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 肩肘を張るという言葉がある。

 それと同義ではないが、手足の曲げ伸ばしで各部の筋をほぐして伸ばし血行をよくしていくと、それを実感する。

 この世に生を受けてまだ20にも満たない、まだまだ子供の自分が実感するには大仰なのかもしれないが、日のほぼ半分を机に向かうことに費やしていた体は、抗いようも無く凝り固まっていた。

 そうして体のあちこちにこびりついた見えない鉛を剥ぎ取るかのように行う放課後のストレッチは、生徒会の業務を行う前の日課になっていた。

 続けてもう一つの日課もこなしてしまうのも、最近の通例になりつつある。

 中学の頃に所属していた陸上部の癖が今も抜けていないらしい。ストレッチの後には筋トレをしたくなってしまう。

 筋トレ自体は毎日、自宅で入浴前にもこなしている。ついでに約五キロのロードワークもこなしている。適度に体力を維持しておかなくては、いざというときに困る。

 しかし、生徒会室という、事務机の並ぶ手狭な部屋の中で、ストレッチはまだしも、スクワットや腹筋、果ては腕立て伏せや背筋まで行うのは、絵的にどうなのだろう。

 そう思って、現在のこの部屋の主たる生徒会長殿に打診してみたところ、あっさり許可が下りてしまったため、もはや自分を止める者は何もなくなってしまったというわけだ。

 無論、生徒会の業務に穴を開けるわけにはいかないので、生徒会の活動時間外という制約を自分の中で設けてはいる。

 ただまあ、自分でルールを設けてはみたものの、生徒会室にやってくる人間は誰も彼もがそれなりに忙しい身分のようで、自分が普段の日課をこなすに十分な時間があるわけで、生徒会の活動が本格的に始まるのはそれから少し後になるのが通例となっている。

 というわけで、放課後の生徒会室にて、ささやかな現状報告をやりつつ、日課をこなし終わったところで一息つく。

 じわりと制服の下が蒸れたような感覚を覚える。タオルでも濡らしてくるべきか。いや、後始末が面倒になるからやめておこう。

 ついつい大量に汗をかく運動を想定してしまうのは、昔のクセだろうか。

 ぼんやりと考えながら、スリッパを履きなおして、生徒会室隅の一角に押しやっていた来客用のソファを移動させる。

 生徒会室には、主に事務仕事を行うための長机の並ぶスペースとは別に、応接用のソファとテーブルを置いてあるスペースがある。

 応接用スペースにはカーペットが敷いてあり、安物だがこまめに手入れしているため、普段はここのソファをどけて筋トレを行っている。

 どうでもいいが、この応接用のスペース、はたして用途はあるのだろうか。

 応接用、と銘打ってはいるが、だいたい身内での利用がほとんどな気がしてならない。自分含む。

 たとえば、

「毎日毎日、君も飽きないね」

 ソファの位置を整えている自分とテーブルを挟んで向かいにある一人掛けのソファにいつの間にか腰掛けてさして興味もなさげに声をかけてくる女子生徒などがそれである。

「まぁ、日課なので、飽きるも何も無いですよ」

「ふぅん、そんなものか」

 こちらの答えなんでどうでもよかったとでも言いたげに、手に持った湯飲みに口をつけると、まどろむように眼を細める。

 まるでこちらを見ようとしない最小限の仕草と、気だるげな語り口が自堕落な印象を受けるが、見た目はそうではない。

 精緻な鼻梁、切れ長の瞳に花を添えるかのように長い睫毛、薄紅を這わせたような薄い唇は陶器のような光沢を思わせ、癖のない長い黒髪は黒過ぎて緑に見えるほどの艶があり、安物のソファに足を組んで上品に腰掛ける姿などは、着ているものが制服だというのにひどく大人びた気品を纏っているように思える。

 この応接用のスペースをもっとも長時間私物化しているのは、まず間違いなくこの人だと思う。

 おれ自身、まだ生徒会に所属して日が浅いとはいえ、気がつけばいつも一人掛けのソファに腰を落ち着けて煎茶を啜っている姿を見ている気がする。

 だが、それを誰も咎めないのは、誰あろう彼女こそが、現在のこの部屋の主とも言うべき人……すなわち生徒会長、長篠宮亜尋ながしのみやあひろだからである。

「なんでしたら、会長もどうですか。やる気が出ますよ」

「まるで、私がいつもやる気がないみたいな言い方だね」

「そういうわけでは……すいません」

「いや、私も意地悪な言い方だった。ごめん」

 口の端をまげてにやりと笑う会長に悪びれた風は見られない。

 ツリ目気味の瞳はいつも眠たげな半眼なためか、この人はいつも何を考えているのかよくわからない。

 それ以外にも、この人の行動はいつも予想が出来ないので、色々と戸惑う。

 いつもいつの間にか生徒会室にいるし、いつの間にか持ち込んだ新聞を休憩がてら読んでいたり、そのくせ生徒会の業務はそつなくこなすからまるで掴みどころがない。

 だいたいその男みたいな口調はなんなのだろう。遅れてきた反抗期だろうか。

「君の日課に口を出すつもりはない。しかし、今日はなんだか身が入っていなかったように見えたのでね。そろそろ飽きたのかと思ったんだ」

 どこから取り出したのか今日の新聞を広げながら、会長はこちらのほうを見もせずにそんなことを言う。

 思わずテーブルに置かれた急須に伸ばしかけた手が止まる。

「人間、割と習慣で動いているものなんだろうかね? 顔はまるで上の空だったのに、君はいつもの日課をいつものノルマできっちりこなしていた。なかなか興味深かったので、お茶が冷めてしまったよ」

「……はぁ、そうですか」

 よくわからない言い回しは、ひょっとして視線を外さずに読み込んでいる新聞の内容をそのまま読んでいるようによどみがない。

 その言葉から察するに、筋トレしているところを観察でもしていたのだろう。

 八十度の熱い煎茶を好む会長が、それを冷ますまで俺の筋トレを観察していたのを思うと恥ずかしいものもあるが、そんなに前からいたのか。

 会長の存在感が希薄だったのか、それともそれと気づかぬほど熱中していたのか……

 いや、おそらく、会長が言うように上の空だったからなのだろう。

「お茶、淹れ直してきますよ。まだ、皆来そうにないですから」

「熱いのを頼むよ。それからね、宇野津君」

 いたたまれなくなって急須を手に立ち上がる俺を、会長は新聞に目を落としながら引き止める。

「悩みがあるなら、適当に聞くよ。たいした力になれなくとも、私はこれでも君の先輩だからね」

 こちらのほうを見向きもしないおかげで、その言葉は無機質なものにも受け取れるが、なぜだか確証も何もなく、俺は温かみのようなものを覚えた。

 この人が生徒会長をやっている事を時々疑問に思うこともあるのだが、時々納得することもある。

 話をするときに人のほうを見ないのは、ひょっとしたら照れ屋なだけなのかも知れない。

「ありがとうございます。お茶、濃くしたほうがいいですか?」

「いや、白湯のように薄いのがいい」

 それはそれとして、変な人ではあるとは思う。




こんなところで新キャラクター。

長篠宮ながしのみや亜尋あひろ

いわゆる生徒会長です。どうでもいい話ですが、彼女についていろいろメモをとろうとしてたら、自分で考えたキャラなのに、漢字が思い出せなくて、メモ帳がおかしなことになってたことがありました。

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