6 休日の過ごし方
4月4日。
朝食の席で、ラクリマが言った。
「今日の午後、薬草採りに森へ行ったらいけないでしょうか?」
彼女はついてきてほしそうな顔でアルトとGの二人を見たようだった。Gは即座に応えた。
「行こう、ついでに何か食べられそうなモノもとってこようか」
「あっ、いいですよ。薬草探しくらいならお手伝いできますし」
アルトもそう言ってニッコリとした。それから少し真顔になって、
「……ただ、何かあったときの呪文の援護は、ほとんど期待できませんが」
ラクリマは呪文のことはあまり考えていなかった。アルトには、薬草のことを知っているので一緒に来てもらいたかったのだ。彼女は、
「一緒に行ってもらえると心強いです」
と言って、ニコニコとした。
朝食が終わって、後片付けをしているラクリマの脇に、セリフィアが寄ってきた。彼は、森のどのあたりに行くつもりなのかを尋ね、ラクリマがそんなに奥には行かないと答えると、少し考えこんだ。何事もないだろうとは思うものの、やはりちょっと心配だった。何かあったときにGのそばにいたい……。
セリフィアは今日の午前中、村長の警護を担当していたスカルシ・フェリアに、話を聞きに行くつもりだった。自分ひとりだと心もとないので、食事の前にヴァイオラに一緒に行ってほしいと頼み、すでに承諾を得ていた。
「話を聞くのが午前中で終わったら、一緒に行こう」
そう申し入れてきたセリフィアを安心させようと、ラクリマは言った。
「大丈夫ですよ、Gさんもアルトさんも来てくださいますし、奥には行きませんから。時間がかかりそうなら無理しないでくださいね」
セリフィアとヴァイオラが出て行ったあと、ラクリマは裏手の川に洗濯に行くことにした。洗濯物と籠を用意していると、Gが何をしに行くのか訊いてきた。Gも一緒に洗濯すると言って、籠を担いで家を出た。Gは自分で洗濯したことがなかった(記憶のある範囲では)。先日、パシエンス修道院でボランティアでやったのが初めてで、どういうふうにやるものなのかをまだよく把握できていなかった。それで、ラクリマの手つきを見ながら、見様見真似で洗っていたが、ふと、思いついたように話し掛けた。
「薬草採り、お弁当持って行って……あ、新しく来た狩人さんたちも誘わないか? ガサラックたちじゃなくて、あっちのほう。…全員はアレだから、一人ないしは二人……ダメかな?」
ラクリマは洗濯の手は止めずに、顔だけGに向けた。
「いいですよ、誘いに行ってみましょうか。そうだ、私、お洗濯の後でお弁当作りましょうか? ……でも失敗したらどうしようかな」
それを聞いて、Gは機嫌よく、「一緒に誘いに行こう」と、半分歌うように言った。
続けて、
「ラクリマさんのお弁当なら失敗したって美味しいに決まってる。……少なくとも女神亭のご飯よりは美味しいだろう」
手はすっかりお留守になっていた。
洗い物を干し終わり、二人はゴロツキ狩人たちの家へ向かった。
彼らも新居に入ったばかりで、片付けの真っ最中のようだった。
4人のうち、リーダー格の――確かメーヴォルという名だった――一人が、開け放した戸口に寄りかかっている。他の3人がそれなりに家の準備をしている光景を、ボーっと見ているような、見ていないような、何か指図しているような、全く何もしていないような、そんな雰囲気で立っていた。
メーヴォルは、二人が近づいてくるのに気がつくと、柱から離れてスッと背を伸ばし、丁重に迎える姿勢をとった。
「これはこれは、こんなところにどんなご用ですか?」
彼は、裏表のなさそうな笑みを浮かべた。Gは一歩前に出て、
「私たち午後から薬草摘みついでにピクニックに行くんです。よかったら一緒に行きませんか?」
仲良くなりたい様子を見せつつ、彼を誘ってみた。あまり押しを強くせず、(お忙しいかな?)というようにちょっと控えめにしておいた。ラクリマはその脇でニコニコしていた。
「ピクニックですか~、それはいいですね」
メーヴォルはポンと手を叩いた。
「ぜひお願いします。なにぶんまだこの辺には不慣れなもので。案内してください」
と、自分もニコニコしながら誘いに乗ってきた。他のひとはどうするんだろうと思って見ていると、彼は家の中をふり返って、
「あ、そうそう、皆さんは適当にやってて下さい。私一人で行きますから。問題起こしちゃいけませんよ~」
ラクリマは、メーヴォルを見て、とても器の大きなひとのようだと感じた。にこやかでさわやかな笑顔がひとを引きつける。このひとなら、充分村に馴染めそうだと思った。
Gはちょっと違った。この笑顔は生きるための術、本心を悟られないようにするための作り物だと、彼女は看て取った。今の彼は、彼が演じているメーヴォルという人格で、本当の彼は……隠れて、見えなかった。
「これからお弁当作るので、もう少し待っててくださいね」
二人はいったん暇を告げた。トムの店に寄って、食材を買い込んでから家に帰った。
セリフィアとヴァイオラは、フェリアが河原で訓練中であることを「森の木こり」亭で聞き出し、そちらに向かっていた。河原に近づくにつれ、空を切る音が耳に届くようになった。目指す方向に剣の素振りをしている彼女がいた。
セリフィアたちがさらに近づいていくと、フェリアは手を止めた。
「どうかしましたか」
きわめて事務的に、かつ端的に用件を聞いてきた。
セリフィアは、これも端的に自己紹介をしてから、本題を切り出した。
「私、ご覧のように10フィートソードという特殊な武器を使用しております。そのため、剣の腕を磨こうにも師を探すことに四苦八苦している状態です。この剣の使い手は私を含めてわずか5人、うち二人はスカルシ村のグッナード=ロジャス氏とスカルシ・ハルシア氏です。私としてはぜひこのお二人に稽古をつけていただきたいと考えていました」
フェリアは口を挟まずに、じっと耳を傾けている。セリフィアは続けた。
「ですが過日、グッナード氏のご子息であるバーナード氏にお話を伺ったところ、『彼は悪人で剣を取られるだけだから』と言われ、あきらめかけていました。ところがいろいろな話を聞くにつれ、どうも怪しくなってきました。彼らは親子間でいろいろあったとのこと」
セリフィアは息をついた。それから一気に喋った。
「あなたはスカルシ村ご出身と伺っています。よろしければグッナード氏の人となりを教えてはいただけないでしょうか。本当に剣を奪いかねないような人物なのかどうか。決してバーナード氏を疑っているわけではないのですが、私も必死です。掴めるものがあるのなら、何でも掴むような気持ちなのです」
フェリアは、真摯な態度のセリフィアに向かい、非常に丁寧な口調で答えた。
「その剣は、今の技術では、鍛えることのできないとても貴重な剣です。確かにグッナード様でしたら奪いかねません」
礼を尽くされてセリフィアは嬉しく感じた。自分が話をするのは、もっと嫌がられるかと思っていたのだ。それでも、聞きたいことは自分の事情だから自分で話さないと駄目だと思って、勇気を出して必死で喋ったのだった。
(ヴァーさんが隣にいるからかもしれないな……一人だと追い返されそうだからついてきてもらったんだもんなァ)
ちょっとだけそう思って、彼はフェリアを真っ直ぐ見つめ返した。彼女は再び語りだした。
「グッナード様のご子息様であられるバーナード様が、グッナード様と仲違いをされたことは本当です。その理由は、その剣…です」
彼女はセリフィアの持つ巨大な剣に目を向けてから、再びセリフィア自身に視線を戻し、
「バーナード様は、あなた方が見てもわかるように戦士としての才覚がおありでした。ご自身もそう感じていらっしゃったのか、早くから戦士としての修行を始めました。当然10フィートソードを譲り受けるつもりで。ですが、グッナード様はバーナード様に10フィートソードを譲ることをしませんでした。それどころか、弟子とはいえ奴隷階級のハルシアに稀少な魔法がかりの10フィートソードを譲ってしまったのです。そして、バーナード様は仲違いをして村を出ていかれたのです」
フェリアは少し遠くを見るような目をした。
「グッナード様の真意はわかりません。確かにいろいろな意味で危険な剣ですので、それを思ってなのか、もっと修行をさせたいという父の配慮なのか、それとも、とても利己主義的なお方なので単に気が向かなかっただけなのか、将来の息子の技量を危惧してなのか……」
そこまで話すと一呼吸おいた。
「ともかく、その剣にはそのような因縁があるのです。息子であるバーナード様にすら伝授しなかったその剣の稽古を果たしてあのお方がつけてくださるかどうかとても不安……いや、危険です」
と、彼女は厳しい顔できっぱりと言い切った。セリフィアはがっかりした。やはりグッナード氏に訓練を頼むのは無理なのだ。
セリフィアの落胆が顔に表れていたのだろう、彼を見るフェリアの表情が緩み、
「でも心配されることはないでしょう。私からハルシア様に手紙を出してみましょう。奴隷階級とはいえ、騎士クラスになれば多少の自由が利きます。それに技能指導となれば収入にもなりますし。いつごろが希望なのか教えて下さい」
彼女はそう言ってにっこりと微笑んだ。
「えっ! 本当ですか。ありがとうございます!!」
セリフィアは思わず叫んでいた。ハッとして、うわずる声を抑えながら、
「お話を伺っただけでもありがたいのに、本当にいくら感謝してもしきれません」
と、改まって礼を述べた。それからまた真面目な顔つきに戻り、
「私たちはこれから遺跡に行くつもりです。手元に現金があまりないもので。ですから……もしお願いできるなら来月にしていただけるとありがたいです。そのころにはおそらく代金をお支払いできると思います。場所は……フィルシムでしょうね。とすると、ここからの移動時間も考えて……ゆとりをみて、来月の中旬にしていただけると助かります」
フェリアは、そのように話を通しておくと言ってくれた。
「本当にありがとうございます。よろしくお願いします」
セリフィアは勢いよく何度も礼を言った。満月期でもないのに、満面の笑顔だった。喜びに声が弾み、嬉しさを隠せない様子だった。
「………」
ヴァイオラはずっと黙っていた。一言も喋らなかったのは、セリフィアの新鮮な姿を眺めていたからだ。出会ったころの無口で無愛想な彼からは、信じられない姿だった。
セリフィアはフェリアに午後の予定を聞いたあとで、いったん家に戻った。
家に戻るとちょうど、ラクリマとGがお弁当を詰めているところだった。
「あ、お帰りなさい。どうでした?」
セリフィアはラクリマの問いに、得たりとばかりに午前中の成果を報告した。話す間じゅう、嬉しくてたまらないようだった。
一通り話し終えてから、セリフィアは、
「さっき気づいたんだが、俺はグッナード氏やハルシア氏のことを何も知らないんだ。バーナードは騎士は一人と言っていたが、どうやら両氏共に騎士のようだし。その、フェリアさんから二人のこととかスカルシ村のこと、もうちょっと詳しく聞きたいんだ」
ラクリマとGを交互に見ながら、セリフィアはちょっと申し訳なさそうな顔で言った。
「俺、行かなくてもいいかな? Gもいるし、アルトもいるから大抵のことは平気だとは思うんだけど……」
ラクリマはニコニコして、
「ええ、大丈夫ですよ。それよりもよかったですね、ご親切な方で」
「ありがとう。うん、俺もちょっとびっくりしてる。まだどうなるかわからないけどとりあえず希望が見えたって感じかな」
にこやかに話す二人の横で、Gは複雑な思いを抱いていた。やっとのことで口を開き、
「よかったな。邪魔なモノがいたら切るから別に大丈夫だ、村の外だしな」
と、ややぶっきらぼうに言った。Gの微妙な硬さには気づかなかったセリフィアは、
「ごめんな。今度一緒に行こう。そのときは……あ、いや、なんでもない。今日は楽しんできてくれ」
にこっと笑顔で応えた。Gは少し顔を赤くした。
「……うん」
ゴロツキ相手じゃどう考えても楽しくなんかないよぅと思ったが、口に出すのは我慢した。
セリフィアは最後にアルトのそばに寄った。真っ直ぐ目を見て、「いろいろ頼む。頼りにしてるから」とだけ言った。眼で言外に含むものを訴えながら。




