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犬男、拾い物をする。


大分なれたカルテドの森をいつも通りに巡回する。


こないだ埋めた魔物、(ガルメ)の魔昌石ができるころだから、回収しなければいけなかったはずだ。

放っておくとどの魔物に横取りされるとも限らない。すこし急ごう。


一応、踏み均して小道をつくり、魔力を残して縄張りはつくってあるけど、上位の魔物はニンゲンをなめてて無視することもあるから。


途中には狩るものもいなくて、楽に歩けた。


けど、おもえば予想はあたるみたい。


目的地に大きな魔力があった。


これだけ大きければきっといい魔核と恵みが手に入る。魔昌石もいいけれど、それはもっといい。でも、両方あった方がいいんだから、すぐ仕留めよう。


よかったことにそんなに遠くない。


走ればすぐに着く。


魔力のもとは黒だけじゃなくて銀もある、質の良さそうな竜だった。名持ちの種族じゃないけれど、あれからは十分役に立つものが取れるだろう。


幸い、こちらに気が付かないくらいには駄目(アトゥプ)な個体らしい。このまま強化して突っ込めば簡単に狩れる。まだ魔昌石も掘り出せてないようだし、とても嬉しい。


ちょっと力を込めて飛び込むとおもった通り、容易く外殻と障壁が砕けて大穴があく。

大型の魔物は魔核を抜き出さなくていいから、いい。あとは慣れてたら何もとまることはない。魔核に直接触れて隔絶の魔方陣をぶちこんで息の根を止めるだけ。


魔核との接続が切れて存在維持の術をなくした体はすぐにたおれる。今はまだ外殻もあるし内部もしっかりしてるけど、埋めて七日もたてばとけて固まって魔昌石になるはず。銀混じりだから、めずらしい氷の属性でもつくかもしれない。


とりあえず、いますぐ使える魔核と物質化してる牙だけは回収しておかなくちゃ。


出るのには大きすぎてたいへんだたから、一旦外に放り投げておく。あとは抉れた外殻に手をかけて体を持ち上げるだけ。


竜の死骸から出てみれば、微かな物音がした。

自然の音じゃないのに、その方向には魔力の欠片も感じなくておどろく。


見てみると、変なのがあった。


ニンゲンそっくりの何か。


そうとしか呼べないものがある。


最初はニンゲンかともおもったけれど、魔力が少しもない生き物なんて存在しない。草花だってどれほど少なくても魔力がある。魔力があるから生き物は動く。


けどそれは魔力がこれっぽっちもないのに、呼吸しているような動きも瞬きもしている。


肌は見たことない色で、ムク(乾酪の一種)をとかした乳のスープに似てるかも。目はギルリカの樹液を集めて濃くした甘い汁みたいな透明なのにこっくりした茶色。僕の目の色とにてていいな。それに、なんだかちょっとおいしそう。


でも、ちょっと髪の毛は駄目(アトゥプ)。魔物と同じ黒だなんて。ニンゲンにはない髪色にするのはいいだろうし、とても綺麗だけど、黒なんて。こんな髪色じゃ誰もかわない。


じっくり見てから、なんでこんな危険な場所にこんな細工がいいのに駄目な人形があるんだろうって思った。ほんと、これだけ動くのに魔力がちっとも使われてないなんて不思議だ。


そこまで考えて、昔のうわさをおもいだす。


魔物は闇の魔力の塊だから殆ど形を残さないけれど、長い間生きた魔物は物質化する量がふえる上に、魔力の影響でいろいろな特性を帯びるらしい。


たしか、どこかの国の王冠がそうで駄目なニンゲンが触ると輝きがなくなって、盗まれると大きな音を出すとか。


それなら、これもそうなのかもしれない。


だったら、この魔力を帯びてない牙や大きいだけの魔核なんか比べものにならない。いつ教国から帰投許可がでるかわからないけど、もしもその時がきたらもって帰りたい。めずらしいだろうからいっぱい善が積める。


もう一回だけ置いたままの魔核と見比べると、茶色の目がこっちに向けられた。これはおもっていたより機能が高いかもしれない。


よし、これはもって帰ろ。


でも保管しておくのは決定だけど、毒があったら拠点が駄目になるかもしれない。魔力がないから魔法薬みたいな効果の高い上に認識阻害があることはないだろう。


それなら、手っ取り早い確認方法は匂いにきまっている。匂いっていうのは、その物体の一部が空気にとけこんだのが鼻にとどいたものらしい。とうぜん毒物の匂いには毒性はあるわけだけど、ある程度魔力があって回復力があるなら命の危険まではいかないから安全な確認方法だ。


あ……危険性のある仕掛けがあったりしても駄目だから、手も使って全部確かめやきゃならない、か。


この程度の大きさに詰まった罠なんかで楽園行きになるなんて思わないけど、一応は注意して持ち上げてみる。人形は王冠みたいに主を決めるのかじっとして僕を観察している。


うるさくされたら駄目にしちゃいそうだな、って考えは手に取ってみてすぐに吹き飛んじゃった。


え、なんだこれ。


びっくりするぐらい柔らかい。それにあったかい。


専属の鍛冶屋が趣味で魔道具として人形を沢山つくっていたけれど、こんなに柔らかくてあったかいのなんてなかった。ふにふにしててぐにゃぐにゃで、中に入ってる骨みたいな芯も力を入れたらおれちゃいそう。


僕はまだ退役前で妻帯は許されていないし、楽園に連れていけない女と情をかわすつもりはなかったから褒賞はぜんぶ装備に使った。だから本物と同じかはわからないけれど、この人形がおもっていたより質がいいのはわかった。


匂いはすごく変で、人のものとは思えなかったけれど毒の匂いじゃない。花を混ぜた果実水に浸しておいたのかとおもうくらい薄い匂いで、服の匂いもしなかった。ぼろぼろだけど、この服も特別なのかも。


最後に顎の部位を確かめようとしたら、「ひぎっ」て音がした。


これまで聞いたどんな鳴き声よりもおもしろい。あと、なんかわからないけれど、とてもいい。


きっと、僕の楽園に用意するならこんな人形がいいな。とにかく、これは拠点に飾ろう。教国にかえったらすぐに捧げることになるけど、それまで大事にしよう。


早速抱えてもって帰ろうとした時、いつか捧げ物にするべき魔核と恵みを忘れそうになっていたことに気が付いた。


危ない、楽園に行けなくなってしまうところだった。


早く安全な拠点にもって帰ってしまいたかったから大急ぎで穴を掘って今日はもって行けそうもない戦利品を埋めてしまう。


本当なら竜も埋めていきたいけれど、手を放しただけで下手な落ちかたをして「うぎょ」という音を出して震えている人形を早くしまいたい。触ってわかったつもりだったけど、すぐあれは駄目になるようだ。一点ものだからあとがないし。


めずらしくて善を積めるのも明らかにこの人形だし、問題はない。


僕はさっさと埋めてしまい、人形を抱えて拠点に帰ることにした。







もって帰ってからどこに置くか考えたけど、熱の魔昌石と寝具の間にした。ここならこの拠点のどこからでも見えるから安心だ。


今日は着替えてからご飯を食べて寝てしまい、明日になったら土がついてしまった人形をていねいに洗ってあげよう。お湯につけても大丈夫だといいな。


やたらと動き回ろうとする人形が熱の魔昌石に触れて燃えないように、じっとさせるのは一苦労だった。


食事はハハクという黄色の甘めの主食と毒鹿、タチヤの実にした。毒鹿はサチャナ草と一晩寝かせば毒が飛ぶ上に旨くなるし、魔力が多く含まれているから好きなんだ。


食べ始めると、人形がこっちにふらふらと引き寄せられるようにきた。歩くなんて本当にめずらしい、いいものに違いない。もとの設置場所に戻してやるのさえ楽しい。


食事の匂いに反応する仕組みなのかずっと顔がこちらをむいていて楽しい。茶色のまぁるい目にずっと自分がうつっているのはなんでか気分がよかった。


そうおもって食べていると、人形の腹から尋常ではない音がしておどろいた。


獣のうなり声ににてるけど、魔力も匂いもしなくてどうしていいかわからなくなってしまう。


昔から修理したりとか細かいことはてんで駄目で、ちっとも上手くいかないからこれが駄目になってたらどうしようもない。カルテドの森の境目あたりに小さな集落があるからそこに直しに行けばいいのだろうけど、聖命はこの森の浄化だから一時とは言え外には出たくない。


人形のうなる暖かな胴体に頭をうめつつ、ひそかに考えているとすこし音が小さくなった。


何をしたのかとおもって顔をあげると、ハハクの実をかじったようだ。ハハクの実を口いっぱいにいれた人形は栗鼠みたいにふくれた頬でへにゃりと笑っている。


どうやら、この人形は動く代りにニンゲンのように糧を必要とするのかもしれない。


毒鹿も与えるとパクパクと食いついて池で飼われるハッツィ魚か軒下の燕のようでとてもいい。


食べ物によって表情がかわるなんて面白くてしょうがない。他にも何か食べるのかと食糧庫にかけ込んでたくさん試した。タチヤとか目玉系のものは食べれないみたいだけど、歯系はいけるらしい。


だから手持ちで一番旨味も栄養もある白骨茎(シィーム)をあげたのに、それは食べなかった。いまいち食べるのと食べないの違いがわかんないよ。


せっかくだからシィームを食べて、人形の様子を見てみるとなぜかふるえてた。


無表情でぴるぴるふるえてる。


どうやら何かの作業をした時にしか表情は変わらないらしい。さっきみたいにもっとクルクル変わればいいのに。


いいもの手にいれたなぁって考えてたら、おかしな匂いがした。

いや、おかしいっていうのは間違っている。いつも嗅いでる血の匂い。


びっくりして人形を見てみると左手から赤い血のようなものが出ていた。魔力が入ってないところを見ると、本当にニンゲンじゃないんだなと思う。


いったいどうしたんだろう。駄目になるようなことしてないはずだ。


つい、生き物にやるみたいに触って魔力を込めてみたけどやっぱり効果はない。それはそうだ、ものには効かないんだから。生き物なら足りない魔力だけ与えれば部位を損失でもしない限りすぐに治るのに……。


あんまり血ににた匂いがする。唾液の方が魔力を込めやすいし定着しやすいから試したけれど、まったく効かない。このまま赤いのが止まらないと駄目になっちゃいそうだ。


カルテドの森に住むことになるまで使っていたヒヒイロカネを加工した真紅の愛剣もすこしの傷から魔法が異常をきたして駄目になってしまった。魔方陣といっしょにするする崩れて真っ赤な水たまりなった時は、楽園に先に行ったはずなだけなのに胸だか胃のあたりがひゅっとして駄目だった。


あれみたくなるのはミシラの神樹に捧げるまでは阻止したい。


しばらく観察していると、どうやら赤いのは黒っぽく固まったところから流れているらしい。


カリカリ引っかいてみると赤いのが滲む。やっぱり、これが原因だ。普通、こんな黒くて固いのが表面にできるはずがないもんね。それにしても、魔物と同じ闇の魔力がないのに首をかしげてしまう。毛色もこんなに黒で不気味なのになんでまっさらなんだろう。


まあ、いい。手全体を駄目にしないよう、慎重に、でも一息に黒いのを剥がそうとした。



ぐじっ。



黒いのはきれいにはがれなくて、爪の先がわずかに柔らかくて白い表面に沈んで真っ赤な液がツゥと溢れる。


え、なにこれ。


黒いのをとったのに、なんで?


おどろいて思わず人形の顔を見ると、整ってたはずの顔が歪んでいた。


あっ、駄目。


これは駄目だ、こういう顔をしたのから消えてった。


口から自然と「駄目……、駄目だ、駄目だよ!」と声がもれた。


たまに戦闘訓練とか試験でこういう顔してしまう出来損ないがいて、そいうのは次の日には処分されてた。教官も神父も言わなかったけど、どこかに消されたのは僕でもわかる。

神樹を助けて楽園に行くには闇の魔力をもってはいけないけど、この表情をしたのは魔物を狩る時たいてい駄目になるから、神樹に負担をかけるまえになくされてしまう。


魔力をもたない道具にまで適用するのかわからないけど、この表情は駄目だって染みついていてなんとかしなくちゃと思った。


代りがあれば危険を犯さずに処分するけど、これは大切な捧げ物。どうにかしなくちゃ。


急いで食糧庫にいって、人形が良い顔をした食べ物を取ってくる。数がすくない上に僕も大好きだった乾燥果実だったけど、捧げ物の確保が優先だ。

途中で水桶も用意して赤いのを流すことにする。よくわからないけど、きっとあの赤いの自体よくないものだと思ったから。


さっきので主とは認めない判定が出たのか、近寄ってこない。しかたないから、下位の騎獣を誘き寄せるような動きで誘ってみるけど駄目。


キって睨まれて、果物は見てもくれない。


それでも赤いのは流す必要があったらしくて、水桶は使った。それにはほっとしたけど、果物はなんで食べないんだ?


手をきれいにした人形をじっと見てると、設置場所に戻って膝を抱えるようにして座りこんでしまった。


大丈夫か気になって近寄ろうとする度、睨まれる。


硝子みたいに透き通った茶色の目は何も音を出さないのに、うわさに聞く王冠の警戒音みたいだ。


寝る前にもう一度触ろうと思ってたのに、どうしよう。


その体勢のまま動かなくなってしまった人形に見てみる。黒い毛色を除けばやっぱりきれいな人形だ。その上、本物と同じかわからないけど柔らかくて暖かい、いい寝具になりそうだ。


駄目になりやすいのに勝手に動いてしまうから維持は大変だけど、その分捧げる価値はあると思う。


ちょっとだけど胸や背中が動いているから稼働中ではあるらしいけど、静かに固まっている。もしかしたら、この人形は自分で整備をする種類なのかな……魔力を空気中から集めて自動修復する魔具もあったからそうかも。


することもないし、気になるから動くまで見てることにした。時々びくりとして面白い。


楽しく見ていると、何度目かにびくりとしてからガバリと膝の間から顔をあげて目をあけた。


今度は駄目な顔じゃない。


よかった。


まだ厳しい目を向けてくるけれど、ここには他の所有者候補がいないからか触ってみても警告音は出さなかった。


駄目にならないように注意しながら指先でつついてみる。やっぱり、柔らかくて暖かくて、いい。


せっかく楽しんでたのに、人形は横になって体を丸めて目を閉じてしまった。また修復でもするのだろうか。横になって完全に僕に反応しないってことは本格的に作業が始まるのかも。


そう思って手を出すのをやめてみたけど……。


やることない。


いつもなら道具の手入れをするけれど、こんな脆いのがある部屋では無理だし、何となく離れたくないや。


しばらくどうしようか考えていたら、名案が閃いた。


これが活動休止している間に僕も寝ればいい。


こんなに柔らかくて暖かいんだから、きっといい枕になるはず。思いついたが吉日、と人形の体の下に手をいれて寝床にゆるく放り投げた。


ぼすり、と音を立てて沈みこむ。ナナヤガの羽綿を使っているからいくら弱い人形でも大丈夫だろう、と思って寝床にあがると体を強張らせて歯をカチカチ鳴らしてた。


……うわ、これでも駄目なの?


僕にはこれの扱い難しいかも。


そうは思って反省したけど、きゅってくっついてるふくらはぎと太ももがむっちりしてて柔らかそうだから気にしないことにした。駄目な顔じゃないからきっと平気。


赤いのが出たり芯が折れないように慎重に頭を載せると、きゅってしてるぶん弾力があって固めだけど暖かくて気持ちいい。


こういう暖かさは初めてで不思議な気分になる。それも心地よく思うのはなんでかなぁ。


楽園に行った時、これが用意してもらえるよう頑張って善を積もうと思いながら眠ってしまった。


主人公はニンゲンになれるのか。





後日、用語説明を付け足すかも知れません。

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