4 行方不明
4月3日。
朝の5時に、ラクリマは起きて身支度を整えた。そのまま神殿へ向かおうとしたところ、「森の女神」亭の前で若者らがガヤガヤと話している。それも何かあせっている様子だった。
「今まで帰ってこないなんて、いくらなんでもおかしいだろ」
「わかってるよ。だからってどうするんだよ」
「……あの、どうかなさったんですか?」
ラクリマが背後から声をかけると、グルバディたちは飛び上がらんばかりに驚いた。
「あの……?」
「あ、あなたはセリフィアさんと一緒の……」
グルバディは「シャバクを見ませんでしたか?」と訊いてきた。
「シャバク…さん…?」
「シーフのやつです」
「いいえ。どうかされたんですか?」
「戻ってこないんです」
ラクリマは事情を聞いた。シャバクは昨日、ギルドへ行くと言って出ていったきり、一度も宿に戻っていない。最初はギルドで何か用事があるのだろうと思っていたが、今の今まで戻らないにいたって、これはおかしいとはっきり思うようになった。グルバディたちは男3人で一通り村の中を探してみたが、やはり見つからないのだという。
「断りも入れずに穴を空けるようなやつじゃないんです」
と、ウォゼーが言った。
「それは困りましたね」
ラクリマは3人の顔を交互に見ながら言った。
「とにかく、お前ら、一度寝てこいよ。ここは俺がいるから」
「そうだな。ウォズ、あとは頼むよ」
グルバディとケウィナーはそう言って宿の中に消えていった。
「どうもお騒がせしました。何かあったら知らせてもらえますか」
ウォゼーは丁寧に頼むと、彼も中で待機するつもりなのだろう、扉を開けて入っていった。
「あの……」
ラクリマがそのあとを追って「森の女神」亭の1階に入るのを、ちょうど「坊ちゃん塚」に詣ろうとして出てきたヴァイオラが目撃した。
(……?)
ヴァイオラはその場では気に留めず、川原の「坊ちゃん塚」へ石を積みに行った。
「女神」亭の中に入ったラクリマは、ウォゼーに申し出た。
「あの、ウ、ウォゼ…」
「ウォゼーです。ウォズでいいですよ」
「ウォズさんも酷いお顔ですよ。よかったら私が番をしてますから、ちょっとでも寝てきたらどうですか?」
ウォゼーはしばらく黙って考えていた。眠い頭で、ラクリマの言葉もなかなか入っていかない様子だった。それからやっと答えた。
「あと1時間くらいで女の子たちが起きてくると思うから……俺はここにいます」
「そうですか……じゃあ、せめて一緒に番をさせてください」
そういってラクリマは近くの椅子を引いた。ウォゼーはいいとも悪いとも言わなかった。眠気と戦うだけで必死みたい、と、自分にも覚えのあるラクリマは思った。
その頃、ヴァイオラは川原から部屋に戻って思い出していた。さっき、ラクリマは何をしていたのだろう。だれかを追いかけて「女神」亭に入ったみたいだったが。
一応様子を見ておこうと、ヴァイオラは腰をあげた。
「おはよ、ラッキー。何してるの?」
「あ、おはようございます、ヴァイオラさん」
ラクリマはヴァイオラに朝の挨拶をしてから、シャバクが行方不明であることを説明した。ちょうど日課の歌を歌い終わったらしく、Gも階段の上から降りてきた。
「わかった。ちょっとうちのシーフにもきいてみるよ」
ヴァイオラはいったん部屋へ戻り、ロッツを起こしてギルドへ走らせた。
20分ほどして戻ってきたロッツは、「昨日は確かにギルドへ来てます。でもすぐに帰ったっていう話ですぜ」と、彼女に報告した。
ヴァイオラは「女神」亭の中のGとラクリマに「警備隊の詰め所へ行ってくるよ」と声をかけて歩き出した。詰め所には運良くスマックがいた。ヴァイオラはシャバクのことを簡単に説明し、何か知らないか尋ねた。
「さてなぁ……ちょっと待ってくれ」
スマックはそう言って、平の警備隊員(要するにただの村人)を呼んできた。
「昨日村に来た若い連中の一人が、行方不明だそうだ。何か見かけたりしなかったか?」
「いや、別に…」と、男は興味なさそうに否定しようとしたが、「あっ」と小さく叫んだ。
「なんだ?」
「そのひとだ。門から一度出てって、戻ってません」
「なんだって!?」
彼の話によれば、若い盗賊風の男――十中八九シャバク――が昨日の夕方、門から外に出ていった。「すぐそこまでで戻る」というので放っておいたのだが、村人でもなかったし、他のことに関心が移ってそのまま忘れてしまったというのだ。
「ちゃんと報告しなきゃだめだろ!」
スマックはやや声を荒げた。
「すみません、でも本当にすぐ戻る様子だったんですよ」
男は情けない声で弁明した。
「どこへ行くか、何も言ってなかった?」
ヴァイオラが口を挟んだ。
「え……あ、川原です。そこの川原までって、言ったと思います」
「川原へ何しに行くかは言ってなかった?」
「さぁそこまでは……でも何だか人と会うような感じでしたよ」
ヴァイオラは礼を言って詰め所を出た。スマックは「そいつが戻ってきたらすぐ知らせるからよ」と彼女の背中に声をかけた。
「女神」亭の扉を開けると、ラクリマが「いらっしゃいました?」と訊いてきた。ヴァイオラはそれには答えず、ウォゼーのほうを向いて黙って立った。
「…あまりよくない知らせですね?」
ウォゼーはヴァイオラをじっと見て言った。
「……シーフの彼って、一人歩きする癖とかある?」
「仕事でならありますが」
ヴァイオラはまだ立ったまま、ウォゼーに言った。
「昨日、一人で門から出ていったって話だよ」
「馬鹿な!」
ウォゼーは思わず叫んだ。
「一人で村の外へ出るような奴じゃないんだ! この村が危険なことは、俺とダーレアでさんざん言い聞かせたんだから! あいつがわかってないわけないんだ!」
ウォゼーは完璧に動揺したようだった。
「だれかに呼び出されたのかもしれない」
ヴァイオラがそう言ったのを継いで、ラクリマが「彼を呼び出しそうなひとは、だれか心当たりあります?」と訊くと、ウォゼーは怒鳴り返した。
「見当がつきませんよ、そんなもの!!」
ヴァイオラはとうとう決心した。
「ちょっと探しに行ってみよう」
他人のことだし放っておこうかとも思ったのだが、ただ放置するには状況が奇怪すぎた。
「ガサラックさんに手伝っていただいたらどうでしょうか?」
ラクリマの提案をヴァイオラは採択した。
「そうしようか。じゃあ『木こり』亭に行って来るよ」
「私も行きます」
「そう? そうしたらジーさん、他のみんなを起こしておいて。すぐに出発するから」
「はあい」
Gは離れに戻り、ヴァイオラとラクリマはガサラックたちが泊まっている「森の木こり」亭に向かった。
すでに起きて朝食の仕込みにかかっていた「木こり」亭の主人に部屋を尋ね、二人は二階の部屋の扉をノックした。
「ガサラックさん、お早うございます。朝からごめんなさい、お願いがあるんですが」
がさごそとひとの動く気配がして、ドアの向こうにガサラックが現れた。
「どうしましたか」
「実は、昨日、一緒に来た人たちのお仲間が一人、行方不明になっちゃったんです。これからちょっと探しに行くんですけど、もしよかったら一緒に見に行っていただけませんか?」
ラクリマのおおざっぱな説明を聞いて、ガサラックは「いいですよ」と承諾してくれた。すぐに用意するからと、いったん中に戻ろうとしたが、その前に苦笑とともに一言残した。
「聞きしにまさる村ですね」
全く返す言葉もない、と、ヴァイオラは思った。なんだってこの村でばかり、こう奇妙なことが次から次へと起こるんだろう。
ガサラックと一緒に表に出たところ、他のメンバーも準備を済ませて出てきていた。ヴァイオラは手短に状況を説明し、一同はシャバクの足取りを探しに川原へ向かった。
川原までは足跡をたどれた。だが、その川原で、ガサラックもロッツも足取りを追えなくなってしまった。
「……俺にはこれ以上はよくわからない。済まない」
「あっしにもわかりやせん」
ヴァイオラがどうしようか考えていると、アルトの声がした。
「あれ、なんかここに足跡みたいなのがありますよ」
「ああ、ここにもあるぞ」
アルトのすぐ手前でカインも声を上げた。
一同は跡を消さないように気をつけながら、アルトのそばに寄ってみた。なるほど、かすかな足跡が残っているようだ。奇妙なことに、それは躊躇いなく川の中へ向かっていた。
「どうして川に入ってってるんでしょう?」
「さあね」
ラクリマの問いを軽くいなしながら、ヴァイオラは嫌な感じを覚えていた。暴力で引きずり込まれたのではない。だが正常な人間がこんなふうに川に入って行くとは思えない。残るは……魅了系の魔法か……?
「あぶないっ!」
Gの叫びと同時に、何かがアルトに向けて襲いかかった。
「えっ?」「なんだ!?」
ラクリマとカイン、セリフィアは一瞬の驚きに支配された。アルトは反射的にGのほうに動いて、危うく攻撃をかわしたものの、やはり驚いてそれ以上動けなかった。
「シャドウだ! 気をつけろ!」
Gは叫びざま、モンスターに剣を叩き込んだ。
次の瞬間、我に返ったアルトが鳥籠からカプチーノ(という名前でポケットドラゴンの姿をしたマジックミサイル)を放った。肉体を持たぬ怪物もあっけなく絶命した。
「やれやれ。こいつのおかげで足跡が何もわからなくなっちゃったよ」
「あっ…」
ヴァイオラの指摘どおり、今の争いであたりの地面は踏み荒らされ、足跡も何もわからなくなっていた。これ以上、情報を得るのは無理なようだ。
一同は村へ戻った。ヴァイオラは警備隊に状況を報告し、注意だけ喚起した。
ガサラックと宿の前で別れて「女神」亭の扉を開けるなり、若鳥たちのさざめく声が耳に入ってきた。
「やっぱり俺たちも探しに行くべきじゃないのか?」
「セリフィアさんが行ってるんだぞ。俺たちにできることなんかないだろ」
扉の開く音に、若鳥たちはパッと振り返った。ウォゼー以外の仲間たちも揃っていた。
「セリフィアさん!」「どうでしたか?」
グルバディたちは一斉にセリフィアを取り囲んだ。セリフィアは重い口を開いて言った。
「小川のところに足跡があったが、川の中へ入っていったようだった」
「川の中!?」
グルバディが素っ頓狂な声をあげた。それも無理からぬことだろう。
「そいつ、昨日とか、何も言ってなかったのか?」
「いや……何も聞いてない……だよな?」
グルバディは他の仲間の顔を見回した。だれも、何も心当たりはなかった。狐につままれたようだった。
ウォゼーが改まって、
「お手数をおかけしました。あとは自分たちで探します」
と、セリフィアに礼を述べた。セリフィアは最後に「見かけたら先にディテクトイビル〔悪を見破る〕をかけるんだ」とアドバイスした。
「それよりグルバディ、お前、村長の家に呼ばれてるんだろ」
ウォゼーがグルバディを振り返って言った。
「あ、ああ、そうだった。ダーレア、一緒に来てくれるかな」
「ええーっ、グルバディとはあたしが一緒に行くのー」
ベルテという女魔術師がグルバディにまとわりつきながら、甘えた声を出した。
「お前はだめだ。留守番」
ウォゼーがベルテの首根っこをつかんで、引きはがした。ベルテはふくれっつらをしたあと、ウォゼーの向こうずねを蹴飛ばした。
「ベルテ。これは大事な話なんだから」
ダーレアが諭すように言うと、ベルテはぷいと向こうを向いてしまった。
「とにかく」と、グルバディは仲間に言った。「行って来るよ。一人減っちゃったことも報告しないとな」
彼はダーレアと二人で、村長の屋敷の方角へ歩いていった。ウォゼーは睡眠をとるのだろう、一人で階上へあがっていった。




