3:strange encounter
3-1
四月が終わる。五月に入れば、ゴールデンウィークがやってくる。
うまく日にちが重なれば、十日ほどにもなる長い休みだけど、今年はいくつか飛び石が入っているみたいで、学生と言う身分の私からすれば、なんとも憂鬱になってしまうわけで。
とはいっても、休みの日に何をするかと聞かれても、とくにやることはなくて……
ああ、そういえば、私の通っている学校では、休み中に補習を受けることも出来るらしい。
一応は進学校と言う名目がある手前と、これはほとんど理数クラスに引っ張られて他のクラスも採用したという感じかもしれない。
あ、一応、成績不振に悩まされている一部生徒を救済する措置と言う意味合いもあるみたいだ。
そのためか、成績の振るわない一部生徒には、担任の先生から休み中の補習を提言されるという噂だ。
「あー、やだなー。なんで休みの日までガッコこなきゃなんないワケよーんもー」
私の机のその向かいに陣取ったスノオがぐちぐちとぼやきながらキャラ弁を口に運ぶ。
がっつく姿はとても男らしい食べっぷりだけど、長い紅茶色の髪が汚れるようなことはない。器用だなぁ。
「模試の出来、悪かったの?」
「んー……ほーんのちょいね。ちょっとバイト入れすぎたかなぁ?」
ちゃんと咀嚼、嚥下してから口を開くスノオの答えは、仕草の礼儀正しさに反してちょっと不真面目だ。
垢抜けてて軽薄にも聞こえるくらい明るいスノオだけど、細かな仕草や態度はきちんとしている。
見た目と性格の豪快さで誤解されがちだけど、本当の意味で軽薄だったり下品に見えないのは、そういった細かな部分がしっかりしているからだと思う。
とはいえ、そんなスノオだけど、学校の本来の目的からすれば不真面目に映ってしまう。
その一番の原因は、学業よりもアルバイトのほうを大事にしていることだと思う。
一年生のころは一緒に帰りながら寄り道に付き合ったりもしたけど、最近はほとんど一緒に帰ることはなくなったし、スノオのほうから前もって断られることのほうが増えた。
その理由はもちろんアルバイトだ。
まぁ、その……スノオが一緒に帰ってくれなくなったため、私は放課後を図書室で過ごして、香月と一緒に帰ることが増えるようになったのだけど……
「アルバイトも大切なんだと思うけど、授業中寝ちゃうのはどうだろう……」
「だってさー、眠いもんはしょうがないよ。古典なんてもー、催眠術じゃねーのってゆーね」
「スノオ、ちゃんと寝れてる? 学校で寝ちゃうなんて、そんなに大変なの?」
確か、高校生アルバイトが深夜まで働くことはできない決まりがあったような気がするけど、そんなものは魔法を使えば幾らかごまかせる。
この魔法を使用するには、ある程度見た目がそれっぽくないとできないのだけど……たぶん、私みたいな子供っぽいやつには無理だと思う。
「いや、そんな大変でもないよ。眠いのは単に夜更かししてるせい」
「……心配して損した」
げんなりした気分で卵焼きをほおばる。うん、今日もなかなかおいしく出来たと思う。
スノオのママの手料理にはまだまだ敵わないと思うけど、コーヒーの染みみたいだった焦げ目がおいしそうな色合いになる程度には成長した……はず。
「そういや姉御さ」
「姉御って言うな」
聞こえた声は私のすぐ後ろ。それにすぐ反応してしまうスノオも過敏かもしれないけど、懲りずにスノオを姉御呼ばわりし続けるのは私の後ろの席、今日は机に直接腰掛けてコーヒー牛乳と惣菜パンを手にする一条君だ。
机には他にも苺ジャムロールという歯が溶けるように甘い菓子パンが未開封のまま置いてある。デザート扱いなんだろうか?
「ごめん、で、姉御は、何のバイトしてんの?」
「姉御っつーのやめたら教えるわ」
私越しにぎらりと敵意にも似た目を向けるスノオは、とても喧嘩腰だ。
スノオは姉御と呼ばれるといつもこうなる。そのため懲りずにこう呼び続ける一条君に対しては、いつもこんな感じだ。
ちゃんと呼んであげればいいのに。
「じゃあ姐さん」
「殺すぞ」
「じゃあスーさん」
「おい、釣りバカみたいになったぞ」
なんだかんだでいちいち突っ込みをいれる辺り、スノオはノリがいいと思う。
「え、じゃあなんて呼べばいいのさ?」
「名前でいいって言ってんじゃんよ」
「えー、いきなり名前とか……ハズカシイ!」
「キモッ、一条きんもー、やだ、サブイボ。見てよコハ。んもー、やだー!」
コーヒーのパックと食べかけの惣菜パンを握り締めたまま体をくねらせるちょっと気持ちの悪い動きの一条君に対し、スノオは自分を抱きすくめるみたいにして汚物でも見るかのような顔をする。
一条君の冗談は聞けばわかるけど、スノオの反応は冗談に見えない。というか、私も少しどうかとおもう。
「あ、あの……一条君。スノオは、その、自分の名前好きだから、呼んであげると喜ぶよ? だから、その、は、恥ずかしがらなくても……」
あ、どうしよう。一条君のほうを見ようとすると私まで嫌悪が顔に出てしまいそうになる。どうにか目をそらしつつごまかそうとしたけど、うまく舌が動いてくれない。
「山埜井、も、もしかして……引いてる?」
「……ちょっと」
一条君はちょっと涙目になっていた。控えめに言ったのが逆効果だったかもしれない。スノオみたいに大きなリアクションのほうが、あっさり流せたかもしれない。失敗したかなぁ。
「く、で、でもさ! 姉御だって俺のこと苗字呼びじゃん。こっちだけ名前で呼ぶの馴れ馴れしくね?」
「んー、一条、下の名前なんだっけ?」
「あっれぇ? そこからっすか? 姉御ひでぇ」
そういえば、私も一条君の下の名前を覚えていない。聞いたことはあるはずだけど、ずっと一条君で定着していたから、ちょっと思い浮かばない。
「ほら、コハも知らないって顔してるし、もう一条でよくない?」
「……え、ちょ、マジ? 山埜井も覚えてないの?」
「……ご、ごめんね」
笑ってごまかすしかない。でも、今の私は間違いなく困った顔をしているに違いない。
本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだけど、習慣て怖い。
「あ、ああ……俺って、こんな……一年の頃からクラスメイトだったのに……」
「ほ、ほんとにゴメン! 一条君のことずっと、一条君だと思ってたから、ずっとそれだけ覚えてて……あの」
どう言っていいかわからない。一条君は悔しいだろう。自分のことをちゃんと理解されていないっていうのは、とても嫌な気分だろう。
今からでも必死に思い出そうと試みるけど、頭がうまく回らない。どうすればいいだろう。どうすれば……
「そ、そうだ! もう一度、ちゃんと、その……自己紹介、しよ? ね?」
「へ?」
「あの……私は、山埜井小羽です。趣味はお料理と、本を読むこと……す、スノオは?」
「へぁ? あたしも?」
なんだか言ってて恥ずかしくなってしまい、耐えられなくなってスノオに丸投げしてしまった。
急に話を振られたスノオは完全に意表をつかれたらしく、三秒ほどきょとんとしていたけど、すぐに腕を組んでうーんとひとつ唸ってから、
「オッス、厳島小雪。小雪と書いてスノオと読む。趣味は今ンとこアルバイトかなー。ただの恋する高校生、ヨロシク。さぁ、次はアンタだよ、一条」
「え、お、俺?」
早口でまくし立ててさっさと順番をまわすように一条君をびしっと指差すスノオは、本当に男らしい仕草が似合うと思った。
というかやってることは私とほぼ同じことなのに、言い方や仕草だけでこんなに男らしくなるものなんだなぁ。
「え、えっとぉ……一条由樹です。趣味はサッカーだけど、ボードゲームとかも最近は好きかなー。あと最近は」
「長い、カット」
「ちょ、ひでぇ! 姉御ひでぇ!」
「姉御って言うな」
もじもじとさっきみたいなちょっと気持ち悪い動きで自己紹介をし始めるのだけど、結局スノオに突っ込まれていつもの流れになってしまう。
それで少し安心する。
そっかぁ、下の名前はヨシキっていうんだなぁ。憶えておかなくちゃ。
「……ヨシキくん、かぁ」
膝の上でぐっと拳を握って反芻するみたいに頭に刻み込む。気合が洩れてしまったのか、思わず口ずさんでしまう。
「はぇ? あれ、今、名前で……?」
「あ、え、あ、や、その……ち、ちがくて……」
一条君に聞かれていたらしい。顔が熱を持つのがわかる。
い、いや、その、別に他意があったわけじゃなくて、ちゃんと覚えようと強く思ったら思わず口から洩れちゃっただけで、別にそう呼ぶとか言う話とはまったく関係ないわけで……
「か、確認のため、だから……!」
「あ、ああ……解った」
お互いにしどろもどろになってしまって、なんだか妙な空気になってしまった。
ああもう、私は何をやっているのだろう。
「あー……取り敢えず、一条、キモイ」
「なんでっ!?」
「顔が」
「や、だからなんでさっ!?」
スノオが喋ってくれたお陰でなんとか変な空気はなくなったけれど。
私は膝の上で握った拳に、妙に力がこもっていたことに気づいていた。
ここからは、普通に小羽視点ですね。
なんだかノリがおかしな方向に言ってるような気もしますが、まあいいや。
追記:おかしな言い回しがあったので少し修正。