6-2
終業のチャイムが鳴ると、自ずと溜息が洩れる。
昼休みに入る安堵もあったのだろうけど、それよりも硬い空気を押し出すみたいな疲労感は、授業にうまく集中できなかったせいもあるだろう。
どうも今日は授業に集中できない。頭の中が熱を持ったみたいにぼーっとして、授業の内容がほとんど入ってこない。
気になる。
そう思って思わず目を向けたのは、机に突っ伏したままぴくりとも動かないスノオの姿だ。
いつもだったらお昼休みに入ったところで飛び跳ねるように起きて、私の席までやってきて一緒にご飯を食べたりするはずなんだけど、今日はそうとう眠いみたいで、動く様子がない。
授業中もほとんど寝てたらしく、どうやら昨日から徹夜したというのは本当みたいだ。
友人として心配ではあるけど……スノオを遠くから改めてみていると、昨日の事を思い出してしまう。
昼休みに入ったことをスノオに教えてあげるべきだろうか。このままではお弁当を食べ損なってしまう。
ちゃんとお昼に食べないと痛んでしまうかもしれない。教えてあげるほうがいいのかもしれない。
だけど……
正午過ぎの熱気と、授業から開放され弛緩した空気、あちこちから聞こえる話し声、笑い声。
そんな騒がしさの中、取り残されたみたいに、私はスノオのほうを眺めたまま動けないでいた。
昨日、スノオは、香月は、どうしたのだろう。
今日はずっとそればかりが頭によぎっていた。そのおかげで、授業にあまり集中できなかったのだ。
ハッキリさせるべきなのだろうか。
でも、私みたいな人間が、口を挟んでいいことなのだろうか。
昨日の話は、私が偶然聞いてしまっただけであって、香月とスノオの話に過ぎない。
聞いてしまった私はとても気になってしまうことではあるけど、それを問いただすのは私がやっていいことではない気がする。
香月はどう答えたのだろう。それが気になるのは、ただの好奇心からだろうか。
でも好奇心でこんなに胸が苦しくなるものなのだろうか。
いや、たぶん、ちがう。
私はたぶん、考えたくないのだ。この気持ちのその先にあるもの。その正体が、とても醜いものだとわかっているから。
「起こしに行かないの?」
「へ?」
いきなりよこから話しかけられて、思わず声が洩れてしまった。
顔を向けると、いつからこちらを見ていたのか、一条君が興味深そうに机に顎肘をついていた。
スノオの席のほうを見ていたため、私は横向きに座っており、そうなるとすぐ後ろの席の一条君は、ずっと私の横顔を見ていたということになるのだろうか。
なんだか、考え事をしていた顔をずっと見られていたというのは、ちょっと恥ずかしい。
「姐御、なんか疲れてんのかな。バイト忙しいって話だし……」
「さぁ、わからないよ。寝かせてあげたほうがいいのかな……」
「えーでもさ、起こさなかったら、飯誘われなかったとか思わない? あと、飯ちゃんと食ったほうがいいと俺は思うなぁ」
「……そうだね」
でも、今のスノオにどうやって声をかけるべきなのか、迷ってしまう。自覚してしまうのはよくないと思う。
眉間に皺が寄る。なんで友達に話しかけるために、こんな風に悩まなければならないのだろう。
たしかに、私は人付き合いが得意なほうじゃないけど、スノオならこんな風に悩まずに話しにいけると、思っていたのに。
ああ、気が重いな。
「あのさ、山埜井」
「うん?」
「姐御となにかあったの?」
「え、や……そう見える?」
「見えるから訊いてんの。喧嘩?」
「違うよ。そうじゃない……もしそうなっても、あたしじゃスノオに敵わないよ」
おもわず苦い笑いがもれる。
席を立ちかけ、視線の先のスノオがぴくりと動いたのを見て、腰を下ろす。
ああ、起こしに行くまでもなく、スノオは一人で起きたみたいだ。
もぞもぞと上体を起こすと、紅茶色の髪が前に垂れる。ちょっと怖い。
「起こしに行かなくてもよかったみたい」
「……あのさ、山埜井」
スノオの顔は髪で隠れてよく見えなくて、目元を手でこする仕草が、ただ眠気からなのか、何かを拭ったのかわからなかった。
「え、なに、一条君?」
「いや、別にいいや」
すぐに教室を出て行ったスノオは、たぶん、トイレに向かったんだろう。それに気をとられていて、一条君に話しかけられていたことに気づくのが遅れてしまった。
あらためて聞き返そうかとも思ったけど、困ったように笑う一条君は、私が何か言う前に自分の昼食らしいパンの包みを開き始めていた。
悪いことをしたなぁ。
こうなると話しかけづらい。いくらなんでもスノオのことを気にしすぎたかもしれない。
どうしよう。どうしたらいいだろう。
「仲直りしに行ったら?」
「え……」
あれこれ考えて、私も取り敢えずお弁当にしようかと机に向き直ると、後ろから一条君の声がした。
仲直り。それはちょっと違うと思う。だって、私とスノオは喧嘩をしているというわけではないし……
でも、傍からしたら、そういう風に見えるのだろうか。
そうだとしても、私が今から出て行って、スノオに何を言うべきなのだろう。
あの場面を見てしまった私には、スノオにどう声をかけていいのか、わからない。
でも、たとえ訊く権利はなくても、話す方法がわからなくても、スノオと話さなければならない気がする。
だって、スノオはたぶん、泣いていた。
それが気になるだけでも、たぶんいいのだと思う。追いかける理由にはなると思う。
私はひとまずそう思うことにして、席を立った。
「ごめん、ありがとう」
すぐ後ろの席にそういい残して。




