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 7-3


 この物語は、二人のための物語である。

 いきなり何トンチキぬかしてんだとか言われそうだけど、まぁ、あたしが思うだけだから、実際問題としてウスラトンチキと言われても仕方ないかもしれない。

 だいたいこんなどん詰まりで、なんであたしみたいな端役がヤキモキしなきゃいけないんだって話よね。

 我ながら損な役回りを演じたと思う。しばらくは引き摺るだろう。

 でもまあ、後腐れを残さない。うじうじしない。泣いても笑っても、明日が来ないなんて事はない。

 厳島小雪はへこたれないのだ。

 それに、きっと私の恋は、こうやって畳むのが一番よかったのだ。

 あの二人は、ほんっっっとに、初々しくて見ていられない。

 付き合いばっかり長いだけで、お互いにあと一歩以上を踏み切れない。あれはもう、最初の距離から縮まらないと思った。

 お互い好き合ってるくせに、どっちも気づいてないなんて滑稽過ぎて、危なっかしくて、いつ事故が起こるのかとはらはらしていたものだ。

 最初に知り合ったのはいつだったかなー。あ、この話、別にいらない?

 まあまあ、せっかくだから聞いてってよ。

 あの二人と知り合ったのは、一年前だった。

 高校一年生の春、最初の席替えがあった頃、ちょうどあたしの後ろになったのがコハ……山埜井小羽だった。

 話しかけた理由は、大したことじゃない。最初はちょっとからかってみようかと思ったんだ。なにしろ、コハは一年の頃から小動物みたいな印象で、クラスで数ヶ月経っても周りとほとんど馴染めなくてオロオロしている可愛いやつだったのだ。

『ねね、あんた苗字、なんて読むの?』

『え、あ、えと……やまのい……です。じ、自己紹介で話したと思うけど……』

『ごめんごめん、けっこう前だし、あんまり話さないから忘れてた。下の名前は、コハネでいいの?』

『……うん』

 すぐに目を逸らされるのは、なんだかあからさまに警戒されてるみたいで、ちょっといい気はしなかったけど、コハみたいに喋るのが苦手って子は少なくないし、話したこともなかったけど、なるほどこれは暗く見えるわ。

 と、まぁ、最初の印象はなんか思ったより地味だなーくらいしか思ってなかった。

『じゃあ、次あたしの番。あたしの名前はなーんでしょ?』

『えっ……あ、と、その……』

『あっれ、覚えてないの? これでもほんのちょっとクラスメイトやってるんだから、憶えててもいいんじゃないかなー』

『ご、ごめん! え、と……』

 自分を棚に上げて、ちょっと意地悪だったと思う。ホントはそれほど嫌味を言うつもりはなかったんだけど、慌てふためいて視線を泳がすコハの姿を見てしまうと、この方法で正解だったと思えてしまう。

 あたしってSなのかなぁ。

 まぁでも、最初にあたしがそうしたように、逡巡したコハは、あたしの胸元についている名札に気づいたみたいで、長い前髪でよく見えない目をこらす。

 ウチの学校は、制服にネームプレートを付けるんだけど、実はこれ義務というわけじゃない。

 二年生になるとほとんどの生徒が外してしまうんだけど、一年生は制服に関する指導がやたらと厳しくて外させてもらえないのだ。

『ええと……いつくしま、さん?』

『おお、初見でちゃんと読めた人、初めてだよ! あ、担任も読んだっけな。忘れちゃった』

『そう、なの? でも、有名じゃないかな……神社の名前にもなってるし……』

『え、そうなの? 有名って、あたしでも知ってる?』

『知ってるかどうかは、わかんないけど……ほら、あの、広島にあって、鳥居が海に浸かってる……』

『あっ、それテレビでみたことある。へー、あそこ厳島っていうのかー……知らなかったなぁ』

 そういや、ママの実家も広島だったかな……あんまりそのあたりの話をしてくれた記憶がないから曖昧だけど。

 それよりも話が逸れてしまった。本題はここからだ。

『まぁ、その話はいいや。じゃあ下の名前もその調子で読んでもらおうか!』

『? ……ええと、コユキ、じゃないの?』

 不思議そうに小首を傾げる姿はとても可愛らしかったけど、そういう顔をされるのも仕方ないだろう。

 小さいに雪と書かれれば、十人中十人がそう読むと思う。尤も、あたしがそれを知ったのは中学に上がったくらいの頃だったりするんだけど。

 むしろ、これ以外の読みのほうが不自然で、ましてやあたしの名前は、漢字自体の読みにかすってすらいないのだ。

『ブブー、ハズレ。じつは小雪と書いてスノオと読むんだよ。どう、驚いた?』

『……あ、そっか。雪だからスノオ……うん、驚いた』

 どこか納得したみたいに私の目を見て満足げに頬を緩めるコハに、当時のあたしはあれっと肩透かしを食らったと思う。

 たぶん、あたしの名前をヘンだとか冗談だとか思う前に、そうなのかと納得してしまったんだとおもう。

 人の名前に対して先入観が無いのかもしれないし、そもそもからかわれたとも思っていない。

 そんな顔だった。

『変な名前とか、思わないの?』

『ちょっと思うけど……』

『思うんだ』

『あ、ご、ごめん……でも、その……納得できるというか、ストンと納まるって言うか……綺麗な名前だと思う、よ?』

 慌てて思ったことを何とか口にしたみたいな、そんな答え方だったと思う。でも、だからこそ、コハのなんというか、純真さみたいなものがはっきりとわかって、なんていうかその……なにこの可愛い生物って思って、有り体に言えばキュンとしてしまったのだ。

 そこから先はもう、省略してもいいよね? もうただコハにゾッコンってだけの気持ち悪いバカが二人に増えただけの話だし、そんなの面白くもなんともないでしょ?

 まぁ、そんなわけで、同じクラスだったカズキとも知り合って、三人で色々話すようになって……

 それで、ああ、この二人は昔っからずっと同じ距離のまま好きなんだなぁって思って、こりゃ手強いってなっちゃって……

 時々、二人の間に入れない空気がなんだか居心地悪くて、悔しくて、二人のことをもっと知ろうとして……

 気がついたら後戻りできないくらい、コハとコハの好きな男を、好きになってた。

 不器用なところも、あたしみたいな頭の悪い女でもちゃんと尊重するヘンに生真面目なところも……それから、

 ずっと一人の女の子しか見てない、バカみたいに一途なところも。全部好きだった。

 ……ま、結果はお察しなんだけどね。

 さてと、昔のことを思い出していたら、あっという間に目的の場所についてしまった。

 まぁ、私みたいな端役がこんな土壇場でダラダラと昔話をし始めた理由って言うのも、まぁやっぱりあるわけで。

 せっかく今日は暇なわけだし、って言うのも学校で言うのは先生方に悪いかもしれないな。

 今日は一緒にお昼を食べる相手もいない。居なくもないけど、コハと一緒に食べないならおいしさ半減なので、一人で食べるほうがいくらかマシなのである。

 それに、お昼休みにわざわざお弁当をもって出歩くのにもちゃあんとワケがある。

「はろー、そこ暗くない?」

 教室から階段を上って屋上手前までやってくると、屋上に続く扉のすぐ手前の階段に座る陰気な奴を見つけた。

 まぁ、後をつけたからそこに居るのは解ってたし、項垂れている理由も知ってる。

 そいつはこちらを一瞥すると、無表情のまま再び俯いた。ほんとに陰気な奴だ。

 普段の馬鹿笑いとお調子者キャラはどうしたんだか。

 反応の悪さはまあ置いとくとして、そいつの隣に腰掛ける。

「お隣、お邪魔するよ」

「……」

 しかし本当に暗い。電灯はついてないし、光を取り入れるところがすぐ後ろの扉についた小窓くらいしかない。

 しかも外はまだ雨が絶賛大売出し中だ。

 あーあ、ホントに陰気なところを選んだなぁ。こいつ、けっこう空気に浸りたい奴なのかな。

「お昼は?」

「……」

「あっそ、じゃああたしは勝手にいただきますよー」

 となりで項垂れたまま特に反応も無い奴を置いといて、お弁当を包みを開け、手を合わせる。

 蓋を開けると、また手の込んだ感じのキャラ弁が出現した。

 いい加減、高校生にもなってこれは恥ずかしい。まぁそれでも、コハに見せると興味津々なご様子なので、それはそれで気分がよかったのだけど……

 一人だとホントに寂しさハンパ無いですね。やだなぁ、このぼっち空間。

 でもまぁ、味は本当にいけるので、文句のつけようが無い。いや、まずかろうが、文句は言わないけどね。

 こちとら女手一つで学校まで通わせてもらってるワケで、そんな立場からわがままなんて言える筈もないし、このキャラ弁だって、もっと手を抜いてもらったほうが、あたしとしては気が楽だったりするのが本音なわけで……

 いやほら、キャラクターのディテールのために海苔巻きとか薄焼き卵作っちゃうて、かなりの労力だと思うの。コハだって同じようなこといってたし。

「……ん、鮭うんまい」

 塩引き鮭を丁寧にほぐし、細切りにして炒めたピーマンと和えたものを、ピーマンだけよけて口に放り込んで咀嚼すると、思わず声が洩れてしまって、隣をちらっと見てしまう。

 相変わらず、俯いたままで、こっちを気にした風は無い。

「……姐御、一人にしてくんないか……」

「姐御っていうな。あのねぇ、一人になりたきゃ、学校なんて来なきゃいいじゃんよ。家に引きこもってればさー」

 珍しく口を利いたかと思ったら、相変わらずこいつはバカの一つ覚えみたいに同い年を姐御呼ばわりしてくる。さすがにむかっ腹が立ってくる。

 でも、両手が食べ物で塞がっているので、ここで取り乱すのは行儀が悪い。

 適当にあしらいながら、食事を続けることにする。

「……美味かったんだ」

「はぁ?」

「山埜井、飯作って帰ったみたいでさ……朝起きて、全部食った……そしたら、居ても立っても居られなくなって、ちゃんと会って、謝りたくて……」

 声を震わせてバラバラな言葉を並べる一条に、頭がかっと熱くなったが、箸がぎりぎりと悲鳴を上げたのに気づいて心中を落ち着かせる。

 落ち着いて言葉をつむぐために、一つ息をつく。

「何したかは訊かないけどさ。面と向かってコハが話聞けると思うワケ?」

「……でも、さ」

「ホントいうと、今この場でアンタをボコボコにぶん殴ってやりたいんだけど……それ、あたしの役目じゃないんだよなー」

「……殴られたほうが、気が楽だよ」

 本当のところは、ボコボコに殴りたいどころじゃなくて、ぶっ殺してやりたいところだけど、今はそんな気分になれない。

 ご飯を食べるときに、そんな物騒なことを考えてはいけない。このお弁当は、あたしとコハを繋いでいたものの一つだ。

 こいつの一言一句に頭の神経が千切れそうになっても、今は湧き上がる衝動を行動に移す気分にはならなかった。

 たぶんそれは──

「バカだよね、あんたも。さっさと告って撃沈して、楽になればよかったのにさ。そんなに苦しむんなら、やんなきゃよかったのにさ」

「……ああ」

「まぁでも、今日くらいはさ、ご飯を食べ終えるくらいまでは……負け犬同士のよしみってやつでさ、一緒に居てあげるから」

 ──たぶんあたしは、一条に同情しているのだ。

 一歩間違えれば、あたしも同じようなことをやっていたかもしれない。

 あたしは結局、コハを好きなカズキが好きだった事に気づいて、早々に諦めがついていたから、あたし自身を切り捨てて契機にすることを思いついたわけだけど……

 それに気づかないまま、カズキに思いを募らせ続けていたら、こいつのように早まったマネをしてしまっていたかもしれない。

 だからだろう。

 コハを傷つけた一条を、はらわたが煮えくり返る気持ちもあるのに、他人とは思えなかった。

 一条は声を殺して、嗚咽を洩らしていた。

 あたしはそれに気づかない振りをしながら、ゆっくり食事を続ける。

 男でもこんな風に泣くことがある。そんな姿、見たことは無かったけど……

 情けない姿に見えるだろうし、愚かだとも思えるだろう。けど、

 それが不思議と、嫌ではなかった。



次で終わる予定です。

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