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2 成果

「思ったより損害が大きいね」

 ヴァイオラのその呟きは、戦士達の傷の手当てをしているラクリマの耳にも届いた。

 勿論、当の戦士たちにも。

 セリフィアがそっと視線を足元に落としたのを知りながらヴァイオラは続けた。

「次の戦闘じゃ敵はもっと多いだろうから……結局この薬に頼らざるを得ないかな」

「バグリペラントポーション、ですね」

 ヴァイオラが手の中で転がしている薬瓶を見て取ったアルトの言葉に、カインが反応した。

「アルト、結局のところ、バグリペラントポーションというのはどんな薬なんだ?」

 門外漢なのでよくわからない――そう言いたげなカインの問いに、アルトはニッコリ笑って答えた。 

「バグリペラントポーションは、そうですね、簡単に言ってしまうなら『虫除け薬』です。これを飲めばどんな形態の虫であっても――ハイブも虫の一種なんですけど――飲んだ者を『認識』できなくなるんです」

「認識できなくなるというのは、俺達のことに気づかない、ということでいいのか?」

「はい、そうです。彼らがよほど注意を払って存在を確認しようとしないかぎり、彼らにとっては透明な空気も同然ですよ。まぁ、でも、虫にしか効かないんですけどね」

 相手がひどく感心するので少し苦笑してしまったアルトだったが、カインはそれにも至極真面目に答えた。

「それでもハイブを相手にするには、酷く有効な薬だ。充分だろう」

「……そうですね」

 そう相槌を打ちながらもアルトはこのやりとりに違和感を感じていた。

 恋人を目の前で失ってしまったにしてはカインさんは冷静だ。それも、とても、と言っていいくらいに。この辺がカインさんの大人びたところなんだろうか。それとも……。

 少し考え込んでしまっていたらしい。気づけば当のカインがアルトを注視していた。

「どうした?」

 いいえ、何でもありません――そう返したアルトは、だが、一度芽生えた違和感を拭い去ることができずにいた。



 気づけばもう夕暮れ近くになっていた。あと1~2時間もすれば日が落ちるだろう。暗くなればその分こちらが不利になる。その前に何とかしてハイブコアを見つけたかった。

 春を告げるように生えだしている下生えの草草は、並んで歩く一行の足に静かに踏まれていく。遠くで鳥がひとつ、ふたつ、鳴き交わすのが聞こえた。だが他に何の音もなく、近在には生き物の気配がまるで感じられない。

(ハイブコアが近いのかもね)

 そう考えた瞬間、ヴァイオラは何か気配のようなものを感じた。何気ないふうを装って視線を巡らせると、背後からハイブたちが迫ってきている。そして、その中には狩人らしい服装をした者が混ざっていた。

(遅かった……)

 咄嗟に仲間に目をやった。やはり気配に気づいたらしいカインが自分に視線を向けている。その意味は言わずもがな、だ。

(やるしかないでしょう、ここまできたら)

 ヴァイオラは先程のように身振りで敵の存在を知らせたが、さすがに今回は相手も充分に警戒していたらしくこちらの挙動にさほど間を置くことなく反応してきた。こうなってしまってはもう密かに行動する意味などない。

 ヴァイオラの身振りで用意を済ませていたラクリマが祝福の呪文を唱えた。神の加護を受けながら、バグリペラントポーションを飲み干した戦士たちは思い思いの敵めがけて突撃していった。プロテクションフロムイビル〔悪からの防御〕の呪文で自身の防御を固めたヴァイオラの傍らを、ロッツ、コーラリックらは、まとめて攻撃されるのを防ぐため、かつ、戦士たちの邪魔にならないようにするために、近くの木陰へそれぞれ移動していった。

 そして自身も木々に紛れるようにして移動しながら、アルトは冷静に観察していた。

(向かって右側にハイブリーダー1体、周囲にブルード5体。向かって左側にはハイブリーダー1体とブルードリングが1体)

 こちら側のリーダーには負傷した跡が残っていた。先程逃亡した1体だろう。だとすればハイブの対応の速さにも頷ける。そしてあのブルードリングは間違いなく――。

(エルムレインさん、でしたね)

 状況分析をしながらアルトが位置取りを終えたその矢先、ロッツがつがえていた矢を放った。それが戦闘開始の合図となった。

 ロッツに射られながらもハイブリーダーはガス状の物質を発散し、その恩恵を受けたブルード達が反撃を開始した。1体がおかしな動きを見せたその瞬間、セリフィアの背後に身の丈10メートルもあるつむじ風のような生命体――風を司る精霊、エアエレメンタルが出現した、その向こうでは2体が浮かべた6本の魔法の矢のことごとくがヴァイオラに突き刺さっていた。

 かつての友人であることもわからず、狩人の服装をしたブルードリング――エルムレインが放ってきた矢を辛うじてかわしたコーラリックは、スリープを唱えて残った2体をどうにか眠らせたようだった。


 一瞬のうちに交わされる攻防を視界の端に捉えながらセリフィアは、だが、迷っていた。

 自分が魔法を使えないとはいえ、セリフィアとて魔法大国で知られるラストンで生まれ育った人間だ。だから、いやだからこそ、エレメンタル〔精霊〕のように魔法によって存在の場を与えられた生命の怖さはよく知っている。

(魔法で呼び出された生き物だから、魔法の武器でないと倒せないかもしれない……)

 だとすれば、武器にラクリマの祝福を授けてもらわなければ自分の攻撃は通用しない。だが、こいつ一体にそんなに手間取っていていいのだろうか? 周囲には憎むべきハイブがその刃を研ぎ澄ませているというのに。背後を見せたら、そう、自分だけではない。他の皆までハイブの餌食になってしまうのではないか? なら俺はどうすれば……。

 彼の思考を遮ったのは他ならぬGの叫びだった。

「行け、セリフィアさん! ここは私が食い止める!」

 あのリーダーがまだ何を「蓄えて」いないともわからない。ここでまとまっていたらやられるだけ――そう判断したGは咄嗟にセリフィアの背中を押してハイブへと向かわせると、自分は腰の剣を抜き放って身構えた。Gのその後姿を一瞬呆けて見ていたセリフィアだったが、気を引き締めるや手近なハイブ目掛けて突撃した。方向が示されたならあとは進むだけなのだから。


 エアエレメンタルの巨体に気圧されるように退っていたことに気づき、ラクリマはぎゅっと杖を握り締めた。手がじっとりと汗ばんでいるのがわかる。

(大きい……。それに……怖い。でも、しっかりしないと……)

 もう一度杖を強く握り、そしてふっと気がついた。自分が握り締めているこの杖。確かこれはディスペリングスタッフではなかっただろうか?

(この杖は確か魔法の効果を打ち消す魔力を秘めた杖。それならこの杖で攻撃すれば、魔法で呼び出されたエアエレメンタルを消すことができるかも……)

 そう思い至ったラクリマは怯えを押し殺し、エアエレメンタルに剣を向けているGめがけて杖を差し出した。

「Gさん、これでそれを叩いてください! この杖の魔力なら……!」

 言葉半ばであったがラクリマの言いたいことを察したのだろう。Gも手を伸ばして杖を受け取り、裂帛の気合を込めてエアエレメンタルを打ち据えた。杖が触れた瞬間、秘められた魔力が発動した。召喚術を無効化されたエアエレメンタルは現世にとどまる力を失い、姿を消していった。


 魔法の矢の集中砲火を浴びたヴァイオラは、今や立っているだけでやっとだった。それでも一方的にやられていたわけではなかった。ふらつく足元を懸命にこらえ、ボーラをエルムレインに命中させていたのだ。革紐に戒められて動きが鈍くなったところへすかさずGが走りより、手に持った杖で頭部を殴ってエルムレインを昏倒させた。

 一方、もう1体の――一つ前の戦闘で手傷を負わせたハイブリーダーが、魔法を使ったコーラリックを見定め走り寄ってきていた。それを迎撃しようと矢をつがえたロッツの視界を、傷を負ったヴァイオラの姿が掠めた。

(姐さん!)

 動揺し、一瞬だが手が震え――それが失敗の元だった。弓弦が切れる音と共に放たれた矢は見当違いの方向へ飛び去って――ハイブリーダーは目前に迫った。

 劣勢を挽回しようとアルトがカークランド村長からもらったスクロールを使ってヘイスト〔加速〕の呪文を唱えたとき、それは起こった。

 一瞬の出来事だった。ハイブリーダーの背後に突然人影が現れたかと思うと、手負いだったとはいえ、たったの一撃で敵を切り伏せてしまったのだ。

 崩れ落ちるリーダーの影から現れたのは――カインだった。呪文が与えた俊敏さが、もとから俊敏であった彼の動きをさらに疾く鋭くしたのだ。

 ロッツとコーラリックの無事を確かめ、カインは新たな敵の下へと走りだし――そして、文字通り風となった。

 呪文で得た敏捷さで駆ける。魔法で眠っていた2体のハイブの元まで辿りつくなり瞬く間に止めを刺し、彼の接近にようやく気づいて武器を構えたハイブリーダーに閃光のごとき突きを見舞った。狙いは過たず相手の胴を貫き、その命の炎を一撃で刈り取った。

 その光景を、遠く戦場の端からアルトは見ていた。

 呪文の加護を得たカインの強さは尋常でなかった。

 機械のような正確さと非情さで必殺の刃を放つそのさまは、まるで獣のようでさえある。いや獣というよりもむしろ。

(血に飢えた狂鬼のようだ……)

 一瞬の瞑目の後、アルトは自身に治癒呪文を施しているヴァイオラのそばに寄った。戦いはまだ終わっていない。そのことはまた後でも考えられるから――まずはヴァイオラさんを助けてあげないと。

「おおおっ!!」

 カインに遅れること暫くしてようやく戦場に到着したセリフィアは、目標を捉えるや否や疾走の勢いを乗せた斬撃を放ち、右端にいたハイブに手ひどい傷を負わせた。だが致命傷ではない。一撃で仕留められなかったことに舌打ちしつつ、止めを刺すべく剣を振りかぶる。と、突如として目の前のハイブが消え、剣が空を切った。見ればあと2体いたハイブのうち、2体とも姿を消している。残った1体が嘲笑うかのように触角をくゆらせるのを見て、セリフィアは何が起こったかを悟った。

(呪文、それもディメンジョンドア〔異次元ドア〕か!)

 空間を越えるディメンジョンドアの呪文によって飛ばされたハイブが、セリフィアの背後に1体、ヴァイオラの背後に手負いの1体と、それぞれ出現し、爪を振り下ろした。

(しまった…!!)

 ヴァイオラが振り返るより一瞬早く、ハイブは鋭い爪を彼女の背に食い込ませた。ヴァイオラはしたたかハイブを睨みつけたが、そのまま意識が遠のくのを感じた。ハイブはハイブで、すでにセリフィアの一撃でかなりのダメージを受けていたせいもあるが、ヴァイオラの眼力ゆえか誤って自分で自分をも傷付けてしまい、そのまま昏倒した。

「ヴァイオラさん!」

 アルトとラクリマは同時に叫んだ。

 先ほどから戦況を見守っていたラクリマは、ヴァイオラに駆け寄り、取るものも取り合えず止血を施した。だが、止血までしか彼女にはできなかった。治癒の呪文は、先に戦士たちを回復させるので使ってしまっていたからだ。

「ボクが」

 アルトの声でラクリマは顔をあげた。そういえばアルトは治癒の術が使えるのだと、思い出して安心した。

 アルトはヴァイオラに治癒の術を施した。ヴァイオラはうっすらと目を開けた。

「だ、大丈夫ですか」

 ヴァイオラは目でかすかに肯いた。だが、意識を集中させなければ手も動かせないくらい億劫だった。


 その向こうでは、セリフィアが自分の背後に移動してきたハイブを屠り、カインも最後の一体に止めを刺していた。

 コーラリックの叫ぶ声がした。

「向こうにもう一体います!!」

 ハイブたちがいたのとは逆の方向、先ほどエアエレメンタルが現れたよりも右よりの樹上を、コーラリックは指した。

 樹上には、細胞質の複眼を持ち、触角を生やした昆虫のような顔をした怪物が1体、鎮座していた。顔はハイブブルードやハイブリーダーと同じだが、身体は違った。ハイブブルードたちが、皮膚は変質しているとはいえヒューマノイドの体型をとっているのに対し、樹上の怪物の体躯は、まるで蛾の幼虫の体か、蜂や蛾の腹の部分のようだった。いくつもの節を持ち、それぞれの塊がぶよぶよと蠢いている。

 これが彼らのうちで最も恐るべき敵、ハイブマインドだった。呪文などの他者の能力を取り込んだり、そうして取り込んだ他者の技能を、ハイブブルードたち他の構成員にも使えるようにしたりするのは、すべてこのマインドの仕業なのだ。

「近寄るな! 遠くから狙え!」

 セリフィアの声に呼応して、Gとカインは武器を弓に持ち替え、矢を放った。ハイブマインドは苦し紛れにダークネス〔暗闇〕の呪文を唱えた。ロッツのあたりに闇を生ぜしめたが、ロッツは咄嗟にその場を逃れ出た。

 マインドの抗いもそこまでだった。カインの放った矢がその怪物の生を終わらせた。


 ガサラックが言った。

「おかしいな……この近くに窪地があるはずだが……」

 それを聞いて、ヴァイオラは弱々しい声でディテクトマジック〔魔法を見破る〕を唱えた。身体は思うように動かなかったが、頭の冴えは衰えていなかった。

「向こうに魔法のかかった領域がある」

 彼女はアルトを通じて皆にそう伝えた。Gは手にしていたディスペリングスタッフで、ヴァイオラが指示した辺りを触れた。

 途端に窪地が現れた。魔法でまるごと隠されていたのだ。

 窪地はすり鉢状で、斜面の半径は20メートルくらいありそうだった。その中央にグロテスクな姿を晒す怪物――これがブルードマザーに違いない。

 マザーがいると聞いて、その怪物を見ておこうと、全員が窪地の縁に集まった。ヴァイオラも貧血で今にも倒れそうだったが、自分をだましだまし歩いた。

 ブルードマザーは、遠目に見ているためはっきりしないが、ハイブマインドよりさらに一回り大きいようだった。胴から上の部分は、他の構成員たちと同じようなサイズだ。が、何といってもかさが張るのは腹部で、これだけ大きなお腹を引きずっていては、1分間に1メートルたらずしか動けないというのも頷けた。

 危険を感じたのか、彼女は自分の周りに毒雲を発生させた。だが直径10メートル程度の領域にしか及ばないそれらは、とても冒険者たちのところまで届かなかった。あとは弓矢と火炎瓶で仕留めるだけだ。

 弓といえどカインの攻撃は凄まじかった。急所目掛けて放った矢を雨の如く降り注がせ、怪物を射抜いていく。

 やがて毒の霧の中、醜い怪物はその動きを止めた。

「これでちょうど数が合いまさぁね」

 ロッツがハイブたちの死体を数えて言った。


 先ほどと同じように、ハイブの頭を落とす作業はカインが受け持った。ブルードマザーについては、毒が消えるまで待っていられないだろうと、コーラリックが「私が証人になりますから」と請け合ったのでそのまま放置した。

 これから休みも取らずに村に帰るのは無理と判断し、一同はガサラックの案内で適当な野営場所に向かった。ブルードリングと化しているエルムレインについては、すでにロッツがロープでぐるぐる巻きにしてあったものをカインが担いだ。

 コアから四半刻ほど歩いた先で腰を落ち着けた。火をおこし、簡単な夕食をとった。

 夕食後、Gが倒れた。ムーンフラワーの処方を忘れたわけではなかった。それを遥かに上回る何かが作用したのだろうか。

 ラクリマがアルトに手伝ってもらって、Gの寝るところを設えていると、

「ラクリマ」

 呼ばれて彼女は振り返った。カインが立っていた。

「短いほうがいいな。よく似合ってる」

 カインはそれだけ言うと、ふいと焚き火の向こう側へ戻っていってしまった。ラクリマは何を返事する暇もなく、少し侘びしそうに微笑った。

 夜直は、カインとセリフィアがぶっ通しでやると志願したので、彼ら二人に任せて、あとの人間は全員寝ることにした。


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