死神さん魂を語る
深い深い森の中、二人の男が岩に腰を下ろして話をしていた。
一人は黒で統一されたボロボロのコートを着ている青年だ。
青年の銀髪は肩にかかるかどうかといった長さで、顔立ちも悪くはない。
もう一人の方はまだ少年と言ったほうがいいだろうと思わせる幼さを残している。
こちらは茶髪で短髪だ。背も少年の方が低いため、見ようによっては兄弟に見えるかもしれない。
まぁ、髪の色で違うとわかるとは思うが。
銀髪の青年は森を抜ける途中で岩に腰を下ろして途方に暮れている少年を見つけて話し相手になっているところだった。
急ぐ旅でもないし、青年には少年がとても興味深い存在に見えた。だから青年から声をかけたのだ。
「ねぇ、なんで虫や木々は死んだら直ぐに何処かに消えちゃうの?動物たちはしばらく地上にいることもあるのに。」
「それはね、虫や植物達、動物の魂に違いがあるからさ。」
青年と少年はほかの人が聞いたら頭がおかしいんじゃないか?と疑うような会話をしていた。しかしここには青年と少年以外には誰もいない。
少年は青年の言っていることがよく分からないみたいだった。
「しょうがないな、じゃあ魂についての物語を聞かせてあげよう。」
青年はそういうと静かにゆっくりと語り始めた。
・・・
これはとある王国の学者の元にやってきた死神の話。
学者は生まれつき霊感が強く、いくつもの霊を見てきた。霊と会話し、知識を深めてきた。
そんな学者にはひとつの疑問があった。
彼は人間の霊や動物の霊は沢山見てきたが、昆虫や植物の霊を見たことがない。
植物はともかく昆虫にだって魂はあるはずなのに、何故見えないのだろうか?
もっと言えば人間の霊に比べて動物霊の数が圧倒的に少ない気がする。
これは学者の最大の疑問だった。
そんなある日、学者の前に死神を名乗る青年が現れた。
なんでも学者の寿命が近いらしい。
学者は落胆した。まだ植物と昆虫の霊がいないことへの疑問が晴れていないからだ。
ダメ元で死神に学者の疑問をぶつけてみることにした。
すると死神は「そんな事を知りたいんですか?変わってますね。」と苦笑する。
別に隠している事でもないので今夜、学者が死ぬ前に教えてくれることを死神は約束してくれた。
学者は真実を本にして発表できないことを残念に思ったが、真実を教えてもらえることを喜んだ。それさえ知れば死んでもいいと思っていたからだ。
夜になり部屋で死神を待っていると目の前に突然死神が現れた。急かす学者を死神はなだめた後、死神は魂について語りだす。
「まずはこの世界のことについて説明しましょう。学者さん、アカシックレコードってご存知ですか?」
「世界の始まりから終わりまでが記された本のことだろう?」
学者の答えに死神は満足そうに頷く。
「まぁ、正解です。世界はアカシックレコードといってもいい。この星は神様の書いている本そのものなんです。まだ最初や終わり等の大きな出来事しか記されてませんが。」
学者は死神が言っていることが良くわからなかった。
自分たちが住んでいる世界が本といわれてもピンと来ない。
「空白のページを埋める物語はアナタ達の人生です。正確に言えば魂から取り出した経験をアカシックレコードが記録するわけですね。」
学者はますます死神が言っていることがわからなくなる。
そもそもこれと昆虫の魂が見えないのは別問題なのではないだろうか?
「人間や犬、猫等の動物たちは昆虫に比べて長寿です。その長寿さ故に魂が充分な経験をしないまま死んでしまう事があります。その場合、霊魂は地上に留まってしまうんです。大体は私たち死神や天使が向こうに連れて行くんですが、数が多くて捌ききれないんですよ。」
死神は「逆に充実した人生を送ったせいで早死しちゃう人もいるんですけどね。」と少し悲しそうな顔をした。過去に何かあったのだろうか?
学者は少し気になったが、そんな学者を無視して死神は説明を再開する。
「逆に昆虫は寿命が短く魂に貯める経験も少ないんです。だから直ぐにアカシックレコードの方に行ってしまう。そういう訳で昆虫の霊は見えないと言うか、地上にいないんですよ。植物はアカシックレコードとリンクしてますから魂はでません。」
学者はまだ全て理解できた訳ではなかったが、取り敢えず答えにたどり着いたことに満足して死神に体を差し出した。
・・・
「というわけで、昆虫たちは直ぐに神様のところに行っちゃうんだよ。」
「そうなの?でも……」
少年は青年の話を聞いて顔を暗くした。
青年は少年が顔を暗くした理由を知っている。だから言葉を続けた。
「でもね、希に君みたいな子も出てくる。キミは生きていた時、テントウ虫だったでしょう?昆虫でも長く生き、魂を次の段階に持っていくことが時々あるんだ。君は霊じゃなくて精霊になったんだよ。」
「精…霊?」
「そう、大地の守り手に選ばれたのさ。キミはそのまま神様の元に行くこともできるけど、大地を守るためにここに残るっていう選択もできる。まだ時間はあるみたいだから考えるといいよ。」
そう言って青年は立ち上がった。
もう行くらしい。少年は青年の後ろ姿を見ながらひとつ問いかけた。
「お兄ちゃんはなんでそんなに魂について詳しいの?」
青年は振り向かないまま頭をガリガリと掻いてこう言った。
「お兄ちゃんは死神だからさ。」
去っていく青年を見送りながら、精霊となった少年は優しい死神との思い出を胸にしまって手を振り続けた。