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枕にされた。




体感時間にして1時間か2時間ほど寝ただろうか、はっと目が覚めた。


体育座りしていた身体はすっかり強張っていてどこもかしこも痛い。しばらく痛みに顔をしかめつつ微睡んでいたけど、何の気なしに動かした左手がズキリとして一気に覚醒した。


つい疲れと怒りに任せてふて寝してしまったが、ここはあの狂犬の巣なのだ。


はっとして顔を上げ、驚きに固まってしまった。


寝る前と変わらぬ距離に犬男が座り込んでじっとこちらを楽しそうに観察していたのだ。


普通ならば異性に寝起きを見られるのは恥ずかしいことなのであろうが、この犬男の場合は苛立ちと恐怖を感じてしまう。


先ほど何の意味もなしに傷を抉られてから、警戒心が高まっていた。


この異世界で生きるには弱い私は犬男に愛玩動物枠でいいから保護してもらうしかなくて、私に出来ることがない以上寄生している立場であるとしても。


無意味に虐げられて遊ばれていつかは捨てられるような存在だなんて認めたくない。


出会ってから言葉を放った時以外笑みを崩さない白い頬を睨み付け、痛みを我慢しながらも身体を解した。


ひたすら男を睨みながら柔軟をする女というのもシュールな光景だけど、仕方ないのだ。


やっぱり犬男はそんな私の様子すら面白そうに眺めてるから本当に腹が立つことこの上ない。


しかし、圧倒的な力量差があり、完全な弱者である私が気張っても意味なんてないというもの。


視線による威嚇の甲斐もなく、10分もすれば私の怒りに慣れた様子の犬男は近寄ってきた。


そして遠慮なくつついてくる。いや、実際、私の肉が飛び散っていない段階で配慮はしているんだろうけど、小さな子どもが動物園の触れあいコーナーで初めて見た動物を構うような要領で触ってくるのだ。


色だの艶だのがある方が危険だけど、これはこれで問題だ。この意図のない興味のみの触れ方には私が知的生命体であるという認識の欠片も見当たらないんだから。


この理不尽極まりなく如何ともし難い状況において、私に一体何ができるというのだろう。


そんなの、わかりきっている。



寝るしかない。



自由になるのはこの身だけ。かつ、大変疲れている。下手に寝たせいで余計に疲れているとあれば、どんな場面でも眠気は訪れるものなのだよ。床はさらふわ毛皮絨毯なんだし、余裕で寝れる。合唱練習中に立ちっぱなしで寝た時より難易度低いもん。


どうやら、この犬男は寝ているときにちょっかいを出してくるほど鬼畜ではないらしいので、遠慮なく夢の世界に退避させていただく。まさに現実逃避上等というやつだ。

一時的とはいえ、精神も肉体も回復できるならこれ以上はない。何もなくても寝れるって凄い幸せなんだろうなって思います、まる。


きゃっきゃうふふって効果音を入れたくなるほどはしゃいでいる犬男を完璧に無視して私は床に寝そべり、ゆっくり丸くなる。


流石に身体をだらりと伸ばして仰向けに寝るのは無理だ。


アルマジロみたいに身体を畳んで丸くなる。


すぐに肌が重なる部分が暖まっていく。


この異世界において確かなものは自分の体温だけ。


いくら毛足の長さがあって柔らかに思える絨毯でも、直ぐ下は冷たい岩石。体重がかかる部位から熱が逃げていくのだ。


喜ぶべきなのだろう。


私が動き出したあたりから、犬男の手がぴたりと止まり、横になって膝を抱える頃には触れるのをやめた。


腹と太ももの辺り、触れる面が広いところから徐々に熱が溜まる。このまま、もっと熱がこもって床の冷たさもわからなくなってしまえばいいのに。


この世界は、とても寒い。


早く眠りに落ちればいい、と固く目を閉じているといきなり浮遊感に襲われ、内臓が浮き上がるような感覚がした。


実際はそんな突拍子もない現象が起きたのではなく、素早く身体の下に手を入れられ放り投げられたのだとわかったのは、着地してからだった。


ぼすり、と綿だか羽毛だかのから私の落下に伴った重みの分だけ空気と衝撃の抜ける音がする。


何が起きたのかを遅れて理解して、己を抱き締めたまま青ざめた。


なんで投げられた。


どうして寝床なの。


私の設置場所はコンロ岩との中間地点じゃないのか。何度も場所を変えてしまうと物をなくしやすくなるんだぞ。


混乱した頭にさえ浮かぶ疑問は少ないけれど、浮き籾みたいな軽いものであるはずがない。


ここでは私に何一つ権利などない。


権利を持つのは犬男たった一人だ。


唯一信じられる我が身を寄せていても、震えが抑えられなくなる。何が起きた、何をされるんだ。


スプリングも芯も入っていない適当に柔らかくしただけといった寝床に自分ではない体重がかかって沈むのがわかる。


犬男が私を人間扱いしていないことはもう救いにもならない。


ただひたすら、気を抜けばカチカチと騒音をたてそうな歯の根を押さえつけ、身体の震えを制御する。


数秒だったのか、数分だったのか。


しばらくの沈黙の後、ゆっくりと犬男が動く気配がした。


とす、と軽い音がしてみれば。


犬男の頭らしきふぁさふぁさした毛つきの塊が畳まれたふくらはぎと太ももの間に置かれてた。


何度か馴染む位置を探すように首を捻って、落ち着くと「ふんす」と満足げな鼻息が聞こえた。


……。


…………枕か。


私は、枕にされたのか。


どんな寝付きの良さだよ!と足を伸ばして頭を落としてやりたくなるほどのスピードで寝息が聞こえてくる。


なんだ、この犬。


なんで人をわざわざ枕にしたんだ。


しかも、この体勢だからそこが一番有り難くはあるけど……ふくらはぎと太ももってどうなんだ。


ツウか。


いや、太ももはフツウか。


こんな山奥?に住んでるくせになんでそんなに髪がサラサラなんだよ。くすぐったいんだけど。


それでも怖いことはないとわかって、少しずつ身体の緊張は解れていく。


当然、脚の負荷はなくならないけどな。


脚の上にある荷物を振り落としたい気持ちを抑えるのに苦労しつつ、これくらいならと安堵する自分が悲しかった。


それでも、この両手は好きに動かせる。


私は目が覚めてから指が痛くなることを覚悟して、固く手を組んだ。キャンプファイアみたいに組んだ部分は燃えるような熱さを持つことはないし、逆に血行が悪くなって冷えるだろうと思う。


でも、一時だけでいいから暖まりたいのだ。


あと十分もすれば、断熱性のある寝具と足に載っかった頭のせいで汗ばむほど暑くなるのは別の話だ。






異世界に来てそろそろ三日目。

枕にされた。

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