6 青春の木陰
セリフィアとアルトが「青龍」亭に戻ると、全員出かける旨が書かれた紙だけが残されていた。
「Gを迎えに行ってくる」
と、セリフィアが言うので、「ボクも一緒に行きますよ」とアルトもついて出た。
日が沈むまで、もう幾ばくもなかった。訓練場に着いたところ、夕刻特有の柔らかい光に包まれ、Gは立木の根もとで平和そうに眠っていた。その前に、彼女をじっと見つめる男がいるのに、セリフィアもアルトも気づいた。エリオットだった。
エリオットの側は二人には気づかず、Gを抱き上げた。Gはすやすやと寝ており、起きる気配もなかった。
「おい」
セリフィアはやや棘のある声でエリオットに呼びかけた。
「なんだ。お前らか」
「Gをどうするつもりだ」
「どうも。寝てしまっているから、ベッドに運んでやろうと思っただけだ」
だれのベッドに運ぶのかとは怖くて聞けなかったが、セリフィアは、
「世話を掛けた。あとは俺たちがやるから」
と、Gを引き取ろうとした。
「いや、せっかくだからこのまま送っていく。宿はどこだ」
「お前に言う必要はない」
セリフィアはけんもほろろに言い捨てたが、エリオットは動じなかった。
「どうせ『青龍』亭だろう。そこまで送ろう」
そう言って勝手に歩き出した。
「あ、よ、よろしくお願いします」
「お前に送られたくなんかない」
アルトとセリフィアはばらばらに答えて返した。セリフィアはアルトを軽く睨んだ。エリオットは、
「疲れているようだから、私たちのスイートルームで休息させてやろう。我々の部屋は眺めがいいぞ。フィルシムが一望できる。お前らはどうせ2階どまりだろう?」
「余計なお世話だっ!!」
エリオットは一歩踏み出した。が、セリフィアは仁王立ちでその前にはだかった。彼はエリオットに向けて殺気を放った。そばではアルトがおろおろと事の成り行きを見守っている。
「Gから手を放せ」
セリフィアの威しに、エリオットは考えを巡らせた。こいつらは俺様より弱い。が、向こうは2人、こっちはひとりだ。しかも自分は今、両手が塞がっている(Gを抱いているから)。こんな状態で襲われたら、いくら俺様がすばらしい腕の持ち主でも危ういかもしれん。卑怯なテロリスト(複数)には勝てんな………。
「仕方ない」
エリオットは実に残念そうに、もとの木の根本にそっとGを横たえた。
「ん……」
Gが目を覚ました。彼女は、目の前にエリオットがいるので、少し吃驚した。
「…あれ?」
「よく寝ていたな」と言って、エリオットは微笑した。「G、私も『青龍』亭に泊まっているから、またいつでも話を聞きに来てくれ」
「あ、ああ……」
セリフィアはエリオットに向けて、こっそり小魔法を使った。身体の一部がうずいて不快感を発生させる術だ。
「んっ? んん?」
エリオットは怪訝な表情になり、そわそわと腕を動かしたあとで「そ、それでは私はこれで失礼する」とようやく暇を告げた。ぼんやり見送るGを背に、エリオットは去っていった。
「眠ってしまったらしいな……」
そう呟くGに、セリフィアは、
「G。今度から一人で出かけるのはやめてくれ」
「ロッツが一緒だったんだが、ギルドに行ってしまったんだ……どうかしたか?」
「今度またエリオットが何かしたら、自分を抑えていられる自信がない」
Gの目がすっと細められた。
「エリオットが何かしたのか…!?」
「Gさんを宿に運ぼうとしてくださってたんですよ」
アルトが割って入った。
「触ったのか……!?」
Gは兇悪な瞳になって訊いた。アルトは言葉に詰まった。
「とにかく、外で寝るのはやめてくれ」
セリフィアは強い口調で言った。Gがエリオットのそばであんなに無防備に眠っていたことが、彼には何より腹立たしくてならなかった。
(花の種は手に入らないし、今日は最低の日だ)
Gもセリフィアも、すこぶる不機嫌なさまを、まるで隠さずに歩いた。兇悪なクマが1頭から2頭に増えたようで、アルトはさらにおろおろしながら二人のあとについて宿へ帰った。
その後、2時間ほどしてカインがひとりで帰ってきた。すでに日は暮れきっていた。アルトはカインに尋ねた。
「ヴァイオラさんはどうしたんですか?」
「トーラファンさんと話をしている。あとで迎えに来てくれとのことだった」
「あとでって、何時頃だ?」
セリフィアが尋ねた。
「さあ、そこまでは聞かなかった」
言いながらカインは、トーラファンが相手ではゆうに2時間はかかりそうだと思った。
「遅くなったらみんなで迎えに行けばいいじゃないか」
Gの提案が採用され、4人はしばらく宿で待機することにした。
話題の人、ヴァイオラは、トーラファンと差し向かいで話をしていた。
「さて。何をどこまで知っているのかな」
「よく知りませんが、あなたが昔『ヌルスタッフ』にいたことは知ってます」
ヴァイオラはGの夢から得た知識を披露した。
「その名前は口にしないほうがいい」
「そのようですね……ですが、それが何であるかも私は知らないのです」
「ラストンの非合法組織だ。要人暗殺など裏向きのことをやっていた。現在はないし、知っている人間もほとんどいない。そもそも存在しないということで、虚無といわれた」
トーラファンは悪びれた様子もなく言ってのけた。ヴァイオラは尋ねた。
「結局、クロム=ロンダートという人間は、どこまで酷いことができる人間なんですか?」
「彼はラストンの平均的な魔術師だ」
そう言われてもヴァイオラにはすぐにピンとはこなかった。トーラファンはお構いなしに続けた。
「フィルシムやガラナークでは理解されないだろうな。私は、同意はしないが理解はできる」
ヴァイオラは質問を少し変えた。
「少なくともあなたはうちのちびが――アルトのことですけど、クロムの転生体だとすぐにわかりましたよね。何故なんですか?」
「魔力の質かな」と、トーラファンは答えた。
「魔力の質?」
「人間、だれしも雰囲気というものを持っている。容貌や声、そういったかたちとして表される以外の何かというか……。それが知り合いのものに非常によく似ていた。さっきのラクリマの発言で、決定的になった」
「……クロムであることは確定、ですか」
ヴァイオラは淡々と口にしたが、あまりいい気分ではなかった。
「そのクロムですが、あなたがあの指輪を与えるほど邪悪なんですか?」
トーラファンはそれに答えて言った。
「だいたい『神を超える』だの『人間を作る』だのというのは、道義的にどうかと思うが?」
「人間を作る」という発言が出たところで、ヴァイオラはまた尋ねた。
「それで、その雰囲気とやらでラクリマのことも見破ったんですか」
ラクリマからは話を聞いていなかったが、彼女の出生にトーラファンも関わっているらしいことは、彼女がこの男に聖章を直してもらったり、自分用の魔法の指輪をもらってきたりしたことで、予測が付いていた。
トーラファンはあっさりと言った。
「彼女の出生のことは、ハーヴェイから聞いている。修道院に預けたのは、普通の人間として育ってほしかったからだ。実際、それは成功した。ここで育てたら、あんなふうに人間らしくはならなかっただろうからな」
トーラファンは、そう満足げに語った。
ヴァイオラはショーテスにあったという施設のことについても尋ねた。
「あの施設では、クロムの集めた子どもたちを育てていたらしい。クロムは『神殺し』の血筋を持つ者を集めようとしていた。『神殺し』は22人、必要だった。それで集められなかった分を作ろうとしたのだな」
狂ってる、と、ヴァイオラは思った。
「世界に何度か神は降臨しているが」と、トーラファンは語った。「神」とは「エオリス」ではなく月の女神――ガラナークの教義では邪神――「リムリス」のことのようだった。「いずれも人間によって退けられている。そのときどきに神を退けてきた人間の血筋を、『神殺し』として集めようとしていたのだろう」
「神を殺して何をしたかったんですか」
「新しい世界を作りたいと言っていたな」
「リムリス神を殺しても、この世界を司っているのはエオリス神なんだから、しょうがないでしょうに」
ヴァイオラは幾分、呆れたように言った。トーラファンはそれを見て、「そうだな」と言葉を濁したようだった。
「……どうして」と、ヴァイオラは最前から感じていた疑問を口にした。「なぜそんな連中ばかりうちに……」
「どういう経緯で集まったのかね?」
トーラファンに訊かれ、ヴァイオラはいささか逡巡したあとで、「もとは御神託でした。あとは二、三人、途中で拾っているんですが」と答えた。
「それは無意識か、神託によって集められた可能性がある」
トーラファンは言いながらヴァイオラをじっと見つめた。が、彼女が全く普通の人間であることを認めて言った。
「君は代理かね?」
「は? あ、いえ、私は厄介払いで選ばれたのです」
ヴァイオラは即答した。クダヒの神殿の神殿長に呼ばれたときのことをちょっとだけ思い出した。
「ふむ…? だれか他の者が行くはずだったかもしれん」
「それがどうして私が……」
「それも運命だろう。だがそのせいで女神の織り糸に狂いが生じているかもしれんな……」
「私は運命はキライです」
ヴァイオラはきっぱりと言い捨てた。
「では『神の御意志』と言おうか?」
トーラファンは面白そうに言い換えた。
「神の意志もキライです」
再びきっぱりと言い捨てるヴァイオラを見て、トーラファンは「よい心がけだ」と彼女を誉めた。ヴァイオラは質問を180度転換させた。
「獣人族の問題は何か、ご存じですか」
「滅びの一途を辿っていることだろう」
と、トーラファンは答えて言った。「子供が生まれないのだ」
それは大ごとだ、と、ヴァイオラも思った。
「大元は、魔力が減退期に入ったのが原因だ。神を降臨させるのに魔力を使いすぎた。クロムは減退期を脱したと発表したが、実はそうではなかった。前の神の降臨以来、彼らには子どもが生まれていないはずだ」
「でも、今、月の魔力は増えていませんか? 満月になると魔力が……」
ヴァイオラを遮ってトーラファンは断言した。
「毒だな、あれは。だいたいあれはミーア=エイストが無理矢理に引き出したものだったし、魔力が強まったのは、1月の満月のとき、一回きりだったはずだ」
「ではショーテスの魔力のカーテンを取り払っても……関係ないのか……」
トーラファンは少し黙ったあとで、また口を開いた。彼は一気に喋った。
「ただ、この危機的状況を獣人族が総意として放っておくかどうかは、疑問だ。ショーテスのカーテンを取り払うよりも、もっと劇的なことをする可能性もある」
「……もっと劇的なこと?」
「たとえば、人間を全滅させるとか、な」
「そんなことが可能なんですか!?」
「獣人が全員で本気を出せば、可能だろうな」
ヴァイオラが黙っていると、トーラファンはさらに言った。
「君は獣人に会ったことがあるか?」
「虎と狼ならときどき……」
「もし彼らと戦ったことがあるなら、それは眠った状態の者と戦っていたと考えてくれ。本当の彼らの力は、そんなものではないのだ」
トーラファンは今までと変わらず、飄々と語っていたが、面差しは今までよりも幾らか真剣に見えた。
ヴァイオラは獣人の問題を頭にたたき込んだあと、以前、アルトに見せた巻物の写しをトーラファンに差し出した。それはさらに半分に割いてあった。
「これは何かおわかりですか」
トーラファンは羊皮紙をじっと見つめ、おもむろに言った。
「これは二枚……三枚か? いや、やはり二枚でひと組のものだな」
(なぜそんなことがわかるんだ!?)
心の叫びが顔に表れていたのだろう、トーラファンは、
「まあ、君にもわかりやすくいうならばだな、『extinct』のうちの『e・ti・・t』しかこちらには書かれていなくて、もう1枚の『・x・・nc・』と合わせて初めて言葉になるようになっている。実際にはちょっと違うのだが、だいたいそんな仕組みだと思ってもらえばよかろう」
ヴァイオラは動揺を押し隠しながらさらに尋ねた。
「これは何ですか?」
「これだけじゃわからん」トーラファンはにべもなく言った。それでも彼は親切に、「何かの起動スイッチのようだ。言い回しからするとサーランド時代のものだろうな」と、教えてくれた。
「興味があるなぁ。もっと見せてくれないか。まだあるんだろう?」
「ええ、おそらくはまだあるんでしょうね」
ヴァイオラはトーラファンに尻尾を掴ませないようにさらりとかわした。
「隠したいならしょうがない。………もうひとりのおばあさんにも気をつけてあげることだ」
(!! こいつ、魔法でひとの心を読んだな!!)
ヴァイオラは今度は動揺を隠せなかった。ドスの利いた声で彼女は言った。
「おわかりなら仕方ありません。裏切らないでくださいよ」
「まぁ、これが本当で、効力を発揮するのであれば、欲しがる者は引く手あまただろう。特に魔術師には毒だ。うまく隠し通すことだな」
ヴァイオラはそのあと、巷を騒がせているユートピア教のことと、先日出会ったアラファナという怪しい少女のことを尋ねた。が、ユートピア教については「背後に何者かがいるのだろう」ということぐらいしか聞けなかった。「ああいうことはラストンの人間がやりそうだが、ラストンはあのありさまだしな……」アラファナについては、トーラファンは思い当たる節がないようだった。




