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抉られた。



もうさっさと寝させて頂きたいのだけれど、腹が満たされてなお犬男は私に食べ物を押し付けようとしてくる。


どうやら私がグロいものは口にしないとわかったらしいのだが、とりあえず手持ちの食材のどれを食べるか試しているらしい。


「ぐむぇっ」


現実逃避をしていると、食べなくなった私に肩を落とした犬男が最後のだめ押しとでも言うように骨を口に突っ込んできた。


その真ん丸な栗色おめめをキラキラさせてる場合じゃないから。

あと少し前歯を上げるタイミングがずれてたら、絶対に折れてたから。


こわっ、ホントにこの犬男は規格外過ぎる。


そして何より危ないのは、この犬男に人間扱いされてなさそうな点であるが……まず、口を閉じれないサイズの骨を口に頬張らせてどうしようというんだ。


やっぱり、この犬男は犬的な習性でもあって噛むのが好きなんだろうか。この極太の骨、これは骨ガムのようなおやつかデザートのような扱いなんだろうか。


だがな、無茶を言うな。


私は地球産のか弱い乙女だぞ。


犬男が声を出さないので私もどんな言語が使われているのか、というか寧ろ言葉を喋っていいのかすらわからない為反抗できない。


いや、まず骨が口一杯にあって動かす余地ないんだけれども。


しばらく私を観察していた犬男は、これもまた食べれない物だと気が付くとまさに喫驚というような顔になって私の口から骨をすっぽ抜いた。


涙目になりつつ、歯を持っていかれないように限界を越えるほど口を開けた。鏡を見るまでもなく間抜け面だろう。


なんというかもう、人としての尊厳的なものが犬男に拾われてからガリガリ削られていく。


森にいたら削れるのは命だっただろうから、いいんだけどね。うん、いいんだから。


はあ、顎が……痛い。


私の健康な顎を顎関節症にしかけた張本人は米神付近をさする私に興味はないらしく、食いかけにもならないつるりと白いままの骨を自分の口に放り込んだ。


きゃっ、間接キス☆ってなるような色気のあるものでもないが、なんていうか、その、人の唾液がついたものを口に放り込める神経がわからない。


一人戦慄していると、さらに恐るべき事態が発生した。


なんと、犬男があの硬い骨を駄菓子のように噛み砕いたのである。千歳飴だってもっと根性あるよ、と言いたくなるほど簡単に砕けた骨をバリバリ食べる犬男。


もう犬どころではない。


犬に失礼とさえ言えるレベルである。


戦闘だけでなく、日常生活でさえ必要とされるスペックがここまで違うのでは正直生きていける気がしない。


こんな規格外が生息する世界でどうやって生きていけばいいというんだ。


ぎゅっと両手を握り締めて震えていると骨を食べ終わった犬男が目を見開いて駆け寄ってきた。


マナーモードの微振動に切り替えて動きを最小限にしてじっとしていると、犬男は私の左手を取った。


びっくりして見てみると、擦り傷が出来ていたかさぶたが手を握りしめたせいでパックリ割れてまた血が出ていた。その様子を犬男は鼻をひくつかせながら不思議そうに眺めている。


当然のように一回舐められ、ぞわりと鳥肌が立った。


この世界にも傷を舐める伝承かなんかでもあるんだろうか。あるのだとしたら今この時だけでも全世界から消したい。


それ以前に、ジョンや。


言っておくけどな、それはテメェがつけた傷だから。戦利品を見つけて担いでた私を放り投げた時の受け身失敗で出来たやつだからね?


やっぱり犬男は気付いていないだろうとは思っていたけれど、本当に気付いていなかった挙げ句、何故このような状態になっているかもわかっていないようだ。舐めてみても変化が見られないのか気になるのか、それはもう食い入るように見てくる。怖い。


薬はくれないにしてもせめて水洗いだけでもさせてくれないかと見つめていると、おもむろに犬男が私の傷口に触れた。



カリカリ、



ぐじっ。




かさぶたを爪でカリカリしていたと思ったら、次の瞬間には乾ききってないそれを強引に剥がされた。


大した傷ではないけれど、抉られたという視覚情報と強烈な驚きで息を吸い込み損ねたような悲鳴が出た。


手のひらからはツウと血が流れ、ずきずきじくじくと痛みが走り、不快な熱を帯びてくる。


今まで感じていたのとは違う恐怖を感じて男から後退ると何故か呆けていた犬男がようやく私の様子がおかしいことに気が付いて目をぱちくりさせていた。


有り得ない。先程まで食料を与えられて気を許しそうになっていたのが信じられない。こんなに悪意無く意味も無く人を傷つけるなんて。


ドラゴンと対峙した時ほど切迫したものでないにしろ、得体の知れないものへの恐怖で顔が歪み、震えるのがわかった。


ここで犬男は初めて言葉を発した。


「アトゥプ……アトゥプ、アトゥプ!」


何かを恐れているような否定するような必死な声音。


名詞なのか動詞なのか形容詞なのかもわからないけれど、酷く焦った様子で彼は洞窟の奥へと消えていき、すぐに戻ってきた。


並々と水が注がれた水桶と試食させられた中で最も美味しかった乾燥果実を持ってきて、私の目の前に置く。


しばらくは様子見をしていたが、私が後退るのを止めたのを確認すると橙色で琵琶に似た乾燥果実ってかドライフルーツをゆっくり振って見せた。


野性動物との交流か。


お腹一杯だし恐怖を半分くらい忘れる程度にはイラッとしたので、果物を無視して水桶に手を突っ込み洗わせていただいた。


それを見ていた犬男はやっぱり驚いてるらしく、私が傷口を綺麗にして満足している傍ら何度も果物を差し出そうとしてきた。


知らんがな。


私は犬男に背を向けて体育座りをきめこんだ。


すると犬男はこちらの様子を窺いながらソワソワと落ち着かない動作で私の周囲を歩きまわり出した。


たまに近付こうとした時はキッと睨み付けてやる。すると、びくりと肩を跳ねさせてまた距離をとる。


絶対的なアドバンテージを持っていて今まで散々好き勝手にしていたのに、いきなりどうしたんだろうとは思ったものの放置することにした。


養ってもらえるなら性別のリスクを気にしなくていいだけペット扱いでも構わないけれど、虐待されるのはごめんだ。


死ぬのは怖い。


でも、あんな馬鹿力を持っているやつに玩具同然に扱われて死に損なう方がもっと嫌だ。腕が欠ければすぐ死ぬだろうけれど、手足を骨折させられて骨が皮膚を突き破った為に感染症になったとしたら痛いどころの話ではない。


いつまでここに居れるかわからないにしても、ある程度の意思表示は必要だ。それが許されないならどちらにしろ私は死ぬしかない。


強気な態度をとりつつも、内心は恐怖と不安と怒りで一杯だった。


なんで地球で平和に生きていたはずの私がこんな変な世界に来て、命の危険に怯えていなければならないのか。


ペット扱いされるのが最良の選択肢で、それ以上は望めそうもない現状。


せめて地球にいた頃の楽しい記憶や心の支えになるような人でも思い出せれば心も紛れるだろうに、ちっとも思い出せやしない。


断片的にしか思い出せない知識に、一切浮かんでこない心情。


犬男の衣服とは布地から違う自分の寝間着だけが地球にいた証なのに、たった1日半で破れて擦りきれてボロボロだ。


私は犬男も異世界である洞窟も見たくなくて、膝の間に顔を埋めて目を閉じた。


昨日から徹夜で森を駆けずり回っていた私には、犬男という危険が傍にあっても瞼が鉛のように重く感じるほど疲れていて、眠気に抗うことさえできなかった。


自分の膝と腕に囲われて暖まる頬の感覚だけを頼りに私は深い眠りに落ちていく。





異世界に来て続々二日目。

抉られた。

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