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7 焼失

「頭が破裂しそうなので、もう帰ります」

 ヴァイオラはそう言ってトーラファンに暇を告げた。

「そうか、ではフィーファリカに送らせよう」

 ローブにすっぽり身を包んだフィーファリカとともに、ヴァイオラは魔術師の館を出た。出てすぐのところで、彼女を迎えにきたセリフィアたちとばったり出会い、そこから先は5人で帰った。

「青龍」亭に帰り着くと、意外な客が待っていた。ドルトンだった。ヴァイオラが入っていくなり寄ってきて、「護衛を頼みたい。引き受けろ」と高飛車に依頼してきた。

「は?」

「危険度があがっているので、君たちに護衛を頼むと言っているんだ。一人10gp、食糧はセロ村から支給されているだろうから、出さん。いいな」

 ヴァイオラはすぐさま応じて、

「でもね、ドルトンさん。私たち、セロ村でも値上げ交渉中なんですよ。一人10gpというのはね……」

 ドルトンは仲間を振り返り、「相場は幾らだ」と尋ねた。「普通の相場だと、そいつらのレベルならひと月で一人頭250gpだろう」と、従兄弟で魔術師のガルトンが答えた。

「それはとても無理だ」

 ここでGが話に割って入った。

「なぁ、ヴァーさん、これだけ頭を下げているんだから、一緒に行ってやってもいいんじゃないか?」

 ヴァイオラは、

「もちろん、あなた方はセロ村にとって重要な人間だから、相場よりお安くしますよ。こうしてはいかがです。パーティ全体で100gp、食事付きということで」

「だめだ、アシが出る」

「……物資を少しお分けしますよ。それを補てんすればいいでしょう」

「物資? どこにそんなものが?」

 ヴァイオラは、小魔法キャントリップで生成するはちみつのことを考えていた。ドルトンは商人なのだから、渡せば商売のタネにするだろう。その差益を自分たちの報酬に充ててもらえばいい。

「明日、お見せしますよ」

 今この場で見せるわけにもいかないので、ヴァイオラがそう言うと、ドルトンは、

「……いいだろう。出発は26日だ」

 一同は思った。(そんなにあとなのか?)

「もう少し前にずらしたほうがいいですよ」

 ヴァイオラは一同を代表して意見した。

「それはできない。セロ村との約束があるし、月の運行を見て一番安全な日を選んであるんだ」

「ですが、先日、セロ村付近でロビィたちがハイブに待ち伏せされて襲われたのを覚えているでしょう。おそらく、あなた方の隊商のスケジュールもハイブには知られてしまっています。全く同じ日取りにすると、同じように待ち伏せされる可能性があるんですよ」

 ドルトンは少し青ざめた。

「わかった。日にちのことは計算してから返答しよう。明日、また来る。その『物資』とやらも見せてくれるんだろう」

 そう言って、彼は踵を返した。

「あ、ドルトンさん」

 ヴァイオラは彼の背中から追いかけるようにして尋ねた。

「どうして私たちなんですか? 他のところには断られたんですか?」

「いろんな事情があって、君たちが最適と判断したんだ」

 ドルトンはそれだけ言い捨て、宿を出ていった。

「さて、ご飯にしようか」

 ロッツもちょうど帰ってきたので、一同は「青龍」亭の一階で食卓を囲んだ。

「ラクリマさんは?」

 Gの質問に答えてカインは言った。

「彼女は修道院だ」

「一緒に夕飯を食べないのか…?」

 Gは少し寂しそうに言って、平たく切られた芋の焦げ目をわびしげにつついた。

 食後、ヴァイオラはロッツに頼んだ。「ジールという娘の消息を、できたら調べておいて」

「合点でさ」

 ジールというのは、パシエンス修道院の僧侶サラの知り合いで、セロ村からフィルシムに向かったあと行方不明になっていた。サラが彼女の消息を非常に気にかけていたので、ヴァイオラも折に触れて調べるようにしていた。

 彼女はいつものように、彼に100gp相当の宝石を一つ渡した。他に何事もなく、夜は更けていった。


 ラクリマが修道院に帰ったとき、クレマン院長はちょうど外出の準備中だった。

「どちらかへお出かけですか?」

 ラクリマが尋ねると、彼は中小規模の修道院院長の寄り合いに出かけるのだと答えた。

「………」

 ラクリマは何やらもの言いたげにしていたが、そのまま言葉を呑み込んでしまった。クレマンはそれには気づかず、「あとを頼みましたよ」と出ていった。

「お帰り。ずいぶんさっぱりしたね」

 サラがラクリマに気づいて声をかけた。さっぱり、というのは髪の毛のことらしい。

「ただいま帰りました。今そこで院長様が出かけられるのにお会いしました」

「ああ、寄り合いで遅くなるから先に寝ていてくれって」

「……ラグナーさんはもうお休みなんですか?」

「ラグナーは出かけてる」

 サラの夫ラグナーは、戦士であり、セリフィアの父ルギアの親友でもあった。

「どちらへ?」

「食糧が高騰してるの、知ってる? うちもやりくりが大変で……彼、稼ぐために、冒険に出てくれているんだ。もうしばらく、帰ってこないだろうね」

「そうですか……寂しいですね……」

 サラはふっと笑ってラクリマの腕を軽く叩いた。

「そんな心配しないの。疲れてるでしょう、夕飯を食べてゆっくり休みなさい」

「はい」

 やはりここへ帰ってくるとホッとする……ラクリマは安堵感を胸に、自分の部屋へ荷物を置きに行った。

 夜半、クレマン院長が帰ってきた。少し酔っているようだった。

「いつまで経っても終わりそうにないので、切り上げて帰ってきました」

と、彼は言った。

「もう夜も遅い。君も休みなさい」

 院長の言葉に従い、ラクリマは眠りについた。


 何かの音がしていた。

 それから匂い。熱気。

 息苦しさで、ラクリマは半分目を開けた。赤い。

 自分が何を目にしているのか、最初はわからなかった。その赤は、扉と反対側の窓の外にあった。炎だった。

(………!!)

 ラクリマは目を覚ました。火の手が上がっていた。

「た、たいへん…!」

 そのへんに置いた荷物を掴み、僧坊を出た。他の人を起こさなければと思って見回すと、両隣の住人と目があった。皆、ちょうど部屋から出てきたところだった。

「早く! こっちへ!」

 下のテラスでだれかが叫んでいた。

「ラクリマ、こっちだ」

 横から腕をがっしり掴まれた。修道院に居候しているナフタリの声だった。「こっちから降りよう!」彼はラクリマの頭越しに向こうにいる人びとにも叫んで伝えた。2階の住人たちは、火の手のまだ弱い階段を選び、急いで降りた。

 下では、サラが子どもたちを集め、安全なところへ移動させていた。その背後では礼拝堂が音を立てて燃えゆくさまを見せていた。炎は大蛇の舌のように、自在に蠢いていた。

「君たちも無事か、よかった」

 今しがた、大部屋から子どもを二人抱えて出てきた院長が、ラクリマたちに声をかけた。

 僧坊、食堂、貯蔵庫、古式浴場、礼拝堂のいずれもが、止めようもないほどよく燃えていた。炎は勢い余って天までなめつくすかに見えた。赤い色が暗い夜空に照り映え、煙さえなければまるで昼のような明るさだった。

「これで全員か」

「ええ、みんな無事です。よかった」

 院長とサラが交わす言葉を耳にしながら、ラクリマはこの事態がおそらく自分のせいであることを感じ取っていた。まさか……ユートピア教が……。

「院長様」

 ラクリマはクレマンに寄って行った。泣くまいとしても涙を留められなかった。

「ごめんなさい……私……私のせいで、こんな……」

「気にすることはない」

 クレマンは落ち着いた声でラクリマの涙を引き取った。

「こういうこともあります。君が気に病むことはない」

 そうは言われても責任を感じずにはいられなかった。クレマンや代々の院長たち、それに多くの僧侶たちがこれまでここで作り上げてきたもろもろはすべて否定され、うち壊された気がした。しかも自分がそのきっかけとなってしまったのだ。

 このころになると、近隣から人びとが集まってきていた。

 ふと、彼女は視線を感じた。人びとの中に混じって、鋭い視線を投げる4つの存在があった。しばらくねっとりとこの身にまとわりつくような視線を投げかけてきていたが、やがて貧民街の方向へ去っていった。

 ラクリマは思わず身体をそちらへ動かした。と、肩に手がかかった。院長だった。

「気づいたのですか。追わないほうがいい。彼らはわざと自分たちの存在を知らせていた。君が一人で追っても、危険なだけです」

 クレマンも敵の視線に気づいていた。それに気づいてから今まで、彼はずっと気を張りつめていたようだった。

 火消しの一団が到着した。建物を壊して炎の沈静化をはかる彼らの横で、ラクリマは子どもの面倒を見たり、瓦礫をどけるのを手伝ったりと、夜を徹して働いた。鎮火には一晩かかった。暖を取る焚き火も暗闇を照らす灯りも必要ないほど、修道院はよく燃えた。

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