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お預けされた。

文明的な生活をしてるのかなんて疑ってごめんよ、ジョン。


そう謝りたくなるくらいに犬男の住みかは利便性に富んでいた。


確かクラークだか誰だかが「 充分に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かない 」って言ってたし、世界の法則がどうなっているのか知らない以上、魔法と決めつけるのは良くないのかもしれないけれど……魔法としか思えないほど便利なトンデモ洞窟だった。


どんな原理かわからないけれど、幾つかの光球が浮かんでいて、人がいるところは適度に明るい。匂いからして汚物の処理はしっかりしているらしいし、着いた後しばらく観察していた所によると水源もあるらしい。コンロがわりの岩で熱は自由に使える。


硬い岩石の床には何の生き物の革かわからないけれど、やけに綺麗でさらさらの毛足が短い毛皮が敷き詰めてあるし、寝床とおぼしき場所には羽毛か綿でも詰めてあるのかふかふか。鞣した革のキツイ匂いもなしときた。


空がオレンジになってから急に下がった外気温にも影響されず、適切な温度設定である。当然、すきま風一つ無し。


そう、快適なのだ。


例え、目の前の男が自分の分しか料理を作らず、完全にこちらを無視しているとしても、森よりずっと。


……なんでわざわざ連れてきたのに、この犬男は私を部屋に置いて早々に無視するのか。


働かざるもの食うべからずというなら拾わないで欲しい。いや、あそこに放置されても死ぬだろうから微妙な所だけど。


一回拾うと決めたら一生世話を見ろ。


怖いから言わないけどね!


私はやることもないのでじっとジョンが食べているのを見ているしかなかった。


あの奇抜な森を見た後では何かは知りたくないけれど、香草と塩をまぶして焼いてある肉や果物はとても魅力がある。


甘い香りを漂わせるソフトボール大の銀杏みたいな殻に入った、焼き芋みたいに黄金色でホクホクとした実。こんがりと焼かれてほんのりとレモングラスに近い香草の香りを纏ったマンガ肉。ドラゴンフルーツみたいなビジュアルなのに中身が真緑の不思議果実。


こんな旨そうなものを見て涎を流しながら餓死させられたらたまったものではない。


……最後はそうどもないか。


とにかく、1日飲み物さえなくて焼けつくほど渇いた喉にも、匂いだけでお預けを食らっている空っぽの胃にもよろしくない光景だ。


幸せそうに頬張る犬男に恨みがましい視線を送り、洞窟の入り口を向く。


途中で気絶するくらいに高い崖の斜面にあるらしいから出ていくことはできないけれど、ここで指をくわえて見ているよりいい。


そう思ってふらりと歩き始めると、いつの間にか食事をやめていたらしい犬男に元の位置に戻された。


コンロ岩と寝床の中間地点が私の設置場所らしい。


しかも、先ほどから目をそらしたのに気が付くと自分を向くように角度を調節されるという鬼畜仕様。


こんなんじゃストレスか飢餓で死ぬぞ。


内心暴れたい気持ちになりながらじっとりと犬男ジョンの口に消えていく食事を見る。


見る。


見る。


ずっと見る。


見ているうちに、やはり我慢できなくなったのか盛大に腹が鳴ってしまったが。


その獣のうなり声のような音に驚いたらしい男は、栗色のまん丸な目を見開いて私に駆け寄る。その右手に握られた銀杏風焼き芋の実が所望です。


腹が鳴り続けるという、乙女というか人間として結構恥ずかしい思いを堪えて焼き芋の実を見つめる。


しかし、犬男は音源である私の腹にしか興味がないらしく、ひたすらに私の腹に耳を当てたり匂いを確かめたりさわり心地を確かめている。


コノヤロウめ……出会ったばかりのター〇ンか。


文明があると思わせての野生児か。


それとも、なにか、これが異世界の文明なのか。


やがて腹の虫が一時的に静まると、不思議そうにきょとんとしてまた全身確認が始まってしまった。


なんだこの辱しめ。


屈辱に耐え兼ね唇を噛みしめようとした時、覗きこむように背中の様子を見ていた犬男の焼き芋の実を持った右手が口元に来た。


……甘い香りがたまらない。


このままで一人じゃないのに孤独に餓死をするのが明白だったので、覚悟を決めてチャンスを有効活用することにした。


要するに、焼き芋の実にかぶりついた。


そのホクホクした黄金の見た目に相応しいこっくりとした甘さと、殻ごと焼いたせいか香ばしい匂いが口いっぱいに広がる。南瓜とも栗とも芋とも取れない上品な甘さと、少しねっとりした滑らかな口触りに思わずうっとりしてしまう。


一度も二度も変わるまいて、と二口目を口に含もうとした瞬間、カチリと歯が噛み合う虚しい音がした。


おわかりであろう。


犬男が食べた私にに気付いて手を引いたのだ。


待ち望んでいた食物に喜んだ腹の虫はもっと寄越せと激しく鳴くが、犬男は人の顔と焼き芋の実を交互にを見ているばかり。


なんで犬にお預けされているんだろうか。


力関係で完全に私が下だから仕方ないのだろうが、拾って群れに放り込んだからには食事くらい融通してくれてもいいんではないだろうか。


それとも何かね、野生は厳しいのか似非文明人め!


流石に奪い取ることも出来ずにじっとしていると、犬男は何を思いついたのか栗色の瞳に閃きの火花を散らして食卓へ戻っていった。


なんだと、ここに来て再びの放置プレイか。


表情には出さずに焦っていると、石というか大理石をキューブ状に切り出した風情の質量が半端ではなさそうなちゃぶ台代わりをひょいと持ち上げた。


……あれで潰されたら死ぬんだけどな。


ビクビクしながら見ていると、犬男は私の前スレスレ、ギリギリ触れない程度の場所にそれを置いた。


どすん、という僅かな衝撃を持つ音でどれだけの重さを持つものなのか想像できてしまい、青ざめる。やっぱりこの男はただ者ではない。


微かに震える私を余所に、犬男は最初の全身確認のあとのような満面の笑みを浮かべて食卓に並べられている肉を口に押し付けてきた。


驚いて犬男を見てみれば「食べろ食べろ」と言わんばかりにこちらを見つめ返してくる。


食べていいなら有難いので空腹に任せて大口を開けてバクリと頬張る。


少し苦味のキツイレモングラスに似た柑橘系の匂いのする爽やかな香草、甘さを感じるほど濃くて豊か肉汁の味。塩はかなり適当に振ってあるらしく、塩辛いところと殆どかかっていないところがあるけれど、それがまたいい。


今の腹具合では何だって美味しいんだろうとは思う。


でも、盗み食いではなくて、どんな感情に基づくかはわからないけれど、食べることに深い罪悪感や緊張感を持たずに食べれたのは涙が出そうになるほど嬉しかった。


あの極彩色の森にいたとき、料理なんて、温度のあるものなんて食べれるとは思わなかった。


期待してても、実際に誰かに会えるなんて思わなかった。


腹が満ちる、空腹から解放される以上の自分でもよくわからない感情の波に翻弄されつつ、口を必死に動かす。


たった三口の肉で、罠でもなんでもいいこの犬男にいつか恩返しをしようと心の底から思った。


正直、チョロイン過ぎる気はするけれどね。


でも、異世界に来て一晩を孤独に過ごしていた私にとってはこの食事はそれだけ大きな価値を持っていた。


そんな事を思ってさあ四口目、と口を開けたところで肉か遠ざけられてしまった。


そんな、殺生な……!と犬男を見れば、心底ワクワクしてます、という顔で反対色ドラゴンフルーツを口元に突き付けてきた。


なんというか、蛍光緑にタピオカサイズの黒い粒が浮かぶコイツは難易度が高いんだけど……。


そうは思っても、まだまだ空腹は完全に満たされておらず、外国の真っ青なケーキよりイケると口を寄せた。


途端に、ギョロっとタピオカが一斉に開眼しやがった。


血のように赤い肉厚の表皮に、目の覚めるようなグリーン。そこに浮かぶ無数の目玉。


こんなグロい果物を食べるなんて無理だ。


助けを求めるように犬男を見るも、開眼せし反対色ドラゴンフルーツを美味しそうに凝視して涎を流していた。


肉が旨すぎてうっかり忘れそうになってたけれど、ここ異世界(アウェイ)だったわ。ここに来て最初に見た紫色で目玉を実らせた樹木こそが本質なんですね、わかります。


ギョロギョロバチバチ動く目玉の群れは笑顔で犬男に返上しといた。


チョロイン、ナニソレ美味しいの?


私は信仰上の理由からこの犬男とは仲良くなれそうにないようだ。





異世界に来て続二日目。

お預けされた。

あの、すごく今さら気付いたんですけど……香りを考えて最近飲んだレモングラスティーを思い出して香草をそんな感じにしましたが……あれですよね、ああいうザ草って感じの葉っぱではありません。あれ食べれませんよね。


一応。


食える程度のやつです。形質的にはローズマリーに近く、もっと葉が柔らかくて、食感的にはニンニクの芽 (オイ)みたいな。


というかもう、レモンの香りで十分なんじゃ……。



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