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悪の組織の女スパイ  作者: 名無し
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欲深き悪女、その名はリリス

 手に入らないものほど欲しくなる。私のように欲深い女ならば尚更だ。

 しかしその手に入らないものへの渇望は、世の中の者がいう愛や恋などという甘っちょろい感情では決してない。

 決して。



 ***



 悪の組織アカエス、そのアジトのとある一室に一人の女が呼び出されていた。配下である女を呼び出したのは他でもない。この組織の総帥ゼトである。


「魔人リリス、面をあげよ」


 ゆっくりと女が顔を上げる。彼女の動きにあわせ、金髪にも近い明るい茶色の長い髪がその背に流れた。

 薄暗い室内でもじゅうぶんに分かるほど女——魔人リリスは美しかった。

 彼女の顔は完璧だ。薄い茶色の目も鼻も唇も、それらが収まる顔の輪郭も完璧な形をしており、それぞれのパーツの配置も非の打ち所がない。身長も高すぎず低すぎず、身体つきも素晴らしい。

 この悪の組織アカエスは魔法科学で強化した魔人を数多く抱えている。その中でも魔人リリスがこの場所へ呼ばれた理由はまさにその美しさにあった。今回、総帥ゼトは敵対する正義の味方エッセエンメに対抗する為ある策を練った。そしてそれには彼女のような女性が不可欠であったのだ。


「今回、貴女には正義の味方エッセエンメのレッドの元に潜入してもらうつもりだ」


 総帥ゼトの言葉に魔人リリスは軽く頷いた。


「貴女の美しさならばレッドを籠絡することも容易いだろう。どのような手段を用いてでもエッセエンメを潰滅させるべく、情報収集に励め」

「かしこまりました」

「サポートには魔人グレモリーがあたる。彼女の元に既に必要な資料はそろっている。……行け」


 話は終わりだと総帥ゼトが手を振る。魔人リリスは一礼し、その部屋から立ち去った。



 ***



 総帥ゼトの部屋を出た魔人リリスはその足で魔人グレモリーの部屋へ向かった。

 さっそく正義の味方レッドに接触をはかるつもりだが、まずは情報が必要だ。特別な任務、それも総帥ゼトからのせっかくのご指名だ。何としても結果をだし、やり遂げねばならない。

 これは大きなチャンスだ。

 組織の一員としても、一人の女としても。この任務で大きな成果を上げることが出来れば己の地位は確実に上がる。そして総帥ゼトに接近し、常々狙っていた彼を手に入れることも可能になるかもしれない。

 ただでさえ少ない女の魔人には手柄をたてられるような任務は滅多にまわってこない。この期を逃せば、出世も総帥ゼトを手に入れるきっかけと今後ないかもしれないのだ。

 確かに難しい任務かもしれない。だが自分ならば必ずやり遂げられるはずだ。

 己の明るい未来が頭に浮かび、こみ上げてきた笑いを噛み殺す。笑い出す代わりに、薄っすらと笑みを浮かべ、すれ違う男たちに愛想を振りまきながら魔人リリスは廊下を歩き続けた。そして目当ての部屋の前で立ち止まる。部屋のドアに取り付けられたプレートの名前を確認した。


「グレモリーの部屋はここか」


 手をかざし、魔力認証で部屋の扉を解錠する。すでに魔人リリスがここへ来ることを聞いていたらしい、 部屋の主が迎えてくれた。


「グレモリー、エッセエンメの件よろしくね」

「こちらこそ、リリス。もうすでに必要な資料は揃ってる」


 魔人グレモリーは魔人リリスと同じく、悪の組織アカエスの中では数少ない女性だ。自分の親も彼女の親もこの組織の者だったから顔自体は昔から知っている。

 魔人リリスは彼女があれこれと正義の味方レッドに関する資料を取り出すのを椅子に腰掛けて眺めた。

 改めて彼女のことを地味な女だ、と思った。長い黒髪は無造作に一つに括られているだけだし、そもそもその髪自体も大して手をかけていない。眼鏡をかけた顔も平凡そのもので、白衣を着た彼女は地味な研究者そのものだ。


「これで全部」


 魔人グレモリーはどさりと魔人リリスの前に資料を置く。その一番上には己の接近対象である正義の味方レッドのものと思われる顔写真が貼り付けてあった。


「へぇ……」


 少し感嘆しつつ、一番上の書類を手に取った。


「よくまあ、表向きの姿の彼を割り出したわね」

「調査は難航したけど。何とか。もちろん犠牲も多く出してる。だから……」

「失敗なんてありえない」


 彼女が言おうとした言葉の先を奪って魔人リリスは断言した。その言葉に魔人グレモリーは頷き返し、付け加えた。


「そう。それならば良い。総帥は失敗を許さないお方だから忘れないように」


 失敗、それ即ち死だ。

 失敗なんてありえないと思っている。だが万が一にも失敗したならば死んだ方がましだとも思う。生き恥を晒すような真似はしたくない。

 総帥ゼトと並んで己が敬愛する相手の姿が脳裏に浮かんだ。そう、失敗など許されない。

 パラパラと資料をめくる。上の方は今回のターゲットである正義の味方エッセエンメのレッドについての調査報告だ。

 ページを捲る手を止め、再度一番上のレッドの顔写真に戻った。赤い髪に赤い瞳。目元は鋭いが美しい若者だ。もしかしたら自分より少し年下かも知れないと思い、今度はじっくりと資料を読み始める。

 何枚かの写真を見終わったところで思わず呟いた。


「ふぅーん。あまり期待してなかったけど、美男じゃない。良かったわ。多少覚悟してたけど、醜い男や年寄りの相手は嫌だものね」


 レッドの存在は当然ながら知っていた。だが直接会ったことはない。それに彼の素顔を見るのはこれが初めてだ。

 正義の味方エッセエンメは悪の組織アカエス同様、多くの戦闘員がいる。エッセエンメの戦闘員は頭からつま先まで特殊な魔法スーツで覆われ、その素顔を見ることは出来ない。『無色』と呼ばれる戦闘員は白の魔法スーツを、精鋭部隊と呼ばれる五人はそれぞれ赤、青、緑、黒、黄色の魔法スーツを着用している。

 赤の魔法スーツを着用している彼レッドこそが、その精鋭部隊のリーダーなのだ。

 秘匿されていたレッドの正体。それを調べ上げた自分の組織の調査能力に舌を巻く。

 とあるページに差し掛かり、魔人リリスは手を止めた。そこにはレッドが同じ年頃に見える女性と一緒にいる写真が何枚か貼られている。魔人グレモリーが気づいて言った。


「ちなみに彼、いま付き合ってる女がいる。その写真の女が恋人」

「へぇ。意外に普通な女ね」


 魔人リリスはまじまじと写真の女を見つめた。ここにいる魔人グレモリーと変わらないくらい平凡な容姿の女だ。


「彼女はエッセエンメの職員らしい」

「なるほど。職場恋愛ってわけ? まあ、正体を隠さなきゃいけない正義の味方にはうってつけの相手ね」


 そう言いつつも魔人リリスはレッドが女の見た目にこだわらない男だったら厄介だと思った。男女を問わず外見が美しい者にたまにいるのだ。相手となるものの外見には無頓着な者が。

 もしレッドがそういう男ならば、自分の最大の武器となる容姿が何の意味も持たない。もちろん魔人リリスの武器はそれだけでないし、容姿だけで男を虜にできるとは思っていなかった。切り札が一つ減るのは少々手痛いが仕方ない。もしレッドの興味が容姿になければ、彼の好みを調べ上げ、徹底してそれを演じるだけの話だ。


「レッドが彼女と同僚であるという気安さだけで付き合ってるならば貴女も楽でしょうけどね」


 魔人グレモリーの言葉に僅かな棘を感じ、魔人リリスは思わず笑った。少し馬鹿にしたようなその笑いに魔人グレモリーはむっとした表情を浮かべたが、魔人リリスは構わなかった。所詮相手は女だ。何と思われようとも知ったことではない。


「もしレッドが本気でその女を好きだとしたら、どうだっていうの? 奪えばいいだけでしょ。人のものを奪うことほど楽しいことはないし、人を陥れること以上の快楽はない」

「……そう。そんなことよりも、これ。貴女のデータよ。ちゃんと確認して頭に叩き込んで。エッセエンメの連中に調べられてもボロがでないように。こっちがいくらしっかり貴女の『過去』を作っても、貴女本人から綻びが出たらシャレにならないから」


 魔人リリスは『自分』のデータを記した資料を手に取った。


「なるほど。今日から私は『レイチェル』として正義の味方エッセエンメのレッドこと『ジェイ=レッドフォード』に接近するわけね」


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