7 薬草摘み
ラクリマ、G、アルトが出発するのを見送ってから、留守居をカインとロッツ、ヴァイオラに任せ、セリフィアはもう一度、今度は一人でフェリアのところを訪れた。自分は不勉強ゆえ、グッナード=ロジャスやスカルシ・ハルシアのことも、スカルシ村のこともよく知らない。差し支えなければいろいろ教えてほしい、と、遠慮がちに頼み込んだ。
本来、午後はフェリアにとって休み時間だったのだが、セリフィアの態度に好感を抱いたのか、彼女はそんなことはおくびにも出さず、快くつき合ってくれた。彼女は語った。
スカルシ村で、いわゆる『正式な』騎士はグッナードだけだが、奴隷階級出身の者やアンデッドには騎士クラスの実力者も多い。奴隷たちは彼らも騎士と呼ぶ。
フェリアも含め、「スカルシ」の名を持つ者は奴隷階級出身である。皆、訓練を施され、傭兵として任務を受ける。男性は主に戦場に駆り出される。女性は要人警護の任務が多い。女性なら四六時中警護を行えるからだ。必要なら子を成すことも結婚することも厭わない。
スカルシ村は、この傭兵業と交易によって成り立っている。フェリアはさらに語った。
「村は、強力な軍によって守られています。ティータ様率いる人間の軍と領主グレコ様率いる不死軍、狼族をはじめとする怪物軍です。一応はフィルシムに恭順していますが、昔から独立機運の高い村です。現在の情勢では、一番危険なところかも知れません」
「グッナード様は……先ほども話しましたが、危険な方です。何故スカルシ村にいるのか、理由はわかりません。結果的には村のためにはなって下さっているのですが……水があっていらっしゃるのか、領主様とウマがあうのか……」
「ハルシア様は突撃隊長をお務めの大切な方です。前領主様の肉体改造を受けた3人の生き残りの一人で、おかげで10フィートソードを扱えるようになったのです」
ちなみにグッナードは五十歳代、ハルシアは三十歳代後半とのことだった。
聞き終わるまでにかなりの時間が経っていた。セリフィアはため息を洩らして口にした。
「そうですか…。私のような未熟な者が近寄るには危険な村のようですね。実力をつけたら一度訪ねてみたいと思いますが。お休み中、わざわざありがとうございました。ご好意に応えられるよう、訓練に励みたいと思います」
彼は立ち上がり、フェリアに深々とお辞儀をした。暇を告げて家へと帰っていった。
昼過ぎ、ラクリマたちはメーヴォルを伴って森の中へ入った。
「いやー美女に囲まれての散歩というのもおつなものですねぇ」
メーヴォルは喜んでいる様子だった。かなり喋るタイプのようで、村のこと、Gたちのこと、森のことなど当たり障りのない会話をとりとめなく続けた。
しばらくして、ラクリマはお弁当を広げるのによい場所を見つけた。
「あの、よかったらこの辺りでお弁当にしませんか?」
あとの3人に異論はなかった。
「美味しそうですねぇ」などと言いながら早速ぱくつくメーヴォルに、Gは話しかけた。
「そういえばメーヴォルさん、どうしてこんなへんぴな村に志願を? もしかして知り合いの方がいらっしゃるんですか? もしそうなら、その方も誘ったほうがよかったですよね…」
Gとしては、彼らがこの村に来た建前や、村に知り合いはいるのかどうかなどを聞き出すつもりだった。特に、ガルモートとの繋がりがあるなら知っておきたかった。
メーヴォルは炙り肉を芥子菜と一緒に厚手のパンに挟んで、それを頬ばりながら、
「ん~、なんでかって? 特にないな~、強いて言えば『面白そう』だからかな~。それに人助けになるし」
と、ごく楽しそうに答えた。言っていることに嘘はなさそうだった。楽しそうに笑うし、思った以上によく話す。少々軽薄そうな印象を受けるものの、人当たりはとてもいいようだ。
(人助けを志してセロ村までいらっしゃるなんて、偉いひとだなぁ)
ラクリマが感心して耳を傾けていると、メーヴォルはさらに続けた。
「別に、だから知り合いはいないなぁ。まぁ知り合いになるのは、得意だけどね」
いやらしい意味の内容をいやらしさなく、さらりと言ってのけた。
「知り合いと言えば、ここに一緒に来た連中は知り合いですよ。わかってるとは思うけど……昔はいろいろとつるんで悪さをしてたけど、もうそろそろ真面目にやんないとなぁ…なんてね。そういうわけで、取っつきにくいところもあるとは思うけど、よろしくね」
メーヴォルはそこまで話すと、残っていたお弁当をサッサッサとかき込んだ。
「ごちそうさん。とっても美味しかったですよ。これはすぐにでもいいお嫁さんになれるね」
ラクリマは、「本当ですか? よかった、今日はうまくいって」と嬉しそうに笑った。
「ぜひまた作って下さいよ。今度は連中にも食べさせてやりたいなぁ。こんな美味しいものを独り占めできちゃうなんて、僕ちゃん幸せだなぁ」
Gもそれに調子を合わせた。
「今度皆さんをご飯にお招きできたらいいですね」
「そうですね、今度機会があったらみんなで」
「ヴァーさんもいいって言いますよ」
Gは、今のところ他に聞きたいことがないので、あとは軽快なメーヴォルの話に気をよくしたようにころころ笑って過ごした。
お弁当を片づけて、また歩き出した。ラクリマは、アルトとGにはちゃんと聞いていなかったと思い出し、2人に向かっても「美味しかったですか?」と尋ねた。その折り、Gの顔を見て気づいた。
「あら。Gさん、口元についてますよ。待って、動かないで」
そう言って、彼女はGの口元についていたパンくずをふき取ってあげた。パンくずはぽろりと地面に落ちた。
ふと落ちた先に視線をやると……探していた薬草がそれこそ束になって群生していた。
「あっ! こんなところに!!」
言うなりしゃがみこんで、ラクリマは本当にそれが薬草かどうかを確認しだした。
「どうしたんですか?」
アルトが声をかけてきたので、ラクリマは、
「薬草がこんなところにあったんです。こんなにたくさん、すごいですよ」
と、いったん立ち上がり、
「Gさん、ありがとう。Gさんのおかげです」
そう言ってGの両手をギュッと掴んだ。
先ほどから満腹で上機嫌だったGは、ラクリマに両手を掴まれてぱーっと赤くなった。ラクリマは相変わらずニコニコしながら、「ちょっと時間がかかりますけど、ここで薬草を採らせてくださいね」と断った。メーヴォルは、「何かあったんですねぇ、いいですよ、どうぞ、どうぞ」と、気のいい返事を返した。
アルトが「手伝いますよ」と言い、2人は腰を据えて、薬草を採取し始めた。Gはにこにこして見張りにつきながら、メーヴォルに一応説明を入れた。
「薬草を採りに来るついでって言ったじゃないですかぁ、それが見つかったみたいですね」
メーヴォルは採取の様子をしばらく興味深そうに見ていたが、さすがに半刻もすると飽きてきて、辺りをぶらりと散策したりしていた。分別は備わっているらしく、見張りのGの守備範囲内からは出ないようにしていた。
一時間後、約11服分の薬草を採取し終わった。本当はあと少し、取ろうと思えばあったのだが、「野ネズミさんの分を残しましょう」と、根こそぎ取るのは避けたのだった。
4人は、のんびり村に戻った。もうそろそろ日が傾きかけ、寒くなってくる時分だった。
「とっても楽しかったですよ。またぜひ誘ってくださいね」
メーヴォルは最後ににこやかに挨拶して、自分の家に帰っていった。
Gが川に水浴びに行っている間に、ラクリマはキャスリーンの家を訪れた。採取した薬草を見せて、嬉しそうに話した。
「こんなに取れたんですよ。あの、もしよかったら調合を手伝っていただけませんか?」
キャスリーンは快く調合を手伝ってくれた。
作業が終わって、ラクリマは「お礼に」と、4服分を差し出した。キャスリーンは、「何言ってんだい。必要なのはあんたらじゃろ。見つけたのはあんただろうに、こんなには要らないよ」と言って受け取ろうとしなかった。それでもラクリマが渡そうとするので、
「全く受け取らないと気持ちが悪いかもしれないから、半分だけもらっておくよ」
と、2服分を手に取った。ラクリマの手元には、結局、9服分が残った。
新しいひとと親交も深められたし、薬草もたくさん手に入ったし、有意義な一日だったと、ラクリマは思った。そうして、みんなのいる家へと帰った彼女をまず待っていたのは、夕食の準備だったので、その足で食糧を買い出しに行った。帰りがけ、グルバディたちと顔を合わせ、シャバクのことを尋ねたが、やはり戻っていないとのことだった。
「明々後日から仕事なんです~」
若鳥たちはちょっと自信なさそうに、彼女に告げた。
夕食時にラクリマからその話を聞いたセリフィアは、珍しく自ら「森の女神」亭の彼らを訪れ、セロ村で生きていくためのヒントを教えると申し出た。大好きなセリフィアさんにそんな親切な申し出を受けて、グルバディたちは目をきらきら輝かせながら話を聞いた。