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 授業終了のチャイムが鳴り、先生が板書を残したまま退出すると、とたんに教室が騒がしくなる。

 怒涛の板書に定評のある授業は、私を含める我がクラスの面々を新学期早々から阿鼻叫喚の坩堝へと叩き落した。

 黒板いっぱいに残された情報量の多さは、授業が終わってもノートに書き写しきれないほどだけど、これはたぶん、私が鈍くさいだけなのかもしれない。

 もっと要領よく、要点のみを解り易くノートに書き留められれば、休み時間に突入しても机にかじりつくハメにはならないと思う。

 そんな風に思うのも、香月はノートをとるのが上手かったからだ。

 生真面目な香月のことだから、板書を一字一句違えずに記入するくらいのことはやってるのかと思って、見せてもらったことがあるけど……

 要点と注釈、数学のノートなら用例なども含めて、実に簡潔且つ解りやすい物にまとまっていて、別の意味で生真面目であることに、自分の殴り書きのノートが恥ずかしく思えた。

 中学生くらいの頃から頭のデキが違うとは思ってたけど、人間の知性の高さというものは、何も学力だけの問題ではないのだと実感した瞬間だった。

 むしろ、効率的な学習姿勢が、学力に直結しているという事実をまざまざと見せ付けられたようにも感じた。

 まぁ、それを強く実感したのは、実を言うとここ最近だったりするのだけども……

「おお、山埜井、まだ勉強してんの?」

 板書の書き写し作業もあともう一息というところで、疲れた目を整えるみたいに眉間を揉みほぐしていると、後ろから声をかけられた。

 あ、ちなみに私の苗字は山埜井。山埜井小羽やまのいこはねが私の名前。なかなか古風で気に入っている。

「うん、まぁ、勉強っていうか……ほとんど書き写してるだけなんだけど」

「うへぇ、あれ全部? すげえなー、おれ無理だわ」

 覚えのある声だったので机に向かいながら振り向くと、意外に近くに顔があって、少し驚いた。

 どうやら私のノートを覗き込もうと身を乗り出していたみたいだ。

 すぐ後ろの席の一条君は、いわゆる気さくな男子生徒で、付き合いの浅い私みたいな人間にも気軽に声をかけてくる。

 人懐こいところはスノオに似ているけど、スノオはスノオでそりの合わない相手もいるみたいで、そう考えると一条君の社交性はすごいものだと思う。

 ただ、お調子者なのが玉に瑕だけど。

「なんかさぁ、山埜井って頭よさそうだよな。ノートきちんととってるし、なんかこう、垢抜けてないし」

「……垢抜けてないと、成績よくなるの?」

「え、あ、あっれぇ、そんなつもりで言ったんじゃなくて、えーと」

 問い返した私の言葉をどう受け取ったのだろうか。一条君はなんだか腫れ物にでも触れてしまったみたいみたいに狼狽して、言葉を選んでいるみたい。

 私は率直に、そういう統計でもあるのかと思ったのだけど、嫌味にでも聞こえてしまったのだろうか。

 だとしたら、こちらのほうこそそんなつもりはなかったんだけどなぁ。

 ただまぁ、狼狽しながらも笑みを浮かべているのは、さすがというところだろうか。単にごまかしているだけなのかな。

「ごめんね、私、あんまり垢抜けてるとかそういう感覚、よくわかんなくて……」

「いや、こっちこそ、ごめん。でも、山埜井のそういう素朴なところ、いいと思うよ、なんつーか……」

「うん、ありがとう」

 なんだかフォローに困っているみたいだったので、適当に相槌を打って会話を終わらせることを試みてみた。

 曖昧に笑みを浮かべると、心なし気まずい沈黙が訪れるけど、それ以上変な空気に持っていかれるよりかはマシだ。

 私はスノオとか他の子みたいに可愛らしくはなれないと思うし、スノオが私みたいなヤツに付き合ってくれるのは単に楽な空気ができるからなんだとも思う。

 そう思うと、少しだけ寂しいけど、私も可愛いスノオと一緒に居ると、なんだか自分も誇らしく思えるし、明るいスノオと喋っているときは、自分まで明るくなった気になれる。

 私は勝手に友情を感じているし、スノオはこんな私を気にってくれてるみたいだし……それでいいと思う。

 気まずい空気を振り払うみたいに机に向き直ると、板書の写しを再開する。

 一条君には悪いけど、鈍くさい私にとっては、授業内容の写しは割と死活問題なのである。

「そういや、山埜井さ」

「……うん?」

 再び一条君に後ろから声をかけられたのを意外に思いつつも、振り向けるタイミングではなかったので、結局振り向かずに応答する。

「一年の頃は、宇野津と一緒に勉強してたの多かったよな」

「……そうだね」

 なんでそんなことを知ってるんだろう。と少し考えて、そういえば一年生の頃も一条君は同じクラスだったのを思い出す。

 気がつかなかったわけではない。何しろ一条君の交友範囲は広いみたいだし、一年生の頃だってクラスの中心に居るような人気者だった……と思う。

 ただ、私みたいに社交的と言い難いタイプには、あまり縁のないお話で、今の今まであんまり意識の向かないことではあった。

 確かに一年生の頃は、香月と一緒に勉強をしていた。あ、宇野津うのつというのは香月の苗字である。

 鈍くさい私は、授業内容を汲み取れていないことも多かったので、香月のキレイにまとめられたノートと一緒に復習するのが、一年生の頃の日課になっていたのだ。

 それだけに、一条君の目にもよく留まっていたのかもしれない。

「英数クラス、行ったんだっけ?」

「……そうだね」

 振り向かずに板書を眺めながら、しかし私のシャーペンを持つ手は止まっていた。

 英数クラス。進級に合わせて、希望者及び推薦人により一部の授業内容が細分化、専門的に分岐してクラス分けがされる話は聞いていた。

 大まかに言ってしまえば、文系と理系を分けるようなものだけど、その比率は拮抗しているとは言いがたい。

 英数クラスに選り分けられる生徒は文系クラスに比べて少なく、そちらに配される生徒はまさしく頭のデキが違う。

 香月はそういう、頭のよろしいクラスに進級していったのである。

「俺はまた、山埜井もそっちに行くもんだと思ってたよ。いっつも一緒にいたしさ」

「一条君」

「あ、なに?」

 口にしかけた言葉が、あまり自分にとっても気持ちのいいものでないことが解っていたからだろうか。

 それは口にする前に、飲み込むことが出来た。おかげで、一呼吸、嫌な間が生まれてしまったけど。

「まだ、その、ノートとってるから……ごめん」

「あ、ああ、おれも、邪魔して、ごめん」

 お互い謝るというのも変な空気だけど、それで一条君もそれ以上追及してこないのが、今はほっとした。

 ただ、私と一条君の『ごめん』は、色合いが異なっていたと思う。

 少なくとも一条君のそれには、本当にすまなそうなニュアンスがあったと思う。

 でも私のは、とってつけたみたいな味気のないものだ。まるで、人のことなんて考えちゃいなかった。

 眉根が寄るのを何とか、目を凝らしているように装いながら、動きの鈍い手を動かしてノートをとる作業を無理矢理再開する。

 私は最低だ。一条君は何も悪くない。ほんとにもう、こんなの、ただの、八つ当たりだ……




一条君。フルネームは一条由樹いちじょうよしき

一応、この人も主役の一人の予定です。多分。おそらく。きっと

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