5 解雇
ヴァイオラたちがそのまま「女神」亭で朝食をとっていると、ベルモートが現れた。
「ヴァイオラさん、屋敷まで来ていただけますか」
いよいよ首切りだな、と、ヴァイオラは腰をあげた。それから思い切り明るく、
「それじゃ、クビ、切られてくるねー」
と、みんなに告げて出ていった。ベルモートが目を丸くしていたのがおかしかった。
ほとんど入れ替わりに、警備隊員が入ってきた。
「ヴァイオラさんは?」
「村長さんのお屋敷に行っちゃいましたけど……もしかして、シャバクさんが見つかったんですか?」
「いえ、手紙が届いてるんです」
隊員はそう言って小さな書簡を見せた。ラクリマは「じゃあ預かります」と言い、それを受け取った。手紙は伝書鳩で運ばれてきたらしかった。
村長の屋敷に入ると、一段ランクの下がる応接室に通された。
(あからさまだなー……)
ヴァイオラの前にはガルモートとベルモート、その少し後方に執政官のヴァルバモルトが控えていた。
「早速だが」
ガルモートが口を開いた。もみじの跡はまだ消えていない。
「急な話で済まないが、君たちを解雇することになった」
ガルモートは残念そうな素振りをしようとしながら告げた。その理由として、ヴァイオラたちのような実力のある冒険者たちに見合う護衛代を支払えないことを挙げた。
「もちろん」と、ガルモートは言った。「ボランティアでモンスター退治をしてくれるのは大歓迎だ。だが、今までのように護衛として給料を請求されるのは困る。何しろ貧乏だからな」ガルモートはここで後ろを振り向き、「そうだろう、執政官殿?」と同意を求めた。執政官は「その通りです」と簡潔に答えた。
「非常に残念なのだが……わかってもらえたかな?」
「ええ、わかりました」
ヴァイオラは、ガルモートが拍子抜けするくらいあっさりと返事した。
「ところで、私は一応この村のアドバイザーです。入村パスはいただけるのでしょうね?」
「それは……ああ、出そう」
「私の仲間にもパスを発行していただけませんか。あれは私の仲間なので」
「それはできません」
後ろで控えていたヴァルバモルトはきっぱりとダメ出しをした。彼は村の財政が苦しいこと、入村税は貴重な収入源であることなどを事細かに説明し、ヴァイオラが何と言ってもその言を翻さなかった。
「まぁ、お前たちも冒険者なんだし、そのくらいの金はあるだろう?」
ガルモートは揶揄するように言って、その話題を終わらせた。
「ところでヴァイオラ殿におうかがいしたいのだが、このたび村にやってきた7人の歓迎会を開くのはどうだろう」
「結構じゃないですか。ただし質素にやるならば、ですが」
ヴァイオラは承認したが、執政官はまた口を挟んで反対した。
「そのような予算は予定に入っておりません」
「だが、大事な村人になる者たちなのだし……」
「いいえ、ダメです」
今度はヴァイオラが楽しく観戦する番だった。ヴァルバモルトはこの件でも「金は出せない」という立場を貫いた。まるで不敗の戦士に見えた。
ガルモートが不服そうにしているのを見て、ヴァイオラは言ってやった。
「ご自分で費用を支払われてはいかがですか。みんな感謝するでしょうし、ガルモートさんも冒険者だったんだから、そのくらいのお金はどうということもないでしょう」
ガルモートは無言で嫌そうな顔をした。これが嫌味であることも、さっきのお返しであることも気づいていないかもしれない
ヴァイオラは村長宅を辞した。
晴れてクビになったはいいが、今後の住居について早急に考えなければならなくなった。今、逗留している大部屋は――これまでは無料だったが――食事ナシで1日10gpかかる。
まずは村の顔役に相談しようと、ヴァイオラはキャスリーン婆さんの家を訪れた。キャスリーン婆さんは快く相談に乗ってくれた。ちょうど川沿いの一軒が空いており、年間の借家料が150gpだという。
ヴァイオラはいったん部屋に戻り、皆を集めて話をした。ここの宿泊料を泊まるたびに支払うか、それとも年間使用料を先に払って一軒家を借りてしまうか。「借家案」への賛成が多数だったので、ヴァイオラはキャスリーンの家に取って返し、すぐに移れるよう手配した。
その前に、ラクリマから「預かりました」と手紙を渡された。
「私に?」
「ええ、伝書鳩でした」
その書簡はなんと実家からだった。「四女ナルーシャの結婚が決定。式に参列されたし。お相手はフォアジェ侯爵の息子ラルソン・バルト=フォアジェ。式は6月10日」。
ヴァイオラが黙っているので、ラクリマは「何か悪い知らせですか?」と尋ねた。
「いや、まぁ、家からね……」
ヴァイオラはそのまま手紙をしまい込み、キャスリーンの家に出かけていったのだった。
早速、引っ越しが始まった。もっとも家財道具がないのだから、「森の女神」亭を引き払うのは簡単だった。
新しい家の掃除は、セリフィアとアルトの小魔法で手早く済ませた。あとは適当に片づけを任せ、ヴァイオラはトムの店へ日用品を買いに出かけた。何しろ空っぽの家だ。寝具から何から全部用意しなければならなかった。人数分の羽布団に枕、食器、それにテーブルや長椅子、風呂桶、水瓶などを揃えたら、すっからかんになった。
少ない予算で鍋類をどういう組み合わせで買おうか悩んでいると、ラクリマが「キャスリーンお婆さんがお鍋や包丁のたぐいを寄付してくださいましたから、台所は大丈夫です」と言いに来た。これで鍋釜には金をかけなくてよくなった。
購入した物品は若者たちに運ばせておいて、ヴァイオラは次に入村の月極パスを買いに行った。村のアドバイザーである自分を抜かした人数分、つまり6人分を買うと180gpにものぼり、財布はさらに干上がった。
(やっぱり何とかして金を作らないとだめだね……)
そんなことを考えながら借家に戻った。中は、あらかた整理が終わっていた。
部屋割りを決める段になって、
「屋根裏がいいっ!」
絶対に揺るぎそうにない瞳で、Gが言った。
「だれが一緒でもかまわんが、私は屋根裏に住ませてくれ」
きっぱりと、言い切った。
これはまずい、と、セリフィアは思った。なぜなら、「家を丸ごと借りよう」という話を決めたあとで、アルトが「屋根裏があったらボク、屋根裏に住みたいですねぇ。なんだか楽しそうじゃないですか」と言うのを聞いていたからだ。
「いいんじゃない。ジーさんは屋根裏部屋で」
ヴァイオラの台詞を上の空で聞きながら、セリフィアはアルトを引っ張った。
「……どうしたんですか?」
みんなからちょっと離れたところで、アルトは尋ねた。最近はよく彼から相談をもちかけられるので、こんなことも慣れっこだった。
「オレも屋根裏部屋に行きたいんだ。悪いが、譲ってくれないか」
セリフィアは真剣な顔つきで、アルトに頼み込んだ。理由を聞かれたらどうしようと思っていたが――さすがに「Gと一緒でなきゃ嫌だ」とは言えない――何も聞かずにアルトは承知してくれた。
セリフィアは自分も屋根裏を希望した。それからうそぶいて言った。
「実家の自室は屋根裏だったから、特に困るということはないと思うけど」
男女の人数割りから、Gとセリフィアが屋根裏に住むのはちょうどいいと、ヴァイオラも思っていたところだったので、そのまま話がついた。
「わーい、セリフィアさんと一緒だ!」
Gは喜んで、早速上にのぼろうと梯子にとりついた。振り返って、
「セリフィアさん、登ろう!」
彼女はさっさと屋根裏に自分の巣を作り出した。セリフィアもあがり、隣で武器の手入れをしながら、楽しそうなGの様子を自分も楽しげに眺めた。
階下の二部屋は、南側がヴァイオラとラクリマ、西側がカイン、アルトとロッツで使うことになった。
落ち着いたところで、ヴァイオラは先刻の手紙をもう一度読み直した。
(あと2ヶ月か……ひと月経ったら返事でも出すか)
だが、ヴァイオラにはクダヒに戻る気がなかった。別に自分が行こうが行くまいが、変わりはあるまい。せっかく捕まえたいい「玉の輿」なのだし、家族の鼻つまみ者が参列する必要も……。
そこまで考えたとき、脳裏に閃くものがあった。
(これってもしかして……)
同室のラクリマはちょうど台所で食事の支度をしている。ヴァイオラはコミュニケーションスクロールを取り出すとフォアジェ侯爵の名を記し、閉じて待った。
返答は、彼女の予想した通りだった。
ユートピア教。
フォアジェ侯爵はその信者である可能性が高い。
ついに自分にも矛先が向いたらしい。ヴァイオラは「う~ん」と考えこんだ。が、良案は浮かんでこなかった。とりあえずまだ時間に余裕がある。それでこの問題は先送りにされた。
新しい家で初めての夕食が終わって、ゆったりとした時間が訪れた。
不意に、ラクリマが口を開いて言った。
「あの、この家の費用ですけど、みんなで出し合ったほうがいいんじゃ……?」
Gはすぐさま反応した。うんと頷いてから、
「ドルトンの護衛代はみんなの分を費用に回すとして……足りないよなぁ。どうせなら、とりあえず分けていくらっていうんじゃなくて、まとまったお金で共同の資金を構築し直さないか? これ以後一定の収入が入ったときには、何か買うものが高額だとかでなかったら共同財布に入れていいと思う」
ヴァイオラは、彼らに金銭の使い方を学ばせるために、しばらく黙っていることにした。Gは話を続けた。
「あ、ヴァーさんが金銭管理させられてることについては、『ヴァーさんが金銭管理を任せられるようなヤツ』がいない以上、今まで通りヴァーさん管理で我慢して欲しいな。『自分の金をコイツに任せてもイイ』って認めるヤツが出たら、そいつと交代すればいいし」
アルトが「そうですね」と相槌を打ったが、カインとセリフィアは黙ったままだった。異論はないのだろう。それにしても何を考えているのかわからない。
ヴァイオラは仕方なく合いの手を入れた。
「あれ、そういえば言ってなかったね。この家と入村パスのお金、今までの村の護衛代を充ててるからね。だから報酬ゼロ」
本当のところ、それでも足りないのが実情だった。
「それはかまいませんけど、報酬っていっても……」ラクリマは彼女なりに見積もったらしく、少し間をおいてから続けた。「それだけじゃ足りてませんよね? 今後の食費とかもありますし……」
「まあ、そうだけど。君たちがそれでいいならそうして」
「あの、今はどのくらい赤字なんですか?」
ラクリマがそう尋ねると、ヴァイオラは苦笑いした。
「最初からずーっと赤字なんだけど。だから聞かない方がいいよ」
ラクリマはハッとしたあとで、
「………わかりました。聞かないことにします」
それから、
「今まではともかく、これからのお金はどうしましょう? やっぱり一人五十か百くらいずつ出し合いますか? 普通に自炊しても食費はそこそこかかると思いますし……」
Gは、アルトが「お金がない」と言っていたのを思い出して、
「何かあったときのための分を残して、各自適当にあんまり細かくない額で出し合うのじゃダメか? みんな同じ額のほうがいいだろうっていうのはわかるけど……」
と、提案した。
それで話が決まったので、早速それぞれ出せる額面をヴァイオラに預けた。最初から最後まで黙っていたカインも、トーラファンに魔法の指輪を売ったときにもらった宝石5つをまるごと供出して、異論のないことを行動で示した。
夜も更けた。今までも同室に寝泊まりしたことはあったが、家を持ってみんなで寝るのは初めてだった。何名かは、うきうきふわふわするような思いを楽しみながら、眠りについた。




