表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/73

5 出立

1周年記念に活動報告に小話載せてます。

あと設定集の方も更新してます。

 3月17日。

 出発の時間になった。

 若い狩人3人が、革鎧に弓と矢筒、大きな背負い袋という出で立ちで現れた。

 巨漢のブローウィンは、何人もの子どもたちの見送りを受けていた。少女がひとり、花で編んだ首飾りを贈った。ブローウィンは恥ずかしそうだったが、頭に飾られるままにしていた。ほとんどは孤児院の子どもたちらしい。皆、彼と別れるのはとても寂しそうに見えた。

 ラムイレスは母親が見送りに来ていた。それから娘がひとり、心配そうに話しかけていた。顔立ちが全く似ていないので、妹というわけではなさそうだ。彼は女性にもてるそうだから、恋人かもしれない。が、ラムイレス自身は「来るなよ」と冷たい態度を取っていた。

 リーダーのガサラックは、壮年の男女と話しこんでいた。二人は実は、ハイブの被害にあったエルムレインの両親だった。「息子の分もがんばってくれ」と、男が言うのが聞こえた。ガサラックは肯いた。彼自身の家族はいないようだった。

 隊商は馬車4台、総勢11人と大規模だった。これにヴァイオラやガサラックたちが加わって、21名で街道を粛々と進んだ。

 昼ごろ、隊商の左斜め前方に、6本足で肩から2本の触角を生やした黒いヒョウのような獣――ディスプレイサービーストが現れた。2体いるようだ。ヴァイオラも気づいたが、前方を護衛していた別グループの面々も早々に気づいたらしい。

「とりあえず説得してみろや」

 前のグループのリーダーはシーフにそう言った。シーフは、岩陰に潜みながら移動している獣たちへ、一歩進んで呼びかけた。

「おい。襲わないなら、こっちも襲わないぞ!」

 驚いたことに、それほど空腹でなかったのか、それともこちらの人数の多さが一応は脅威となったのか、ディスプレイサービーストはそのまま踵を返した。数秒後には彼らの気配は跡形もなく消えていた。怪物を隣人とするフィルシムらしい光景だった。

 夕食時、セリフィアはアルトに尋ねた。

「昼間のディスプレイサービーストって、毛皮を取ると売れるのか?」

「そうですね……6千gpくらいで売れると思いますよ」

 ディスプレイサービーストの皮膚は光線を屈折させる特性を持っており、そのせいで見る者の距離感が狂わされる。実際には目の前にいても、数メートル向こうにいるような錯覚を起こしたりするのだ。そのため、皮革を加工して魔法がかりの防具が作られることがあった。

 それなら仕留めていれば金になったのに、と、セリフィアは残念そうな顔をした。



 3月20日。

 何事もなく進んだ。街道は相変わらず、視界が広く、整備が行き届いていて歩くにもあまり苦痛を感じない。

 夜、ヴァイオラはコミュニケーションスクロールに書き込んだ。

《明日、着く》

 半刻ほどして、ロウニリス司祭から返事が返ってきた。

《了解。今のところ動きが取れない》

 相変わらず苦労が絶えないようだ。



 3月21日、夕刻。

 何事もなく無事にフィルシムに到着した。隊商は約束通り一人頭2gpずつを支払った。

 2gpを手にするなり、セリフィアは「行くところがあるから」と言ってアルトの首根っこを掴み、皆と別れた。

「ど、どうしたんですか」

 アルトは首根っこを掴まれたまま尋ねた。

「原材料を仕入れに行く」

「原材料…? あ、あれですか」

 どうやらセリフィアは花の種のことを言っているらしかった。

 アルトの案内で、セリフィアはエステラ嬢の家である大店までやってきた。臆面もなく扉を開け、ずかずかと入り込んだ。新米なのだろう、可愛らしい丁稚が驚きつつもすぐに寄ってきて声をかけた。

「何のご用でしょうか?」

「エステラさんはいますか」

「エステラお嬢様は、ただいまお留守です」

「どこへいった?」

「あ、あの……」丁稚は慣れない手つきで帳面をめくり、「セロ村です」と答えた。

(何だって…!!)

 セリフィアは鬼のような形相になった。丁稚は一歩後ずさった。

「あの、ミットルジュさんもですか?」

 アルトが間に割って入った。

「は、はい、ミットルジュさんもお留守で……」

「預かってるものはっ!?」

 セリフィアは丁稚に詰め寄った。丁稚はひぃと小さい悲鳴をあげた。アルトがまた間に入って聞き直した。

「済みませんが、エステラさんから、セリフィアさん宛てに預かっているものが何かありませんか?」

「いいえ、特にありません」

「そうですか……ありがとうございました」

 アルトは丁寧に礼を言った。セリフィアの方は礼どころか挨拶すらせずに、乱暴に扉を開けて出ていった。

(約束したのに……!!)

 冬眠を邪魔されたクマのように不機嫌な顔で彼は町中を歩いた。道行く人びとは皆、彼を恐れて避けて通った。アルトはその後ろから遅れないように小走りについていった。


 他の面々は、まず「青龍」亭に入った。

「ラッキーはどうするの」

「私は、修道院に泊まっていいですか」

 それを聞いてカインが申し出た。

「送っていこう」

 ラクリマは「ありがとうございます」と言ってから、「先にトーラファンさんのお屋敷に寄ってもいいでしょうか」とカインに尋ねた。

「ああ、その人のところへ行くなら、私も一緒に行くよ。指輪のお礼もしたいしね」

 ヴァイオラは荷物を降ろしてからラクリマを振り向いて言った。

「私は道場を見て来たいなぁ」

 Gはトーラファンの館へは行きたくなく、かといって宿屋で留守番をしているのも嫌だったので、そう提案した。「青龍」亭まで歩いてくる途中、戦闘技能の訓練道場でエリオットたちを見かけたのだ。

「あっしも道場までついて行きやすよ」

 ロッツの台詞で、全員、いったん宿を出ることに決まった。不在のセリフィアとアルトには、だれがどこに行ったかを書き置きして残した。

 ラクリマとカインとヴァイオラの3人はトーラファンの館を訪れた。道々、ラクリマは今日はトーラファンにブラスティングボタン――ユートピア教がよく使うボタン型爆弾――の実物を見せてもらえないか聞いてみるつもりだと告げた。

 館の入り口にはいつものようにクリスタルスタチューのフィーファリカが現れた。フィーファリカはヴァイオラを見て「初めての方ですね」と言ったが、問題なく3人を中に通した。

(ははぁ、これがラッキーのおかしな発言のモトか)

 ヴァイオラはフィーファリカを見ながら思った。先だってスルフト村の宿で、ラクリマがゴーレムやクリスタルスタチューに話しかけ、「ここの方はお話しなさらないんですね」などという妙ちくりんな発言をしていたのを思い出したのだ。

 トーラファンはすぐに現れた。

「元気だったか」

「はい、おかげさまで」

 近況報告をするラクリマを見ながら、老魔術師はほんの少しだけ首を傾げたようだった。

 ラクリマはそんなことには気づかず、他愛ないお喋りをしたり、トーラファンの話に耳を傾けたりした。ここへ来た一番の理由は、実は彼の話し相手になることだったからだ。

(いろいろお世話になっておきながら、何も返すことができない。私は話し相手になるくらいしか能がないけれど、せめてそれだけでも……)

 トーラファンは意外と話好きで、あっという間に1時間が経過してしまった。ヴァイオラはラクリマを横からつついた。あまり長居するわけにもいかない。

「トーラファンさん、ブラスティングボタンはお持ちでしょうか? もしあったら見せていただけませんか?」

 トーラファンはフィーファリカに言いつけてブラスティングボタンを取って来させ、「これだ」と言ってラクリマに渡して見せた。

 ラクリマはヴァイオラとカインにも見せた。そのブラスティングボタンはチョッキに取り付けられていて、一見しただけではただの赤いボタンとしか見えなかった。

「これ……本当はアルトにも見せたほうがいいけど……」

 ヴァイオラが呟いたのを聞いて、ラクリマはトーラファンに向き直って言った。

「あの、これ、ちょっとだけ貸していただけないでしょうか?」

「何のために?」

 トーラファンはやや険しい表情になって聞き返してきた。

「アルトさんに、見た目を覚えていただきたいんです」

「アルトというのはあの……彼のことか。もしかしてロケートオブジェクト〔物品捜索〕で使うためにか?」

「はい」

「それはいい案かもしれんな……」

 トーラファンは少し考えてから、

「返してくれるということかな?」

と、ラクリマに尋ねた。ラクリマは「アルトさんに見せたらお返しします」と答えた。

「いいだろう」

 トーラファンはそう言って彼女にブラスティングボタン付きのチョッキを貸し出した。

「そういえば、トーラファンさんは、アルトさんのお師匠様のこともご存じなんですか?」

 ラクリマは突然思いついたことを質問した。

「彼の師匠の名は?」

「エクシヴ=ステップワゴンさんとお聞きしました」

「なるほど。知っている」

 トーラファンはまさに得心がいったという顔をした。それからヴァイオラに向かって「君がこの一団のリーダーか?」と訊いてきた。

「リーダー……なの?」

 ヴァイオラはラクリマに訊いた。彼女本人はきわめて心外だった。

「違うんですか?」

 ラクリマはそう答え、ちょっと考えてからトーラファンに言った。

「リーダーというのはお嫌みたいですけど、いろいろなとりまとめ役はヴァイオラさんがやってくださっています」

「そうか。……君と少し話がしたいな」

 ヴァイオラも、もう少しトーラファンに訊きたいことがあった。しかし、先日の件で懲りていたので、ラクリマを同席させないほうがいいかもしれないと思い、

「ラッキー、そろそろ遅くなるから、修道院に帰ったほうがいいんじゃない?」

と、言い出した。ラクリマは素直に「そうですね。じゃあ私はお暇します」と立ち上がった。

「……彼女を送ったあとで戻ってきます」

 ヴァイオラはトーラファンにそっと告げ、カインと二人でラクリマをパシエンス修道院まで送りに出ていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ