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悪の組織の女スパイ  作者: 名無し
3/5

躓く可能性がある小石は早く始末する 2

「ずっと来てみたいと思ってたの。付き合ってくれて嬉しいわ」


 レイチェルはにこりと無邪気に見える笑みを浮かべた。

 ここはミナット区シロガーネで評判の高い店だ。夜のコースは高額だが、ランチはリーズナブルで人気がある。その為、昼でありながら予約は必須であった。特にこの日は週末であり、平日には来られない恋人たち、女友達同士や家族連れの姿が多い。

 レイチェルと向かい合って座っているのは例の女——ターゲットであるジェイの恋人であった。


「とんでもない。こちらこそ誘って頂いてありがとう」


 人の良さそうな笑みを浮かべる彼女にレイチェルは首を振った。貼り付けた表情の下で目の前の女を値踏みする。

 やはり平凡な女だ、と思った。

 特に褒めるべきところのない容姿だし、若いわけでもない。実際に彼女はジェイよりも十歳近く年上であった。身につけているものもありきたりなもので、それがより一層彼女を普通に見せている。


「ところで……スカーレットさん、今日は車ではないんでしょう?」

「ええ。今日は違います」

「そう、じゃあせっかくだからワインでも飲みましょう」


 レイチェルはそう言うとウェイターを呼び、グラスワインを二つ頼んだ。

 二人はワインを飲みながら運ばれてきたコース料理を食べ、女同士ならではの雑談に興じる。傍目には自分たちは仲の良い女友達に見えるだろうとレイチェルは思った。もっとも自分のように性格の良くない者がこの容姿の不釣り合いな女二人組を見れば、別の感想を抱くだろうけれど。

 とは言え、一番大切なのは見知らぬ他人の印象ではない。ジェイの恋人であるスカーレット本人がレイチェルに心を許すことだ。

 レイチェルとして生活をはじめ、スカーレットに接近を開始して早二ヶ月。己の計画は順調に進んでいるとレイチェルは確信している。

 本来ならばこんな面倒な手順は踏みたくない。手っ取り早くジェイ本人に接近をしたいところだが、それをしてしまえば失敗するのは目に見えていた。

 彼が自分の好みや審美眼で女を選ぶ男であったならば楽だったのだ。だが間違いなく彼は違うだろうとレイチェルは感じた。

 彼は普通の人間を装い生きる為にこの女を選んだのだろう。確かに年上で容姿も普通な女だが同じ組織の人間だ。外部の女と付き合うよりも楽に違いない。それを考えれば、たとえレイチェルがジェイに接近し振り向かせようと努力しても、彼が自分に乗り換える可能性は低いと思わざるを得ない。

 だから、レイチェルはジェイ本人ではなくスカーレットの方に接近をすることにしたのだ。男の方がダメならば、女の方を狙う。女から別れを切り出させる方が明らかに容易い。

 スカーレットがジェイよりも年上であり、容姿がどこにでもいるような普通の女であったからこそ、レイチェルはそう確信した。


「そういえば、今日は彼の方は平気だったの?」

「ええ。元々今日、彼は男友達と出かける予定があったから」

「そうなの。じゃあ良かった。でも職場恋愛ってどんなものなの? なんだかいつも一緒なイメージだけど」

「そんなことない、かな。部署も違うし」


 レイチェルはため息をついてみせた。


「そうなの。でも素敵ね。職場でそういう相手と知り合えるなんて。私はダメ。職場の男は全員ライバルにしか思えない」

「でもレイさんなら、職場でなくてもどこででも素敵な人と出会えるでしょう? そんなに綺麗なんだから」

「そんなことない。それよりも……」


 レイチェルはスカーレットに曖昧に微笑み、話題を変えた。あまり自分の外見のことを話題にすべきでない。相手は同性だ。反感をかうのは避けたかった。

 スカーレットにはレイチェルは『レイ』という名を名乗っている。もしかしたらジェイに自分のことを話すかもしれないし、後に彼に接近することを考えればレイチェルの名を名乗るのは得策でない。

 先にスカーレットを排除し、彼に近づくことを決めたが、もし自分が彼女の周りをウロウロしていたことが知れたら警戒される。

 だからレイチェルはジムでスカーレットに接触するときも細心の注意を払った。しかしジェイに自分と彼女の交流を知られる可能性も考慮している。

 何しろボルダリングジムの中から始まった関係だ。いくらスカーレットのいる初心者向けの場所がジェイのいるリードクライミングの場所から遠く、その様子が見えづらくとも、彼女への接近を主に更衣室で行っているとしても完全に知られないと考えるのは危険だ。

 スカーレットがレイチェルのことを洗いざらいジェイに話すとは思わないし、レイチェルもスカーレットに彼を紹介してもらうつもりはない。だが後々スカーレットを不幸が襲ったとき、自分が疑われない程度にはしておく必要がある。だからジェイの目に付くところで彼女と友達ごっこをせず、『レイ』と『レイチェル』という偽名と言われないような別の名前を使い分けることにしたのだ。

 またレイチェルはスカーレット本人にも警戒されないよう、細心の注意を払って『レイ』という女を作り上げた。

 仕事熱心で男よりも仕事、休みの日は男よりも趣味を楽しんだり女友達と過ごすほうが楽で良い、という女。実際にレイチェルは彼女の前であまり女を匂わせないようにしている。話す内容だけでない。服装もだ。

 しかし、薄い化粧もどんなに露出が少なくシンプルな服装も元々の美しさやスタイルの良さを引き立てる要素になりこそすれ、己の魅力を減らしはしない。現に店内にいる男たちは連れの女にバレないよう注意しつつもチラチラと自分を見ている。元が違うと女の人生はこうも違うのだと、目の前の女を見ながらレイチェルは思った。

 たとえ男たちの視線が動物的な欲求に基づいていても、女がアクセサリーで身を飾るのと同じように美女を連れ歩いて他の男たちに見せびらかし、周りの者から羨望の眼差しを受けたいという下らない欲求に基づくものであったとしてもレイチェルは構わない。何故なら彼らにとって女が道具と大差ないのと同じようにレイチェルにとっても男は道具のようなものなのだから。お互い様だ。

 その時、スカーレットが運ばれてきたメインの料理に感嘆の声をあげた。彼女の声にレイチェルは目の前の存在へ意識を戻す。


「これ凄く美味しい。レイさんも食べてみて」


 メインは肉料理、香草をふんだんに使ったソテーだ。レイチェルもナイフとフォークを手にとる。


「ハーブ焼きってこんなに美味しいのね。今度彼に作ってあげようかな」

「料理を作ってあげたりするの?」


 レイチェルの問いかけにスカーレットは頷いた。


「最近は料理を教えてあげてるの。彼は最近寮をでて一人暮らし始めたし、自分でも作れるようになりたいって言ってて」

「そう」


 二人が仲良く料理をしている姿を想像した。それをこれから自分が引き裂くのだと考えたら何やら楽しくなる。

 レイチェルは窓越しに青空を見上げ言った。


「料理は美味しいし、天気は良いし。本当に楽しい」



 ***



 レイチェルの計画にはもう一人重要な登場人物がいる。

 ジェイに接近するにあたり、まずスカーレットを排除すると決めてすぐその男へ連絡をとった。


「お久しぶりです。リリスさん」


 レイチェルは座ったまま、ちらりとその男を見上げ、同じように久しぶりと返した。

 魔人バールベリト、同じく組織に所属する男だ。彼は諜報活動を得意とし、あまり組織本部にいることがない。

 魔人バールベリトはさっさとレイチェルの向かいに腰を下ろす。


「早速だけど、これ」


 レイチェルはスカーレットについてまとめた資料を手渡した。彼はあまり興味がなさそうに一度それに視線を落とし、人の良さそうな笑みをレイチェルに向けた。


「それにしても、お話を聞いて驚きましたよ。貴女にはこの手の任務は不向きだと思っていましたから」

「私もそう思ってる。でも仕方ない」

「それはそれは……」

「そんな事よりも、今回の件。協力してくれるの? 電話では会って話を聞いてから、なんてもったいぶってたけど」

「別にもったいぶって言ったわけじゃないんですが。気分を害したならすみません。それにターゲットのことも何も分からない時点で確約なんて出来ませんし」


 それに、と魔人バールベリトは相変わらず人の良い笑顔で続けた。


「今回の件は貴女が任された件ですから。僕の任務じゃない。貴女に協力して何のメリットがあるんですか?」


 思わず舌打ちしたくなったのをぐっと堪えた。同じ組織の者といえど、所詮蹴落とし合う間柄だ。上からの命令ならば協力もやむなし、と手伝うだろう。だが今回は違う。


「……何が望み? いくら欲しいの?」


 どれくらいならば払っても良いか、と頭の中で計算する。この計画には男が不可欠だ。それも手練手管にたけた男が。レイチェルが知る限り、この男以上の適任はいない。


「嫌だな。リリスさん、別に金なんて要りません。組織からもらってる報酬でじゅうぶん」

「あっそう。じゃあ何? ほかに何かなんて思いつかないけど。でも身体くらいなら貸してあげる」

「貴女のそういうところ、本当に可愛げないですよね。まあ、そういう性悪な性格わりと気に入ってますけど」


 魔人バールベリトは笑うと、報酬についてはまた後ほどと言って、資料を開いた。




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