3 その夢
彼女は、再び奇妙な夢を見た。……いやこれは夢ではないことをすでに知っている。
夢と現の狭間で、彼女は多くのものを見る。
だいぶ心の中で調節できるようになっていた。しかし、相手の強い感情は、そして彼女自身の強い想いは、そのための精神力をはるかに上回った。
それは、見えてはいけないもの――いや、知ってはいけない真実……?
彼女は心の重みに耐えかね再び気を失った。
恵みの森だろうか、広葉樹の生い茂る豊かな森の中の研究所にある中央研究室。幾つもの羊水の入った円筒形のガラス管が立ち並ぶ。そのうち2本だけに中身が入っていた。一つは4歳ぐらいの少女、もう一つは人間の有精卵である。
「クロムよ。お前、変わったな」
「私からすれば、あなた方のほうが変わったとしか思えませんが。稀代の戦車マスターとして一度に十数台のジャガーノートを操る能力を持っていたあなた、ラストンのほとんどすべての魔法のアイテムを作っていたマイスター、トーラファン、古今東西、未来も知り得る男とまでいわれた博学王エクシヴ。何故、皆、王国の中枢から逃げるのですか」
「贖罪かな。もう何もかもイヤになったのだよ」
「虚無の杖に関わっていたことがですか」
「それだけでもないがな。田舎に引き込んでゆっくりしたいものだ」
「私にはまだその気はありませんよ。私は力を手に入れました。理論上この力を組み合わせれば、神をも超えることができます」
その手に握られているのは、22枚のカード。
「過ぎたる力は身を滅ぼすぞ」
「マウエッセンのようにはなりませんよ。そういえば彼は、転生に失敗したそうですね」
「ああ、自分の娘にすべて奪われた。自分の魔力も前鬼も後鬼もな。今、ラストンで保護しているが、恐ろしい少女だ。生気が全くない。マウエッセンが興味で死体に産ませただけのことはある。ただの娘ではないよ。歳はその子と同じぐらいだがな」
と、ハーヴェイ=バッカスは円筒の中の少女を指した。
「気になりますか? 私の108番目の子です。完璧な僧侶を目指してみました。107番では失敗しましたから」
「今までの子どもたちはどうしているのだ」
「半分は研究の途中で死にました。生き残った半数はショーテス山中の施設で育てていますよ。もっとも私が作ったのはこれで8体目ですけどね。この子の素体はいいですよ、ガラナーク王家に近しい者ですから。先日この研究所に押し入った一団を捕まえましてね。その女から卵を摘出して、培養して作りました。やはり素体が良くないと良いモノはできませんね」
「人体創成か。神を冒涜する行為として神罰が下ると言われているがな」
「なにエクシヴみたいなことを言っているのですか。それより見て下さい、その隣。これはサーランド王家の血を引いていますよ。それに私の血を混ぜてみました」
「それは自分用か」
「ええ、私は一度死にます。このカードのせいで。でも私は見ますよ。私の作り出した世界を。私は神を超えるのです。私の作り出した傑作と私の集めた子どもたちが、このショートランドの未来を作るのですから。ああ、何と素晴らしいことか」
「…狂っているな……」
その最後の言葉が口にされることはなかった。
それからすぐ後、クロム=ロンダートは突然ラストン王国に対し、反乱を企てた。
「双子は忌み子です。残念ながら、一人はいなかったことに……」
産婆は沈痛な面もちで、生まれたばかりの双子の母、ライニス領主ルルレイン=アンプールに告げた。ガラナーク王家では双子は禁忌とされている。だがルルレインは至って冷静に、
「別にどうでもいいわ。だってどっちも男の子でしょ。家督を継げないのだから、どうでもいいわ。どうせ家のために子を産んでるんだもの。シャルレインに何かあったときのために次を作ってみたけど……ま、必要になれば、また産めばいいわ」
と、領主の顔になって答えた。たまらず、産婆が救済を申し込む。
「そんなことを仰らずに。あまりにも可哀想です」
「情けをかけてどうするの。ガラナーク本家がこんな状態なのは何でかわかっているでしょ。双子は神の地ガラナークでは要らないのよ。じい、どっちが要らない?」
「兄君のほうに『災いをもたらす』相が出ています。あと『禁断を犯す』との相も。『女難』、『独善』、『凶運』、これだけの凶相も珍しいものです」
そういったのは、ライニス大司祭のヘルダーヴ=アノタウスだった。
「そう。じゃ、そっちを捨てておいて」
深夜。産婆の手によって、赤子は城外に連れ出された。
「可哀想な子。実の親からすら愛されずに、捨てられ殺されそうになって…せめて名前だけでも付けてあげましょう……」
しかしそれも叶わなかった。夜盗の手で産婆は殺され、赤子は売り物として連れて行かれた。
その後、数奇な運命を辿って生きたままフィルシムに着いたのは、まさに『凶運』の持ち主としか言いようがない。そしてその子が『カイン』と名付けられたのもまた運命だろう。
「…すでに焼け跡か。トーラファンが見たら悲しむな」
広葉樹の生い茂る豊かな森の中。中央研究室跡ではまだあちこちで炎が燻っていた。
「『星は砕けて22個に散った』か。クロムよ、これがおぬしの望んだ結末か。踊らされていただけのように思えて仕方がないのだが」
足下には壊れた円筒の中から出てきた赤子の死体が転がっている。研究所跡を隈なく調べて廻るエクシヴ。やがてこの破壊が内部から行われたことがわかる。
「どうやら、ハーヴェイもすでに訪れたあとのようだ。ショーテスの施設に向かっていたはずだが、こっちまで足を延ばすとは『田舎でゆっくりしたい』のではなかったかな。だが、そうならばもう何も残ってはおらぬか」
野外に残る巨大車輪の痕跡を見つけたエクシヴがそう独り言を呟いた──そのとき、弱々しい赤子の泣き声が微かに聞こえてきた。
「ふむ。確かに確認したはずだが…」
声の主は、先ほど転がっていた、死んだはずの赤子であった。
「『旧友との出会い』か。運命には従おう。連れて帰るか。さて、名は何にしようか」
エルフォスは病弱だった。一生の大半をベッドの上で過ごした。彼はいつもベッドから、外で遊ぶ兄たちを眺めていた。
長兄アーベルと三兄ラルキアは父さんに似て木陰で本を読んだりするのが好きだったなぁ。体力自慢で無口な次兄セリフィア。名前のことやどっちにも似てないことなど、何かにつけて憤りをぶつけてたっけ。僕からすれば、健康なだけで充分だと思うんだけど。
でも、そんな兄たちをうらやましいと思ったことはあっても、不思議と恨んだことはなかったなぁ。何故だろう。これが僕の運命だって、そう受け入れちゃったからかなぁ……。
「俺、父さん探してくる。エルフォスが死んだことや、母さんが寂しがっていることを伝えて、『スリープ』で眠らせてでも、『ウェブ』でくるんででも連れて帰る」
「よろしく頼みましたよ、アーベル。でも無茶はおやめ。無事が何よりだから」
新品のローブに身を包んだアーベルは、そう言って旅立っていった。
3歳年上の兄、アーベルはいわゆる、優等生タイプだった。非常に物静かで几帳面で、悪く言えば神経質といえるかもしれない。兄さんからして見れば俺はたいそう出来の悪い弟だっただろう。魔法も使えず、外で揉め事ばかり起こしてくる。俺を責めたことは一度としてない。ただ一言、「セリフィアは凄いな」と呟くように言ったことがあった。そのときはわからなかったが、今にして思うと「俺だったら耐えられない」という意味が込められていたのだ。魔術師として将来有望といわれていたが、不思議と嫉妬のような負の感情が生まれたことはない。却って、見ていて辛そうだなと思うことがあった。
すぐ下の弟、ラルキアは歳も近いせいかよく比較された。なんで弟はちゃんとできるのに、というのが周りの基本的な反応だ。いつも母さんのそばにいた印象がある。それは単純に甘えていただけかもしれないし、幼くして亡くなった末弟の分、自分が母さんを元気づけようとしていたのかもしれない。陽気でだれからも愛されるタイプ。兄弟仲は決して悪くなかったが、弟に対して気づかぬうちに抱いてしまう負の感情が、自分自身何よりも許せなかった。
末っ子のエルフォスは体が丈夫ではなかった。俺が剣を振っているのを家の中から見るのが好きで、よく「戦士になりたい」と言っていた。自分の持っていないものへの憧れと、思う存分体を動かしたいという願望がそう言わせたんだろう。そのとき、一緒に旅をしよう、と二人でかわした秘密の約束はついに果たされることがなかった。今でも、「守るべきもの」といえばエルフォスが頭に浮かぶ。親父はエルフォスを一番可愛がっていたようだ。
20のときに妻エリオルと結婚し、それから続けて子宝に恵まれた。長男アーベルは物静かで周りの評価を気にする繊細な子だった。次男のセリフィアは、生まれる前に高名な占い師に名前を相談したところ、女の子が生まれるといわれ用意した名だった。実際には元気な男の子が生まれたわけだが……。三男のラルキアは完全にお母さんっ子の甘えん坊だった。四男エルフォスは小さい頃から体が弱くて目の離せない子であった。
「た、助けて母さん。助けて父さん。アー兄ちゃん、セイ兄ちゃん……痺れるよ、身体が言うこときかないんだ…しびれ……」
ハイブの牙が、ラルキアの肩に食い込む。隣ではすでに母エリオルがハイブの毒牙にかかっていた。薄れゆく意識の中で、必死になって皆に助けを呼ぶラルキア。その声が助けを求めた人たちに届くことはついになかった。
「なぜ、お勉強をさぼるのですか。あなたは、あなたのお父上が、貴族の息女にふさわしい人物になって欲しい、と、この修道院にお預けになったのです」
クダヒにある、貴族の令嬢が住み込みで教育を受ける女子修道院の一室。一人のシスターから、ヴァイオラは延々と毎度おなじみの説教を受けていた。よりよい縁組みを迎えるためだけの、形式張った中身のない礼法・裁縫・舞踏などの教育。親が貴族というだけで自分まで偉くなったと勘違いしているその娘たち。見栄と体裁ばかりにとらわれた意味のない会話。どれもうんざりだった。唯一の救いは、神学の成績が良かったために入ることのできた上級神学コース、つまり僧侶としての道を歩める可能性があるということだけだ。週に二日、上級神学コース出席を名目に外に出ては、門限破りや外泊を繰り返していた。
「どうしてお約束を守ることができないのですか。しかも貴族の息女が下町に外泊だなんて。そんなはしたない真似をして、お父上が悲しまれることがわからない歳ではないでしょう」
(こうしている間にも、その下町では飢えや貧困、不当な扱いを受けて困っている人たちがいることを、この人はわからないんだろうな)と、シスターの話など上の空で、彼女は自分の大切な仲間のことを考えていた。「トールは怪我してたけど大丈夫だろうか」「メイがそれを見たらびっくりするだろうな」「キーロゥが早まったことをしなければいいが」「ミリーを狙ってる一団が出てるって噂があったけど、ちゃんと伝わってるのかな」等々。
「ヴァイオラさん、わかりましたか」
そんなことを考えていたら、いつもの説教は終わっていた。
「はい」
ちゃんと返事をしないと、また長々と続くので、一応返事だけはちゃんとしておいた。
「アッシの人生はこんなモンです」
そう呟いたロッツの前には、服をはぎ取られ、陵辱され殺された彼の恋人の姿があった。彼の両親は数年前に当時の流行病で死んでいた。ちょっと高価な薬を買えば助かったものの、薬を買う金もなく、盗みをやったら運悪く捕まり、帰ってきたときには両親とも冷たくなっていた。兄は10歳になる前に通りがかった地獄の猟犬の餌になり、妹は、よくわからない怪しい魔術師に買われていったきり二度と姿を見せなかった。
ようやく彼に運が向いてきたのは、ファーカーのストリートキッズグループに入ってからだ。このグループは殺しもいとわない極悪集団で、恐れられていたが敵も多かった。今回の恋人殺しは、対立するバカンのグループによるものだった。
抗争は日増しに激化し、遂に互いのグループ内に数人の死者を出すに至った。この抗争は、ファーカーのグループから、ファーカー、バベッジの両巨頭が冒険者になるために抜け、ロッツが跡を引き継いで路線を変更し、シマを引き渡してようやく沈静化した。敵の多かったファーカーのグループは、バカン&エドウィナ兄妹の巧みな包囲作戦により疲弊しきっており、そのままでは全滅の憂き目もあったのだ。だが、仲間の多くはロッツの外交を弱腰だと非難した。彼の心は傷つき……──。
強く入ってきた感情に混じって
いくつかの微弱な感情
いつもなら閉ざせたであろうそれらの感情も
今の彼女には容易に入り込んでしまう。
「ガサラックや、ガサラックや」
老婆の息子を呼ぶ声が狭い家中にこだました。老婆は夢にうなされて目を覚ましたようだ。
「かあさん、ここにいますよ」
すぐ近くで声がする。息子はまだ若い青年だ。老婆は、大分苦労してきたのか、歳よりもずっと老けて見える。目だけでなく身体の具合も悪いのだろう、あまり先は長くないようだ。
「おお、ガサラックや、よぉくお聞き、冒険者にだけは気をつけるんだよ。奴らは平気で人を踏みにじる。人の心も、生活も。奴らは自分らが特別なモノだと思い上がっている。どんなヤツでも所詮冒険者は冒険者だよ。ホントに気をつけるんだよ」
「かあさん、わかってるよ。俺はここにいるよ。大丈夫だって」
「そうかい、そうかい。かあさん、お前だけが頼りだよ。ほんといつもすまないねぇ。お前には迷惑ばかりかけて。贅沢もさせてやれず、不自由な思いばかりさせて」
「そんなことないよ。かあさんはたった一人の家族じゃないか」
カアサン、アリガトウ。カアサンニハ感謝シテル。カアサンニハ悲シイ思イハサセナイヨ。デモネ、カアサン。オレニハマダ見ヌオヤジノ血モ流レテルンダ。カアサンヲ捨テテイッタコトハ許セナイケド、ボウケンシャノ気持チッテイウノモ理解デキナイワケジャナインダ。
ゴメンヨ、カアサン……。
「弟だからといって遠慮することはない。お前に能力があればこの村はお前に譲る。キッシンジュにもそういってある。お前はお前の道を進むがよい。自分の長所を伸ばすもよし、短所を補うもよし、未知の分野に挑戦するのもよかろう。で、どうしたい?」
ある晩のこと。次期村長の座を巡る話になったときのことである。
「はい。私もお父様と同じく、魔術師の道に進みたいと考えております。魔術を通して世界に触れ、自分に何ができるか、何をすべきかを考えていきたいと思います」
冷静に、青年は答えた。
「そうか。ならば早速魔術を習いにフィルシムに行くがよかろう。金銭面のバックアップと私の名を使うことは許そう。あとはすべて自分で道を切り開くがよい。これからは常に選択がつきまとう。特に冒険者や人を束ねる立場になれば、生死をかけるような重要な選択を迫られるであろう。すべてに正しい選択を行うことは不可能だ。ならばいかにリスクを減らすか、失敗からいかにリカバリーするか、よく考え、時期を誤らずに決断するのだぞ」
「はい。有り難うございます。早速、明日にでも出発いたします」
ケツダンカ…ソレガ一番難シイ…ワタシハ何ガヤリタイノカ…父ノ期待ニ応エタイノカ…ジブンノ道…ジブンノ道ッテナンダロウ……。




