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4 知られざる過去

 3月16日、朝。

 ぶっ通しで夜の見張りに立っていた戦士二人は、うっかり睡魔に負けてしまった。

(結局、普通に夜営したほうが時間がかからなかったんじゃ……?)

 ヴァイオラは呪文を使って自分の怪我を治した。ようやく身体が普通に動くようになった。

 そういえば昨晩は満月だったから、と、ヴァイオラはGに「昨日はどんな夢を見たの?」と尋ねた。ちょうどガサラックとコーラリックは、少し離れた場所で話し込んでいた。ロッツはそばにいたが、見張りに立ってくれていたので、話の輪からは外れていた。


 Gはまず、アルトに「エクシヴってひと、知ってるひとか?」と尋ねた。

「お師匠様がどうかしたんですか?」

 アルトはおずおずと聞き返した。

「よくわからないけど、博学王だって言ってた。ジャガーノートマスターのハーヴェイ、マジックエンチャンターのトーラファン、博学王のエクシヴ、それにクロム=ロンダートってひとで、何かやってたけど、クロム以外の3人は隠居しちゃったって」

 ラクリマはトーラファンとハーヴェイの名前が出てきたので少し驚いた。その彼女に向かって、Gは言った。

「よくわからないけど、ラクリマさんは完璧です。108体目で完璧だって」


 これはまずいかも、と、ヴァイオラが思ったときには遅かった。Gは止めどなく喋った。まるで何かに憑かれたように、彼女は喋り続けた。

「よくわからないけど、研究所に乗り込んできた女性の卵を使ったって言ってました」

「よくわからないけど、マウエッセンってひとが転生に失敗して、娘に前鬼と後鬼と魔力も全部取られたって。娘は死体に産ませたって言ってました」


 わからないのは寧ろ、まわりで聞いている人間のほうだった。だがそれはまだ続いた。

「カインは女難です。占いで、女難で凶運で独善だから捨てられたんです。双子で、どっちも要らないって言われたけど、占いを聞いた母親が『じゃ、そっちを捨てといて』って」

「占ったのはライニスのなんとかいう大司祭でした」

「お産婆さんがかわいそうだからって、カインを持って逃げたら、夜盗に殺されちゃって、カインは盗賊の手に渡っちゃいました」

 その後、巡り巡ってフィルシムに流れ着いたのだろう。それにしても酷い親だ……ヴァイオラは軽い眩暈を覚えた。

「ヴァーさんは……毎回一緒ですぅ」

「…なに?」

「またお説教でしたぁ。貧民街に出入りしてるからって怒られてました。こないだよりもうちょっと大きくなってました」

 それはたぶん、クダヒの女子修道院――パシエンスのようなところではなく、良家のお嬢様方が礼儀作法などをお習い遊ばすところ――だろうと、ヴァイオラは見当をつけた。が、それもどうでもいいことだ。家も、修道院も、たいして変わりはなかった。


 Gは再びラクリマを見て言った。

「ラクリマさんはガラナーク王家に近しい血筋だって言ってました。ラクリマさんの前の、107体目は失敗したって。完璧な僧侶にならなかったって。8体目で完璧な僧侶を作ることができたって。だから大丈夫です」

 ラクリマの心の中はとても「大丈夫」とは言えなかった。

(私は……人の手でつくられた……つくりもの……?)

 それは彼女にとって正視に耐えない現実だった。


 Gはそんな様子には気づかず、今度は「虚無の杖ヌルスタッフって知ってますか?」とヴァイオラとアルトに尋ねた。アルトは聞いたことがないと、Gに答えた。

「それが何か?」

「クロムとかハーヴェイとか、さっきの4人がやってたみたいです」

 何やら4人でやんちゃを働いていたのが、そのうちの3人は隠居して、クロムだけが「自分はまだやる」と息巻いていたらしかった。

「ショーテスにもそういう研究施設があるって言ってました。その研究室の、ラクリマさんのガラス管の隣が人間の卵で、それはマティスってひとの奴隷から持ってきたやつで、サーランド王家の血を引いているから自分用にするって、そのクロムってひとが言ってました。22枚カードを持ってて、そのカードのせいで自分は一度死ぬからって」

「エクシヴさんってひとは、研究所の焼け跡で赤ん坊を拾ってました」

 アルトはヴァイオラと顔を見合わせた。どうもそれは自分のことらしいと、アルトは思った。ヴァイオラもほぼ確信した。アルトは、クロム=ロンダートという人間の転生体に違いない。そのクロム=ロンダートは、禁断の術――人間の創成に手を染めていた。その結果が、目の前の二人なのだ。

「確認させてください」と、アルトが言った。「てことは、ボクはサーランド王家の血を引いているってことですか?」

「確認なんてできません、そんなこと~」

 Gはやや突っけんどんに答えた。それを聞いていて、アルトは、自分はやっぱりGに好かれていないみたいだと思った。


「セ、セリフィアさんは……」

 セリフィアの話になって、Gは少し躊躇いを見せた。

「兄弟がたくさんいました」

「ああ、たくさんいるね」

「ラルキアってひと、いますか?」

「セイ君のすぐ下の弟じゃなかった? ……彼がどうかしたの?」

「……ハイブに噛まれちゃって痺れてました。あと、お母さんも毒牙にかかってました」

 沈黙が流れた。Gはそれを払うように、再び喋りだした。

「セリフィアさんのお父さんってひどいんですよ~。占いで女の子が生まれるって言われたからって、女の子の名前しか考えてなかったって。それで女の子の名前をつけちゃったんですよ~」

 それもなんだかなぁ、と、ヴァイオラは思った。本当にそれだけのことで女名をつけたんだろうか?


「あと、あの二人も大変そうです」

 Gは向こうにいるコーラリックとガサラックを見やった。

「コーラリックはなんか自分の道はどうしようって悩んでました」

「は? だって村長になるのを目指すんじゃなかったの?」

「それも、お父さんの期待に応えなきゃだめかとか、なんとか。決断が一番難しいって」

 どこの村長の息子(次男)も、悩みは深いらしい。継ぐべきか継がざるべきか、それが問題というわけだ。

「ロッツも……」

 Gは黙り込んだ。

「ロッツ君がどうしたの」

 ヴァイオラにとってロッツは舎弟だったので、彼女は少し強めの口調で訊いた。

「ファーカーさんは冷酷なひとみたいです」

 Gは突然、方向転換した。

「エドウィナとお兄さんは、昔、ロッツのグループと対立してた。ロッツは……彼は大変だったんだと思う」

 Gはそれしか言わなかった。ヴァイオラはロッツを呼んだ。

「お呼びですか、姐さん」

「よしよし」

 そう言って彼女はロッツの頭を両手で抱え込み、かいぐりかいぐりしてやった。ロッツは不思議そうな顔をして、持ち場に戻っていった。


「他は?」

 毒食らわば皿までよ、と、ヴァイオラはGに問いただした。Gはこれしか覚えてないと言った。

「……無理矢理私をこじ開けたのは、『強い感情』だったみたいなんだ。だけど、それはだれのモノだったんだろう?」

 Gは首を傾げた。ヴァイオラは答えて言った。「だれのモノでもあり得るよ」それはハイブを憎むセリフィアのモノだったかも知れず、ジェラルディンを喪ったカインのモノだったかも知れないのだから。


 クスッと笑う声がした。

 ラクリマだった。

「そう……そういうことだったんですか」

 彼女は可笑しそうに言った。ただならぬ様子に、混乱気味だったアルトも振り向き、目を瞠った。Gですら自分の発言を後悔することになった。

(どうしてこの身に哀しみばかりが感じられて、神の愛が感じられないのか不思議に思ったこともあったけれど……)

「私は神の被造物ではなかったんですね」

「なに、馬鹿なこと言ってんの」

 ヴァイオラが呆れたように反論した。

「そんなこと言ったら、最初に作られた人間以外、みんな被造物じゃなくなっちゃうじゃないの」

 ラクリマはただ笑っていた。

(そう、彼女ならゴーレムにも洗礼を授けるかもしれない)

 ヴァイオラがゴーレムたちに洗礼を授け説教を賜っている姿を想像して、ラクリマは可笑しくなった。もうひとつ、くすりと笑った。フィーファリカの姿が脳裏を過ぎった。

(でも……)

 いや、そんなつまらぬ理由で悩むことは自分には赦されていない。だから彼女も「馬鹿なこと」と言ったではないか。笑顔のまま、ラクリマは「それ」から来る痛みを、自分でも気づかぬうちに意識の底へと追いやっていた。



 カインとセリフィアが起きたとき、カインは他の人びとの様子が少々おかしいのに気がついた。ヴァイオラとラクリマはいつもと同じようで、まとっている雰囲気が違う気がしたし、アルトは通常に輪をかけて落ち着きがなかった。しかし、だれよりも妙なのはGだった。彼女はラクリマと目を合わせようとせず、そうでありながらその背後を離れずにいた。何やら後ろめたそうにしていた。

「どうかしたのか、G?」

「どうもしない」

 カインに訊かれて、Gはぶっきらぼうに答えた。

 ヴァイオラには先刻、「今度からやばそうな情報があったら、まず私だけに教えるように」とクギを刺され済みで、言わないほうがいいこともあることは学習済みだった。が、言ってしまったことは取り返しがつかない。

 ふとラクリマが振り返ってGを見た。彼女は首を傾げ、「どうかしたんですか、Gさん?」と普通に尋ねた。

 Gは一瞬黙したあとで、

「話してしまって……傷つけてしまって済まなかった」

と、真面目な顔で謝った。が、謝罪された当人はよくわからないようで、

「私は何も傷ついてませんよ? 大丈夫ですから心配しないで」

 Gはそれでも浮かぬ顔のままだった。ラクリマは言った。

「話したって……何か話しましたっけ?」

「……生まれのことを」

 端切れ悪く答えるGの言葉に、また何か夢を見たらしいと、カインにも予測がついた。

「他人の事情を考えなしに口にすべきじゃなかった。反省している」

 Gはしおらしいことを言った。ラクリマは相変わらずGの言いたいことがよく飲み込めないでいるようだったが、「他人の事情を無理矢理見せられちゃうなんて、Gさんも本当に大変ですよね……」と、しみじみ語った。

 どことなく噛み合わないやりとりを聞いていて、セリフィアも「またGが夢を見たらしい」とわかった。近くにいたアルトに、「Gはまた夢を見たらしいな。俺について何か言ってなかったかだけ教えてくれ」と頼んだ。アルトは逆に聞き返してきた。

「ラルキアさんっていますか?」

「弟だ」

「夢に出てきたみたいですけど、詳しいことはわかりません」

 いつの間にかそばに寄ってきたカインが割って入った。

「俺のことは?」

「何か言っていたようですが……ボクにはわかりません」

 そう答えるアルトの様子が、半分、心ここにあらずであるのに、カインもセリフィアもようやく気づいた。実際、アルトには他人の事情に構っていられる余裕がなかった。彼は彼自身の事情で手一杯だった。

 アルトにはそれ以上聞けず、かといってあのGの様子では口を開きそうにないと見て、カインもセリフィアもそれ以上追求するのはやめた。

 ヴァイオラも、話を聞いていなかった人間にまで、わざわざ夢の内容を伝えるつもりがなかった。知らないほうが幸せということもある。ラクリマの様子は普通に戻っていたが、彼女が少なからず衝撃を受けたことは――気持ちはわかるものの、そこまで衝撃を受けなくてもいいのにとヴァイオラは思ったのだが――明白な事実だった。ヴァイオラは自らの知識から、これまで人間および亜人間を人為的に作ろうとした奴腹には必ず何かしらの神罰が降っていること、作られた人間たちは神に愛されるものの、ほとんど例外なく数奇な運命をたどるらしいことなどを思い出した。だがそれがどうだというのだろう。要は自分をしっかり持てばいい。それだけのことだと、彼女はそれ以上考えるのをやめた。


 ほどなくしてその場を発ち、一同はスルフト村へ戻った。もう夜になろうとしていた。

 村の入り口に二人の人間が立っている。近づくにつれ、一人が領主館の執事であることがわかった。もう一人は服装から神官のようだ。声が聞こえてきた。

「本当に帰ってくるのですか?」「領主様が確認済みです」

 一同がさらに近づいていくと、神官は一行の中のエルムレインに目を留めた。

「おお、こちらか。早速神殿で預かろう」

 治癒の呪文をかけてくれようというのだろう。ガサラックはカインからエルムレインを引き取って抱き上げ、神官の後ろについて神殿へ向かっていった。

 一同はいったんコーラリックや執事とともに、報告がてら領主館を訪れた。応接室にはカークランド村長が待ち受けていたので、早速、ハイブマインドやブルードマザーまで含めて総勢14体のハイブを倒したと報告した。村長は即座に報奨金を用意させ、その場で支払った。

 エルムレインについては、4人の狩人たちのうち、唯一両親が健在であることもあって、スルフト村に留まることになった。カークランド村長はヴァイオラに、移植者が4人から3人に減ってしまうことを詫びる書簡を託した。

「明日だが、どこかの隊商と一緒に行くか?」

 村長に尋ねられ、ヴァイオラはそうしたい意向を口にした。食事も何もつかず、一人頭2gpという条件でよければ一件あるといわれ、彼女はその話を受けた。

 一同は宿に戻り、風呂と食事を満喫した。交わす言葉は少なかったが、だれしも大なり小なり達成感を得ていた。

 ヴァイオラは一人になったのを見計らって、コミュニケーションスクロールをひもといた。

《コア殲滅》

 それだけ書いた。

《よくやった》

 ロウニリス司祭はやはり気にしてくれていたのだろう、すぐに返事を書いて寄越した。

 一同は久しぶりに安眠を貪った。

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