3 入れかわり
部屋にはロッツ以外の全員が戻っていた。グルバディの仲間のシーフも見かけないことから、2人で一緒に盗賊ギルドへ行ったのだろうと、ヴァイオラは気に留めなかった。グルバディ本人と女僧侶も不在のようだ。早くも村長宅で契約しているのかもしれない。
ロッツはおっつけ来るだろうから、と、一同は「森の木こり」亭へ向かった。「木こり」亭では、女戦士フェリアが一人で夕食を取っていた。ヴァイオラは彼女に挨拶した。
「あなたも大変ですね」
彼女は「それが我々スカルシの任務ですから」と返してきた。契約が解除されていないので、後任の村長が決まるのを待って、その後ふたたび任務につくということだった。
「村長の遺言はなかったんですか」
ヴァイオラが思いついて尋ねると、フェリアは、
「次の村長に従うように言われています。しばらくは村を守るつもりです」
と、答えた。フェリアのような強者が村を守ってくれるのは、ありがたいことだった。
夕食を始めたころ、ロッツがやってきた。
「案内してきたの?」
ヴァイオラは新人シーフのことをほのめかした。ロッツは「案内するほどじゃないでしょう。すれ違いました」と答えた。
夕食後、ラクリマは神殿に祈りを捧げに行った。
神殿の中はひんやりとして静かだった。暗くてよくはわからなかったが、以前より丁寧に手入れされているようで、最初のころよりも室内が若返ったような印象を受けた。
彼女は祭壇の前で跪いた。祈りを捧げだしたところ、人の気配がして堂内が明るくなった。
「暗い中でお祈りをされるのもなんですから」
カウリーだった。彼は燭台を手に、堂内の灯りに火を点していった。
「そんな、もったいないですから、どうぞそのままで」
ラクリマは恐縮したように立ち上がった。カウリーは微笑んで言った。
「いいえ。せっかくあなたのような信心深い方にお祈りにいらしていただいているのですし、我らが神エオリスに捧げる祈りを少しでもないがしろにしたくはないと心得ておりますから」
「……ありがとうございます」
ラクリマは素直に感謝した。それからカウリーの好意のもとで、祈りをあげた。
(フィルシムでも、セロ村でも、私は好意に支えられるばかりです。どうか、正しく振る舞えるように導きをたれたまえ)
カウリーはずっとその様子を見守っていた。祈りを終えて、ラクリマは彼に心からの感謝を述べると、宿に戻った。
ヴァイオラが酒瓶を抱えて「女神」亭の1階に入った途端、「来たか」とあちこちから声が挙がった。酒飲みどもは、皆、彼女の到来を心待ちにしていた。
ジャロスが立ち上がり、肩に手を回してきた。
「デートしようぜ」
「わたしゃみんなと飲もうかと思ったんだけど」
ヴァイオラがそう言うと、ジャロスは酒飲みどもを向いて「みんな、借りるぜ」と宣言した。ガットたちは「え~、あとでちゃんと返せよ」などと言いながら、承認したようだった。
(……わたしゃだれのものでもないんだけど)
ヴァイオラの思惑を余所に、ジャロスは彼女の手を取って「上がいい? 外がいい?」と聞いてきた。ヴァイオラも観念して「外にしましょう」と答えた。
「ああ、これ、土産の酒」
出る前に、彼女はスルフト村で買った酒――といっても地酒はなかったので銘柄はフィルシムのもの――を、ガットたちの前に置いた。彼らは「お、いい酒じゃないか、ありがたい」と喜んで、早速栓を抜きにかかった。
「ちゃんと私の分もとっておいてよ」
ヴァイオラは釘を差した。「わかってるって」調子よく答える彼らを背に、2人は「女神」亭を出て河原へ向かった。途中でスマックと目があったが、スマックは「…あの2人なら夜でも大丈夫だろう」と看過することにしたらしかった。それよりも、ジャロスが「女神」亭から持ち出した酒瓶をめざとく見つけて、
「あっ、酒!」
「お前は勤務中だろ!」
ジャロスは、しっしっと手でスマックを追いやってみせた。
ジャロスとヴァイオラは月明かりに揺れる川面を見ながら、腰を下ろした。ジャロスは持ち出した杯に酒を注いでヴァイオラに勧めた。それから言った。
「君たちが戻ったから、俺たちは出ていくつもりだ」
どうして、とは聞けなかったが、相手は察したように、フィルシムで戦闘技能訓練を受けたいのだと言い足した。
「おかげで俺たちもずいぶん鍛えられた。今なら俺もバーナードも申請すればすぐに騎士になれるだろうな」
ジャロスの台詞を聞いて、ヴァイオラは彼らの実力のほどを再認識した。
「ブリジッタとカーレンは置いていく。この村でやっていくってブリジッタが決めた以上、彼女は村に馴染むほうが先決だからな。あの…」
ジャロスは苦笑いとも嘲笑とも取れる笑いを浮かべた。
「猪突猛進男を止められるのもブリジッタだけだろうし」
(そうかもしれないが……本当にそうなんだろうか)
ヴァイオラはさりげなく口にした。
「ブリジッタさんもねぇ……結構悩んだんじゃないの?」
「カーレンのこともあるしな」
ジャロスは杯を飲み干した。改まった調子で、ヴァイオラに向かって言った。
「ま、そういうことだ。こういうことは中で話すのもなんだしな」
「いつ発つの?」
「ドルトンたちと一緒に」
2日後とは急な話だ。だが、これだけ高いレベルの冒険者なのに、ブリジッタのことはあるにしても、ずっとこの村でただ働きをしてくれたのだ。これ以上は引き留められない。
ヴァイオラは話題を変えた。ハイブの被害がどうだったか尋ねると、ベルモートと同じ答えが返ってきた。南側は被害があまりなく、北にいる虎族の被害が大きいらしい、と。
「そういや、狼の連中が粗相をしてるんだって?」
ジャロスは思いついたように聞いてきた。狼族の関所のことを言っているらしい。ヴァイオラは肯いて、来る途中に出会ったことを話して聞かせた。
「ドルトンたちがいなければ、やっつけたんだけどね」
そう言うと、「お前らも強くなったよなぁ」と、ジャロスは感慨深げに口にした。最後に付け足して、「最初のころに比べれば、な」
「それは言わない約束でしょー!!」
ヴァイオラは明るくバシッとジャロスをはたいた。ジャロスはもう一言付け加えた。
「ま、俺から見ればまだまだだけどな」
それから、「お前ら、仲間を組んで何ヶ月だ?」と、訊いてきた。
「古株は4ヶ月だけど、入れ替わりがあったからね」
「入れ替わりはあるだろ。俺たちもレイは途中で拾った。一緒にやってくはずだった魔術師が死んじまってな」
彼はさらに話を続け、スコルとは最初から一緒だったことなどを饒舌に語った。
「あんたらの成長は目を見張るものがあるよ。さすがセロ村、って感じだな」
ジャロスは笑って言った。
「それで、今後どうするの?」
「まぁ、とりあえずは訓練だな。終わったら一度はここに戻るだろう。バーナードにすれば家族を置きっぱなしってわけにもいかないからな」
「大変ね。3年経たないと決まらないしねぇ」
「その前に失脚するかもしれないぜ」
本当にそう思っているのか、彼は至極楽観的な意見を述べた。ふっと真顔に戻って、
「それよりもアドバイザーの君が頑張らないと。大変だな」
ジャロスは腰を上げた。
「早く戻らないとさっきの酒が飲めなくなっちまう」
「もうないよ」
ヴァイオラが半分あきらめたように言うと、彼も苦笑しながら「そうだな」と認めた。
「まぁ、戻ろう。あまり遅いと下衆な勘ぐりをされるぜ」
差し出された手を掴んで立ちながら、ヴァイオラは「私は身持ちが堅いから大丈夫」と返した。「そうか。俺はいつでも歓迎だがな」
二人が酒場に戻ると、やはりスルフト土産の酒は空になっていた。
「ああ、スマンスマン、これっぽっち残しておいてもしょうがないと思ってなぁ」
ヘルモークが、申し訳ないとはまるで思っていなさそうな口調で、一応の言い訳を述べた。ヴァイオラはちょっと彼らを睨んで、
「1本、おごってくれるんでしょうね」
「じゃあいつもの奴を」とヘルモークがいい、ヴァイオラを加えて酒盛りが再開された。
「ベルモートは少し変わったよなぁ」
ガットが言うのに、ヘイズがあとを引き取って、
「ああ、昔はただ『やらされてた』けど、今は自分から率先して雑用をやるようになったな」
でもやってることは結局「雑用」なのね、と、思いながら耳を傾けていると、
「ああやって一所懸命に走ってると、かわいいよなぁ」
「まだ頼りないけどな。だいたい村の年寄り連中はベルモートがかわいくて、若者連中は押しの強いガルモートを推しているようだ」
おや、と、思ってヴァイオラは口を挟んだ。
「ブリジッタさんは?」
「ブリジッタはなんだか自分のことで手一杯みたいだなぁ。あとはガルモートとベルモートの仲裁とか。まだ何ともわからん」
ということだった。
「カウリーさんは、前のスピットさんよりも格が上のようだね」
ヘイズの声が耳に入って、ヴァイオラは少し苦い思いにとらわれた。先刻、ベルモートと話したときにもそれは感じられた。カウリーはこの村にうまく溶けこんでしまったのだ。ガルモートの一団の中でも、おそらく一番厄介な、はっきり言えば悪質な人間が……。
「……まぁ、格と霊格とは違うからね」
そう言って押さえをきかせようとしたが、酒飲み相手では仕方なかったかもしれない。
「俺はそろそろ引き上げるわ。じゃあな」
ヘルモークが立ち上がった。ヴァイオラにはそっと「あとで部屋へ行くよ」と告げてあった。酒場から出ていく彼の後ろ姿を見ながら、ヴァイオラは、
(私も、部屋に戻る前にちょっとアルコールを抜いたほうがいいな)
と思った。でなければ、酒のニオイが嫌いなセリフィアが部屋から逃げ出してしまうだろう。
少しして、彼女も「皆さん息災で何よりでした」と言って、酒場をあとにした。出る間際に、グルバディたちが「シャバクが戻ってこない」と言い合っているのを耳にした。
(シーフの彼か……一応、探っておくかな…)
彼女は酒場から出ると、外で酒気を抜いていたヘルモークを誘って盗賊ギルドへ行こうとした。
「なんだ、こっちはギルドじゃねーか。俺はイヤだよ」
「何か、帰ってこないのが一人いるみたいなんですよ」
だがヘルモークは「先にお前らの部屋へ行ってるよ」と、さっさと離れていってしまった。
ヴァイオラは盗賊ギルド、すなわちツェット=ゼーンの家の扉を叩いた。
「何か用かね」
ツェットの不機嫌な声が、戸の向こうから聞こえた。扉が開く気配はなかった。
「新人のシーフがこちらにご挨拶に伺ったはずですが、まだ戻らないそうです。こちらにはいないんですか」
ヴァイオラがそのようなことを尋ねると、ふたたび不機嫌そうな声がした。
「来たような気もするが、知らん。あんたに何で喋らにゃならん」
突っけんどんに言い捨て、ツェットは奥へ引っ込んでしまったらしかった。ヴァイオラは仕方なく自分たちの部屋へ戻った。
「ただいま」
ヴァイオラが部屋の扉を開けると、対面の窓からぬっとヘルモークが姿を現した。
「はっはっは、待っていたぞ!」
「………」
「………」
全員、言葉がなかった。
「……何か悪いもんでも食べたんですか?」
ヴァイオラは後ろの扉を閉めながら言った。
「いや、疲れてるだけ」
ヘルモークはため息とともに、窓から入り込んできた。酒気が漂って、セリフィアはヘルモークとヴァイオラの両方から一番遠い場所に移動した。
「お疲れのところを済みませんが、狼族の話は聞きましたか? 通行税を取ってますけど」
ヴァイオラが尋ねるとヘルモークは再びため息をついた。
「獣人同士のテリトリーがあるでしょうから、虎族でなんとかしてくださいよ」
「それはできない」
ヘルモークは首を横に振った。いつになく重い口振りだった。
「ハイブの被害がひどいんだ」
一同はぞっとした。戦士としての能力に長けた虎族を蹂躙するほど、ハイブの勢力が拡大しているのかと思うと、気が重かった。ヘルモークはそんな彼らに、ハイブの範囲について調査したこと、被害は北側(虎族の集落がある方角)に集中していること、彼らの巣は規模を増しているらしいことを報告した。
「……フィルシム王宮からは何の打診もないし…」
ヴァイオラが考えこみながら口にしたのを聞きつけ、ヘルモークは「それだけの力がないんだろ」と切り捨てるように言った。
「まぁ、そんなところだ。困った困った」
ヘルモークの口調は、ふたたび軽い調子に戻っていたが、本当に困っているらしいことはだれの目にも明らかだった。
ハイブの話はいったん打ち切りになって、セロ村の近況が話題になった。
「そういえば」
と、ラクリマが口を開いた。
「バーナードさんはずいぶん村に溶けこんでいるみたいですね。キャスリーンお婆さんのお家にもよくいらしてるみたい」
ラクリマ以外の人間は、それを聞いて(根回しか?)と思った。Gはヴァイオラに言った。
「おお、ヴァーさん、あのばーさんはもう駄目だぞ。すっかりバーナードに懐柔されてる。バーナードのことを『いい男』とか言ってたし、駄目だ、あれは」
「………」
ヴァイオラは黙ってGを見返した。自分も、アズベクト前村長の言葉がなければ、バーナードを危険と思うことはなかったかもしれない。あるいはジャロスが梟を飛ばしていたことを聞かされなかったら、彼らをまっとうな冒険者だと思っていたかもしれない。だがそうではないのだ。ガルモートたちも厄介だが、こちらも根が深そうでイヤだった。
「あの……?」
ラクリマが、話がよくわからないというように声を出した。Gは「いや、なんでもないんだ、ラクリマさん」とその場をごまかした。
「ああ、そうそう、私が例の話をしたからですかね、あの新人冒険者たちは?」
ヴァイオラはさりげなく話題を変えた。「例の話」とは、前回この村を発つときにヘルモークに「少し値上げしてもらえないか」と聞いたことを指していた。
「ああ、そうだ」
ヘルモークはあっさり答えた。
「君たちは明日にでもクビになると思うよ」
「えっ! クビになっちゃうんですか!?」
ラクリマは驚きの声をあげた。ヴァイオラは「やっぱり」と洩らした。
「クビになるのは構わないですけど、決定は合議制ですよね? 他の人たちも私たちのことを要らないと思っているとは思いたくないんですが」
ヴァイオラの問いに、ヘルモークは説明した。確かに、解雇の動議を出したのはガルモートである。ガルモートは「金銭面」を前面に押し出して、彼らの解雇を主張した。ガットやヘイズ、ベアード=ギルシェらは、ヴァイオラたちに好意を抱いてはいるものの、金銭的なことを持ち出されると反対できない。結局、解雇に反対する者はキャスリーン婆さんだけになり、多数決で決まったわけだった。
ヘルモーク自身は、彼らに好意を抱いているからこそ、逆に「この村に縛るべきではないのではないか」と考えた。それで解雇案を受け入れた、というのが大筋のようだった。
「じゃあ、エイトナイトカーニバルへ行かないか?」
Gは明るい声でみんなに提案しながら、何やら紙を取り出した。
「これ、地図」
「……これはもしかしてエリオットから?」
ヴァイオラの問いにGはうなずいた。ヴァイオラは微笑んでGの頭を撫でた。
「がんばったね、ジーさん」
「うん、がんばったぞ!」
Gは胸を張って応えた。
相談したあげく、明後日からエイトナイトカーニバルの迷宮へ出発することが決まった。
ヘルモークが帰ると言うので、最後にヴァイオラは「グルバディくんたち、冒険に慣れてないみたいだからちょっとやばいかも。生き残れるといいけどね」と言いさしておいた。
「……まぁ、陰から支えておくか」
ヘルモークはそう呟いて、自分の家へ帰っていった。




