8 エイトナイトカーニバル
4月5日、朝。一同はセロ村を出発した。
4月6日。
午前中に、以前遭遇した絡みあうアカマツのところへ到着した。
「エリオットは『石を探せ』みたいなことを言ってたが……」
Gの言葉に従い、一同は石を探した。が、手がかりになりそうな石は見あたらなかった。
「最初に朝日が昇る場所にカギをしまった…ってあるから、朝日を待ったほうがいいんじゃないか」という意見が出て、明日、早朝にもう一度周囲を探索することにした。
4月7日、早朝。
日の出より少し前に起きだして、身支度を整えた。朝日が昇るころ、西と東の二手に分かれて、何か手がかりがないか探すことにした。ロッツは一人で木の上に登った。時間が時間だけあって、膚を刺す空気は冷たく、頬がピリピリと痛んだ。
西のほうを探しに行った組が、少し歩いたところに朝日のあたる岩があることに気づいた。
「姐さん! 西のほうにある岩が、朝日でぴかぴか光ってやす!」
木の上からもロッツがそう叫ぶのが聞こえた。これがエリオットの言う「石」に違いない。全員で周りを取り囲んだ。
石というより岩盤に近い。ゆうに借家の食堂と同じ面積がありそうなそれは、表面が鏡面のように磨かれ、朝日がまともに当たる間は眩しくて目を開けているのが辛かった。
「岩の上に字が書いてあるようです。ルーン文字ですかね」
ロッツが上に乗って調べながら言った。
書かれていたのは数字だった。0から9までの数字が、円に沿って4回繰り返されている。
(まぁ、8並びの迷宮なんだし……)
と、皆が同じことを考えようとしていたとき、カインが、
「こうじゃないのか…?」
言いながら4カ所の8を押して――消えた。
「カっ、カインさん!? カインさん、どうしたんですかー!!」
ラクリマは色を失って叫んだ。
「あーはいはい、じゃー私たちも行こうかー」
ヴァイオラはラクリマの肩を掴んで、カインと同じように8を4つ押した。やはり同じように、二人はGたちの前から消えた。
ヴァイオラとラクリマが気づくと、そこは広い空間だった。追っつけ、Gやセリフィア、アルトにロッツもまとめて現れた。前にはカインがいた。
「カインさん! よ、よかった……」
カインは無言で振り向いた。何を心配されているのかわからない、といった風情だった。
「カイン」
ヴァイオラは厳しい声でカインに話しかけた。
「言っとくけどね、カイン。君がそういうことするの、2回目だから。もう1回やったら、君はうちには要らない」
「……気をつけよう」
カインはそれだけ口にした。
(やれやれ、こういうところは坊っちゃんより馬鹿みたいだな、このボーヤ……)
あとで締め直さねば、と、ヴァイオラは密かに思った。
そのとき、
「ようこそ、エイトナイトカーニバルへ」
見知らぬ男の声が空間内に響き渡った。声は続けて言った。
「ここにある8つの部屋を制覇し、8つのクリスタルを集めよ。正しき位置に据えれば下への入り口が開く。中央の玉に触れると外へ出られる。しかし、一度外へ出た者は、二度と入ることができないように仕掛けがしてあるので、注意されたし」
そこまで語って、声は黙した。静寂と薄暗さが空間を支配していたが、Gが魔法のかかったコインを灯り代わりに表に出すと、一転して昼のような明るさとなった。
部屋の中央にはクリスタルが嵌まって置かれていた。それを中心として、周りには大小それぞれ4つずつのくぼみがある。このくぼみ全部にクリスタルを嵌めろということらしい。
次に、ぐるりと周りを見渡すと、8方向に両開きの重厚な扉があった。これらの扉の先に先ほどの声が言っていた「8つの部屋」があるのだろう。
「……どこから行く?」
一同は無作為に最初の扉を決めた。
扉の先は急な下り坂で、その先には燃えさかる扉があった。今、入るのは得策ではなさそうだ。炎に抵抗する呪文を用意してから出直すことになった。Gは扉に「油」と書きつけた。
次の部屋は幻影の部屋だった。行き止まりの壁に突き進み、幻を打ち破って室内に入った。中央には大きな透明のクリスタルがあった。Gは手袋を嵌めてそれを手に取った。見た目を裏切ってとても軽い。まるで風船のようだ。クリスタルの中から、風の渦巻く音がした。
どんどん時計回りに扉を開けていくことにして、次の間へ向かった。
セリフィアが扉を開けた途端、迷宮らしからぬ光景が広がった。部屋は約10メートル四方で今までと同じ大きさだったが、内装が、ピンクの花柄、フリルやレースといった少女趣味に彩られていたのだ。
部屋の真ん中に大きめの猫足テーブルが置かれており、3人の少女たちが楽しそうにお喋りしていた。
「あら、いらっしゃい。さあどうぞ、今、お茶を煎れますね」
少女たちは振り返ってにこにこと話しかけてきた。だが、ヴァイオラはディテクトイビル〔悪を見破る〕によって言った。「悪意がある。3人とも」
同時にセリフィアも「こいつらは魔人だ!」と叫び、カインと二人で有無を言わさず突撃していった。Gだけはその場で立ちつくした。少女たちが友好的であるように思えたからだ。
ラクリマは驚きとともに刺すような胸の痛みを感じたが、反射的にブレス〔祝福〕の呪文を唱えた。アルトがヘイスト〔加速〕の呪文を詠唱し、ヴァイオラはボーラを投げて一体の少女に絡みつかせた。セリフィアとカインは瞬時に一体ずつ少女を屠った。
残された少女は、ヴァイオラに怪しい視線を送った。ヴァイオラは虚をつかれ、うっかり少女に魅了されてしまった。
「そこの魔法使いさんを攻撃してちょうだい」
言われるままに、彼女は長柄の得物でアルトを襲った。
「ヴァイオラさんっ! 何してるんですか!!」
ラクリマの悲鳴があがったときには、アルトはしたたか食らって後ろに吹っ飛んでいた。
(おのれやりおったな……!)
アルトは凄まじい形相でヴァイオラを睨みつけた。自らに害なす者への激しい憎悪が噴き出し、彼の中で怖ろしい何かが目覚めそうになった、そのとき、ちくりと指を刺す痛みで、少年は正気に返った。トーラファンからもらった指輪だった。アルトは意識をはっきりさせようと、頭を振った。
向こうではセリフィアが最後の一人を屠っていた。少女が倒れると同時にヴァイオラは魅了から解き放たれた。彼女もまた、ふるふると自分の頭を振って、現実に戻ろうとした。
「だっ、大丈夫ですか、アルトさん!」
ラクリマが叫んでアルトに走り寄るのが見えた。その背後からセリフィアは言った。
「こいつらはヒュプノスだろう。人造人間の一種で、強力な魅了の能力があったはずだ」
(人造人間……)
ラクリマはその言葉にふと手を止めた。冷たい何かが意識の中を流れ落ちた。すぐにアルトの治療に立ち戻ったものの、彼女の心はある思いに囚われたままだった。
「ごめんなさい、ヴァイオラさん」
自分のところに歩いてきたヴァイオラに向かってアルトは言った。
「ごめんなさい。勘違いしてました。ヴァイオラさん、魅了されてたんですね」
ヴァイオラは、何をどう勘違いしたのか問い詰めたかったが、立場上できずに、「悪かったね、ちび」とだけ口にした。
部屋の中には、小さなクリスタルがあった。Gはそれを手に入れたあと、花柄ティーセットや花柄トレイ、フリフリの花柄レースカーテンなどを、お持ち帰り用として背負い袋にせっせと詰めた。
次へ向かった。短い通路の先にある扉を開けると、大きな魔法陣が目に飛び込んできた。召喚系の魔法陣らしいが、何が召喚されるかまではわからなかった。説明書きがご丁寧にショートランド共通語で書かれていた。そもそも能力奴隷たちを使ったゲームとして作られた迷宮ゆえ、奴隷にも読めるようにと配慮がなされているのだろう。
「魔法陣の中に入り、召喚の言葉を唱えよ。さすれば望みのものが手に入るであろう」
説明書きのすぐ隣に、文言も記されていた。
「そういえば」と、ラクリマが口を開いた。「さっきの部屋のクリスタルは何の属性だったんですか?」Gは小さなクリスタルを取り出して、アルトに見せた。魔法の物品を鑑定できるのは、彼しかいなかったからだ。
(こ、これは……)
アルトの中で、再び彼でない彼の意識が目覚めそうになった。クリスタルは強力な魔力を宿していた。
(魔晶石か…? 欲しい……魔力が欲しい……)
強い思いがガンガンと頭痛のように脳内に響いた。指輪も今度は効力がなかった。感情のオーバーフローを起こし、アルトはその場で意識を失った。
みな驚いて、アルトに注目した。カインが小さく叫んだ。
「指輪が……!」
トーラファンからもらった指輪は、灰色に変わっていた。
冷たい空気が皆の間に流れた。
少しの沈黙のあとで、ヴァイオラが「やばいかもしれない」と言った。
「操られていた人間が言うことじゃないんだけど、さっき攻撃したとき、こいつ、物凄い顔して睨んだんだ。アルトじゃないみたいだった……」
「どうする?」
カインはアルトの脇に跪いた。セリフィアが「ぐるぐる巻きにしてから起こすか?」と言うと、ラクリマが「そんな…!」と小さく抗議の声をあげた。Gがそのあとを受けて言った。
「それは、クロムじゃなくてアルトが目覚めたときにまずいんじゃないか?」
クロムとして起きた場合は敵対行動を取るだろうから、何かしら縛めておかないと危険だ。一方で、アルトの意識で目覚めたときに、手足を縛られたり猿ぐつわをかまされたりしていたら、それこそショックでクロム復活となるかもしれない。悩んだあげく、目覚めてすぐには魔法が使えないように、利き手の指だけ動かないように皮紐で固定することになった。
「アルト、起きろ」
Gはアルトに声をかけた。全員の見守る中、アルトは起きた。アルトだった。
指輪が白くなったのを見て、ラクリマは泣いた。
アルトは、起きるや否や目の前でラクリマが泣き崩れているのを見、なおかつ、自分の指が皮紐で縛められているのに気づいて、大いに狼狽した。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい。ボク、何かしましたか?」
おろおろと皆を見回すアルトに、Gは言った。
「アルト、戦うぞ。できるか?」
「は、はい……」
「お前がいなきゃ困るんだ」
セリフィアの声に、アルトは振り返った。
「他の魔術師じゃ困るんだ。アルトでなきゃダメなんだ」
セリフィアは真剣な顔で語った。
(アルトでなきゃダメなんだ。だっていろいろ相談できる奴って、アルトの他にいないんだから…!)
アルトは少し吃驚したような表情をしたが、すぐに「はい」と返事した。
不安材料はまだあるものの、敵の出現に備えて全員が魔法陣の中に入った。カインが召喚の言葉を唱えた。「我の求めるクリスタルよ、我が手元に来たれ」
瞬間、床が消えてなくなり、全員、3メートル下に落下した。落下先は床ではなかった。皆、緑色したぶよぶよな物体――ゼラチンキューブの中に呑み込まれたが、内部からの攻撃でほどなく倒した。もっとも、セリフィアは窒息しかけて危ないところだったが。
キューブが消えたあとに、大きなクリスタルが現れた。ひんやりと冷たく、持って振るとじゃばじゃばと水音がした。
「……一度休もうか」
全員そこそこに疲れていた。一番居心地の良さそうな「魅惑の間」に戻って――絨毯が敷かれていたのはそこだけだったので――一同は休息を取った。
(どうして……)
横になってからしばらくの間、ラクリマはまんじりともせずに考えを巡らせていた。
(どうして、みんな躊躇わないんだろう……)
彼女はヒュプノスのことが忘れられなかった。彼女たちは人間に見えた。それなのにカインやセリフィア、ヴァイオラにロッツ、そしてアルトまでもが有無を言わさず攻撃したのだ。
(……人間相手なら、戦うまいとするのに)
いつもいつも、人間や獣人相手には戦って殺すのをよしとしないヴァイオラたちが、どうしてここでは躊躇わなかったのか。こんな、迷宮にいるモノはどのみちまっとうな人間ではないから? 彼女たちが本当に人間だったら少しは躊躇っただろうか、それとも――しょせん、人造人間……造りものだもの、躊躇わないかもしれない。
確かに正しい反応ではあった。でもわからない。なぜ少しも躊躇わないのか……。
(「人間は殺さない」ってことかもしれないと、これまで見てて思ったことはあるけど)
では、どこまでが人間なのだろう? ヒトガタをしていても造りものは入らない? 喋らないから? いいえ。喋る相手だっている。フィーファリカのように――私のように。
「自分自身」を持っていれば特別なのだろうか?
(………自分自身って、なに。どうして特別扱いしなければならないのですか)
ようやく睡魔が訪れたようだった。緩やかな眠りに身を委ねながら、彼女は最後に思った。
(ヒトを殺さないって、どういうことですか――)
察するに4月8日。
呪文を取り直し、昨日あと回しにした燃える扉から片付けた。部屋には熱い灰のプールがあり、アッシュクロウラー――体長60センチ、鼠のような体に豚の鼻、それに120センチの尻尾を持つ怪物――が二匹、トビウオのように泳ぎ回っていた。二匹とも倒し、炎でできた大きなクリスタルをプールの底から見つけだした。レジストファイア〔火に耐える〕の呪文のおかげで火傷しなかったが、とても熱い、熱気の迸るクリスタルだった。
次の部屋では土の床の上に8つの岩がごろごろと転がっていた。実はそのうちの5つがジェノイドと呼ばれる怪物だった。戦士陣の活躍で倒したあと、一体の下からクリスタルが発見された。土色の大きな、そしてとても重たいクリスタルだった。
次の間は真っ暗だった。普通の闇ではない、魔法的な暗闇だ。中にいたのは灰色の哲学者と呼ばれるアンデッドの一種だった。時間はかかったし、カインが長柄の戦斧を折るというハプニングもあったが、最終的にはここも制した。灰色の死せる哲学者が滅ぶと同時にゴーンと無気味な鐘の音が響き、室内がパッと明るくなった。後方の壁から時計が落ちてきて――アルトとセリフィア以外は時計など見たことがなかった――床についた途端に小さなクリスタルに変化した。中に一本針の時計が入っていた。
今し方の戦いで力尽きたと感じたので、ここでまた休憩を取ることにした。一同は再び花柄カーペットの部屋へ戻り、6~7時間ほどぐっすり眠った。
いよいよあと二部屋を残すのみとなった。
次の部屋では選択問題が出された。室内にある8体の石像のうち、どれか仲間はずれを選べというのだ。勘やら魔法の効果やらといった情報を持ち寄って、どれにも引っかからなかった石像にカインが触れると、小さな石版の入ったクリスタルが現れた。
最後の部屋にはクリスタルゴーレムがいた。部屋の四方に四色の操作盤があり、押すボタンの組み合わせでゴーレムの属性が変わるらしい。青はウォーター、赤はファイアー、茶はアース、透明はエアーのエレメンタルを示していた。いろいろ試して相談してから、Gが透明のボタンを「ON」にし、ラクリマが茶を「一時停止」にした。クリスタルゴーレムはエアーとファイアーの力を受けてラクリマを攻撃してきた。呪文の効果で守られていたため傷つかずに済んだが、そうでなければ一撃で殺されていただろう。
「ON」の効果が切れたらしく、ゴーレムは一歩動いて停まった。すかさず、セリフィア、カイン、G、ヴァイオラの4人で一気に畳み掛け、うまい具合に倒すことができた。
倒れたクリスタル像の心臓部から小さなクリスタルが現れた。中には魔力が空っぽの魔晶石が入っている。これですべてのクリスタルが揃った。一同は中央の間へと急いだ。
今度はどのくぼみにどれを嵌めるかで頭を悩ませる番だった。
確か、地水火風の四大元素はそれぞれ東西南北の方角と対応していたはずだ。しかし、地下のこの場所では、まず方角を見極めることが困難だった。
「……こっちが北だ」
それまで黙っていたセリフィアがいきなり口を開いた。断固とした口調でそう言うので、みんなもそれを信じることにした。
「南が火の属性だと思う」
Gはまず炎の大きなクリスタルを南の大きな台座に嵌めた。もちろん手袋をするのを忘れなかった。実はこの手袋は、エリオットに何度も触られるのが嫌で、それを避けるために携帯し始めたのだが、まさかこんなところで役に立とうとは思わなかった。
残りの大クリスタルも、東に水、西に大地、北に風の音のするものをそれぞれ嵌めた。
小クリスタルは少々厄介だった。どれが何に属するのか、全員で知恵を絞った。結局、東の水属性には時計入りのクリスタル(時間)、南の火属性には魔力の詰まったクリスタル(エネルギー)、西の地属性には空っぽの魔晶石の入ったクリスタル(物質)、最後に北の風属性には石版の入ったクリスタル(思考)をあてがった。
途端に床が動き出した。一同を乗せて、それは下へ、下へと動いているようだった。どん、と、軽い衝撃があって床が静止した。
「よくぞここまでたどり着いた」
前触れなく、老いた男の声が空間に響き渡った。
「だれか一名、四つの大きなクリスタルのどれかに触れるがよい。そなたらの前に現れたものが褒美じゃ。同時にこの迷宮を制覇した証拠にもなる。主人にしっかり報告するがよい」
察するに、触れるクリスタルの属性と触れた人間の職業の組み合わせで、もらえる褒美の内容が変わるらしい。箱はそれぞれの方角に4つずつ用意されており、風(北)の箱と土(西)の箱が一つずつ空いていた。残りは14個だ。だれがどれを触れれば最も役立つものが得られるか、悩みどころだった。結局、ラクリマが水のクリスタルを選んで触れた。
刹那、8つのクリスタルが消えて、頭上から杖と指輪が降ってきた。ラクリマは、それが癒しの杖と聖性の指輪であることを、なぜか受け取った瞬間に把握した。どちらも高価な代物だ。何より、これで体力回復能力がぐんと上がることになった。
一同は満足して中央の、最初からあったクリスタルに触れ、外界に戻った。
(しかし……)と、全員、同じことを思わずにはいられなかった。(2つとも売るわけにいかないのだから、結局、現金は手に入らないのでは……?)
迷宮はクリアしたが、「先立つものへの不安を解消しよう」という課題はクリアできずに残ったわけだった。
迷宮を出たときは、太陽の具合から午後3時ごろらしかった。恵みの森に長居は無用と、全員、日が暮れるまで歩いた。
「そこまで薪拾いに行ってくる。ボーヤもおいで」
夜営の準備中、ヴァイオラはGたちに告げて言った。カインは無言で立ち上がった。
二人で粛々と木々の合間を進んだ。皆の声や立てる音が全く聞こえなくなった辺りで、ヴァイオラは「この辺でいいか」と立ち止まった。それから適当な枯れ枝を拾い始めた。
薪拾いというが、本当の目的はそれではないだろうとカインが予測していたとおり、しばらくするとヴァイオラは口を開いて言った。
「ボーヤは死にたがり屋さんだね」
カインは手を止め、無言でヴァイオラを見た。先だって、エイトナイトカーニバルの入り口でキーを押して一人でさっさと入ってしまった、そのことについて言っているのだ。もっと以前には、エドウィナの指輪をはめてしまったことについても。ヴァイオラは、思っていたよりも怒気のない声で、だが子どもを諭すようにして続けた。
「もうちょっと自分を大事にしなさいよ。ブタ箱でのセイ君にお説教したぐらいだから、戦士の仕事はちゃんと心得ているんでしょ。自分の身ぐらい自分で守んなさい」
(耳が痛い)
だから黙って、カインはただ立っていた。
「ボーヤはどう思っているか知らないけど、ここの仲間は君に何かあったら、きっと――」
ヴァイオラはそこで言葉を切って、遠くを眺めるような表情になった。
聞きながらカインは思わずにいられなかった。きっと……どうなるというのだろう。彼は今の仲間の顔ぶれを、一つ一つ思い返してみた。
セリフィア……がどうなるとも思えない。Gは「ラクリマさんをいじめる奴がいなくなった~」とむしろ喜びそうだ。アルトは悲しんでくれるだろうがそれで終わりだ。子供そのものの外見に反して、あれでなかなか芯は強い。
すると。
――ああ、ラクリマか。
自分の素顔を見ただけで取り乱す彼女。
レスタトの死に責任を感じている彼女の目の前で、もし自分が死んだのなら、取り返しがつかないことになるだろう。何しろ「二度目」なのだから。
でも一人だけわからない。どんな態度をとるのか、そもそも何を考えて自分にこんな話をしているのか。
その相手の声が聞こえた。
「……だから、ああいう軽はずみなことは止めなさいね。頼むから」
確かめておこう、そう思ってカインは重い口を開いた。
「一つだけ聞かせてもらいたい、ヴァイオラ。あなたにとって『奴』の死はどんな意味を持っている?」
詰まるところ彼らには拭いきれぬ傷があり、それが『奴』にそっくりだという自分への態度に出ている、カインはそう判断していた。魂ごと消滅したといいながら、『奴』の影は今なお重みを持って存在している。だから『奴』の死が目の前の彼女にとってどんな意味を持っているのか、それを単純に知りたかった。
「神官としての思いやりに溢れた回答と、そのものずばりだけど他人からはわかりにくい答、どっちが聞きたい?」
粗朶を縛っていたヴァイオラは、いきなり真面目な顔になるとカインの目の前に指を二本立ててみせた。続けてすぐに、
「ちなみにどっちも、というのは無しね」
「あなたの本音が聞きたくて始めた話だ。…後者を聞かせて欲しい」
この集団の中心人物である彼女の返答次第では、彼らとは別れる必要もあるだろう。カインはそう思いながら答えた。
ヴァイオラは肩をすくめた。
「聞いたからって何が変わるわけでもないんだけどね」
菫色の瞳をまっすぐ彼に据えると、
「ずばり、呪い。すべての行動は、これを解くためにあるの。もうちょっと親切に言うならば――どうしてもというので連帯責任者のサインをしたら、いきなり多額の借金を残してトンズラされた状態、かな」
カインはそれを聞いて「そうか」とだけ呟いた。
(……どうやら結論は出たようだ)
ならば自分こそ繰り返さないように努力しなければならない。
もうこれ以上、自分のそばにいる連中が死んでいくのは見たくないから。
また、自分の腕の中で、仲間を死なせたくないから。
そう簡単に死なれて、死なせてなるものか。
彼はヴァイオラのまとめた粗朶を引き取った。自分がまとめあげた枯れ枝とで前後に肩に振り分け、野営地に向かって戻り始めた。
ヴァイオラも無言で彼のあとに続いた。彼女には、カインが自分の言いたいことを理解したかどうかはもちろん、彼が今の話で何をどう感じたのかもまるでわからなかった。だがそれ以上は追求せずにおいた。
翌日、日がすっかり落ちてからセロ村に到着した。正門の警備兵に日にちを尋ねると、今日はまだ4月10日だということだった。軽く食事をとって、希望者は風呂を沸かして入った。それからみんな「我が家」でぐっすりと眠った。




