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3 ヒヒの日々

 1月7日。

 ラクリマは朝早くからトムの店に革鎧を買いに行った。野宿するときに平服のまま寝るのは危ないから買っておけ、と、仲間に勧められたのだ。

「ごめんください。革鎧がほしいんですが」

「ああ、あるよ。しかし何だね、もう一日早く買いに来てくれればドルトンの隊商に次の仕入れを頼んだのに…」

「ごっ、ごめんなさい」

 ラクリマの目に大粒の涙が浮かんだ。

「えっ…い、いや、泣かれても……」

「ごめんなさい〜」

 ラクリマはますます泣いた。相手が困ると余計に涙が止まらなくなるらしい。そんなこととは知らないトムJrはますますおろおろとした。

「いや、その、困ったなぁ。泣かれても……悪かったよ、悪かったから、泣かないでおくれ」

 一同が待っていると、ラクリマがぼろぼろ泣きながら鎧を抱えて帰ってきた。つい、だれもが思った。(………革鎧を買いに行っただけじゃなかったのか?)


 その後、同行する猟師たちを宿で待っていると、自警団のスマックがやってきた。

「事件だ。バブーンに蔵を荒らされた」

 バブーンはヒヒの一種だが、ふつうのヒヒより体が大きく、頭のほうも数段賢い。骨や枝を棍棒として振り回す獰猛な森の住人だ。スマックによれば襲撃はこの時期にはままあることで、例年、村の共同倉庫は幾ばくかずつの被害を被っているらしい。

「今日の出発を取りやめて、バブーンを退治してほしい」

 バブーンは二、三日かけて毎晩やってくるだろうということだった。

 また、昼間は彼らに壊された柵の修理を頼まれた。

「柵の修理は時間外労働だろう。別料金が支払われるのか?」

 これを聞いた村長の息子ベルモートは「ちょ、ちょっと待ってください。聞いてきます」と断っていなくなった。どうやら決して自分では決断を下せないらしい、まさに男の中の男というわけだった。

 20〜30分ほどして彼は戻ってきた。

「お一人に銀貨5枚ずつ支払います」

 一同は了承した。


 柵の修理中に、向こうから革鎧をまとった若者、ジェイ=リードがやってきた。ジェイ=リードは、去年の暮れに一同がセロ村に到着して早々、セリフィアと喧嘩してぼこぼこにされた青年だ。今日のいでたちからみて、彼の職業は猟師のようだ。

 ジェイ=リードはセリフィア相手に思いつく限りの嫌味を浴びせて帰っていった。

 セリフィアは彼を殴りたそうだったが(しかも「柵の外は村の外になるのか?」などと聞いたりしていたが)、レスタトが必死で止めたので今回は手を出さなかった。だから、だれも彼がこんな考えを心に抱いていようとは思わなかった。

(いつかあいつには世の厳しさを体に染み込ませてやらなくてはならんだろう……)


 修理を終えて、5人は、今夜、どうやってバブーンを迎え撃つかという相談をした。

 5人だけでは心許ないので、猟師たちを射手として協力要請しようということになり、組合のリーダーに会いに行った。

 なんと、猟師組合のリーダーはジェイ=リードの父親、ダグ=リードだった。話が出来すぎだと思いながら、一同は害の及ばない屋根の上から、退路を断つための射手を借りたいと申し入れた。ダグは「ヨソモノ」を見る目で見ていたが、問題は村の財産のことでもあり、了解してくれた。

 夜、屋根の上に6人の射手とヴァイオラ、それからバブーンが倉庫の壁に開けた穴の内側にG、セリフィア、ラクリマ、蔵の外陰にレスタトを配し、一同はバブーンの到来を待った。

 やがて夜陰に乗じて忍び寄る気配が感じられた。

 レスタトは早ばやと気づき、ライトの呪文を投射した。射手たちが一斉に射撃を開始したが、どうも今夜は振るわなかった。矢はバブーンの周囲の地面にむなしく突き立ち、猿たちはその合間をかいくぐって倉庫に近づいた。

 ヴァイオラはいきなり網を彼らに向かって投げつけた。投網は的を外したものの、猿たちを威嚇するには十分だった。瞬間、バブーンたちは立ちつくし、そこへセリフィアとGが斬りかかった。レスタトも攻撃に加わって、趨勢は決した。5匹を始末し、森へ逃げおおせたのは2匹だけだった。



 1月8日。

 ベルモートがやってきて、バブーン退治代として一人頭8gpとちょっとずつを支払っていった。

 昨晩の働きが功を奏して、猟師の間では一同の株があがっていた。ダグ=リードは「俺たちは君らを認めてやる。今晩も君たちの指揮に従おう」とまで言ってくれた。


 今宵は別ルートで来るだろうと予想し、一同は昨日の蔵は猟師たちに任せて、今夜はもう一つの蔵を見張ることにした。昨日の蔵には、昨晩殺したバブーンたちの首なし死体を飾って、威しにすることも忘れなかった。このヒヒ威しを作ることについてGとラクリマは嫌がったが、効果のほうが優先された。

 もう一方の蔵で見張っていると、案の定、バブーンたちがひそやかにやってきた。ラクリマとGは察知して銅貨を投げ、音でレスタトとセリフィアに知らせた。ヴァイオラは今日も屋根の上で待機していた。見れば中に一回り大きな奴が混じっている。どうやらボスらしい。

 戦闘はヴァイオラの投網とレスタトのライト投射から始まった。

 セリフィアは今晩は広い野外で、10フィートソードを思う存分振るっていた。ヴァイオラの隠れた援護により――ライトの呪文でボスを目潰しした――ボスを一刀両断に切り捨てた。G、レスタトはもとより、ラクリマまで攻撃に加わり、一分で片が付いた。

 一匹だけ森に逃げていったが、7体の雑魚と、ボスまで倒して、首尾は上々といったところだろう。一同は気分良く宿に引き揚げ、ガギーソンを起こしてお湯を沸かしてもらい、ひとっ風呂浴びてから寝床についた。



† † †



 その若い魔術師はぼんやりと空を眺めていた。

 師匠の葬儀を終え、これからどうしようと思うことすら忘れて、家の中に座していた。

 そのとき勢いよく扉が開いて、顔を見知らぬ、これまた若い魔術師が入ってきた。小さなその闖入者(ちんにゅうしゃ)は、彼の元へやってくるなり言った。

「やあ! 元気かい。実は君の力が必要なんだ。さあ、支度して。セロ村へ行くんだ」

 突然のことに、魔術師は驚いた。が、お師匠様も亡くなられたことだし、何をしたいわけでもない、別に行ってみてもいいかなと軽く考えた。そうやって考えている間にも、闖入者――ゴードンはそこら中を走り回って、何やら自分の荷物に詰め込んだりしていた。

「うん、いいよ、行っても」

 魔術師がのんびり答えると、ゴードンはパッと振り返った。

「それじゃここへ行くんだよ」そう言って彼に紙切れを手渡した。「ロビィって人の隊商が一両日中にセロ村へ出発する。それに同行させてもらうよう、手はずは整えておいたからね」

 てきぱきと指示をして、

「それじゃおいらは行くところあるから。よろしくね」

 嵐のように去っていった。

 あとで荷造りしているときに気づいたが、師匠の形見がいくつかなくなっていた。

「さっきの子が持ってったのかなぁ……」魔術師はひとりごちた。それから考えた。ま、いいか。どうせボクが持っていても何なんだかわからないものばっかりだったし。

 そして、残った形見と、杖と、身の回りのものをまとめると、ロビィ=カスタノフに会いに出かけた。

 手はずを整えてあるというのは本当だった。彼はすんなりロビィの隊商に入り込むことができた。ロビィの隊商には、ツェーレンという中年戦士と、スチュアーという無気力な青年僧侶と、護衛たちと、そのほかにロッツという隙のない青年が同行していた。

 途中、ヴィセロという女性を拾った。彼女は巡礼者(ダルヴィラージュ)で、「あの村へ行かなければ。あの呪われた村、セロ村へ」とうなされるように語った。スチュアーは「面倒事を抱え込むのは厭だ」と渋い面を見せたが、ツェーレンが「美人の頼みは断れない」と受け入れの姿勢を示したので(彼は女好きのようだった)、隊商を率いているロビィもヴィセロの同行を許可した。

(呪われた村って、なんだろう……)

 ほんのちょっと不安に揺れながら、若い魔術師は一行と共に黙々と旅程をこなしていった。

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