキする。
やっと、ルイから解放されてなんだか、よくわからないままに手を引かれてお城の庭を歩いていく。つないだ手で熱い。そういえば、手をつないだのは小さい頃以来だ。
帰り際にお色気お兄さんがルイに向って
「たまには、彼女を連れて帰っておいで。父さんと母さんも喜ぶ」といっていたけど、あれはどういう意味なんだろう。聞きたいけれど、前を歩くルイの顔は耳まで真っ赤で怒ってるような気がしたから話しかけることができなかった。
門へ向かう階段を下りて、ルイがお城の門の前で待たせていた馬車に乗り込む。
ルイは向かいに座って終始不機嫌そうな顔をしている。自分が悪いとはいえすごく気まずい。
「あの、今日はありがとう。迷惑かけてごめんなさい。」
とにかく、今日のことをまず謝ろうと先に私が口を開いた。
「全くだよ。君のせいでこんな時間に外出する羽目になったんだ。大体、招待状も来てないのにお城に乗り込むとか相変わらず君の思考回路は理解不能だよ。」
「それはその。いろいろと事情がありまして…」
「僕が駆けつけなかったら、今頃君はあいつに何されたか分かってるのかい。あいつは人のものとか気にしない危険なやつなんだから」
「本当に反省しております。」
「その言葉きちんと心に刻んでおいてほしいね。」
「それにしても、どうして私が舞踏会に来てるって分かったの?」
「それは、君の家から城の馬車が出ていくのが見えたからだよ。」
「なるほど!あれ、おかしいな。ルイの部屋の方角からだと私の屋敷の出入り口見えないよね?それになんであの馬車がお城のだってわかったの?」
「そっそれは、君が全然最近会いに来ないからどうしてるのか気になって…じゃなくて、そんなことはどうだっていいでしょ。」
「??」
よくわからないけれど、とにかくルイは私を心配してくれていたらしい。それが分かっただけで十分だ。
「それにしても、またルイに助けられちゃったな。もし、ルイが私にしてほしいことがあったら何でもいってね!絶対に叶えてあげるから!」
私がそういうと、ルイは一瞬驚いた顔をして、そのあとに意地悪で満足そうな笑顔を浮かべてこういった。
「その言葉忘れないようにね。約束はきちんと果たしてもらうから」
その言葉のほんとの意味に私が気付くのは、あと2年ほど後のこと。