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9 曇天

 朝食は無言だった。全員、食べた気がしなかった。もっとも、カインは先から食事できるような状態ではなく、ラクリマも彼と遺体に付き添って不在だった。ヴァイオラは、ジェラルディンそっくりのラクリマを付き添わせるについては悩むところもあったのだが、結局他との兼ね合いもあって「付いててあげて」と頼んだのだった。もとよりラクリマに異存はなかった。

 村長との面会を反故にするわけにもいかず、ヴァイオラは朝食後早々に領主館を訪れた。セリフィアが一緒に来たいというので、付いてこさせた。Gは「具合が悪い」といって寝てしまい、アルトにはGに付き添って大人しく宿で留守番してもらうことにした。


 コルツォネート=カークランド村長は、いかにも冒険者上がりといった雰囲気の人物だった。嫌味のないにこやかな顔で二人を迎えた。ひととおりの挨拶が済んだあとで、彼は早速セロ村に移住することになる若手の狩人4人について、ざっと紹介した。

 まずガサラック。若者のリーダー格で、村長の下の息子とも仲がいい。ブローウィン。膂力体力に優れた大男だが──セリフィアと同じくらい背丈があるらしい──気は優しくて力持ちの典型。エルムレイン。森の知識にかけては中堅の狩人たちも一目置くほどで、ガサラックの右腕。ラムイレス。罠設置のエキスパートで、村では彼の右に出る者はいない。

「4人とも、古い奴隷階級出身なので、名字がない。自ら率先して名乗ることはしないのだが、もしもセロ村で姓が必要であれば変えてもらって構わない」

 カークランド村長はそう言って、いったん話を締めた。

「ずいぶん有望な人たちみたいですけど、手放していいんですか?」

 セリフィアがやや気がかりなようすで尋ねた。それはヴァイオラも訊きたいと思っていたことだった。

「うむ。これは本人たちの希望でもあってな。まあ、そなたたちにはここの事情を知っておいてもらわねば納得してもらえぬだろうから話すが……見ての通り、この村は交易のポイントで、ほとんどが商業で潤っている。魔法もラストンとは行かぬまでもかなりのレベルを誇る。そのような中では、わざわざ危険な恵みの森に出向いて、日々の糧を得ようとする者は少ない。狩猟のような危険な職業は廃れる一方なのだ。実際、狩猟ギルドも数年中になくなりそうな気配だ。セロ村やスカルシ村で獣人が姿を消してしまったことも関わっているのだが……」

「スカルシ村でも獣人が姿を消したのですか」

 ヴァイオラは聞き返した。フィルシムへ向かう途中で捕獲した狼族からそれらしい話は聞いていたが、きちんとした情報を聞くのはここが初めてだった。

「うむ。本当のことらしい。これだけ一度に姿を消すとなると、何らかの理由があって撤退したとしか思えぬ。こういうことについては古来ラストンが研究していたのだが……今はあのありさまだからな」

 村長は息を継いだ。

「もうひとつ、今回の移住には理由がある。私とアズベクトは」──アズベクトとは故セロ村村長の名前だった──「学友だったのだ。フィルシムの魔術師ギルドで机を並べて学んだ仲だ。向こうは兄弟が全員冒険で死亡してしまって村長を急遽継がねばならなくなり、途中から帝王学に移籍してしまったが。結局、アズベクトは魔術師になれなかったが、私にとっては大事な旧友だ。彼の頼み……それも最期の頼みとあっては、それを聞くにやぶさかではない」

 ヴァイオラもセリフィアもいたく納得した。カークランド村長は隣室からだれかを呼び入れた。二十歳前後の青年が部屋に入り、礼儀正しく挨拶した。

「私には息子が2人いる。兄のキッシンジュは戦士で冒険中のため不在だが、弟のほうを紹介しておこう。コーラリックという」

 コーラリックと呼ばれた青年は、再び頭を下げた。

「次の領主は年齢でなく実力で決めると言ってある。今のところ兄の実力には敵わないようだが……」

 コーラリックは柔らかな笑みを湛えながら「まだ私にも兄さんを追い抜く余地はありますよ」と口にした。

 村長は、食事を用意させたからと、二人を席に案内した。卓上には、昨日の晩餐もかくやといわんばかりの御馳走が並べられていた。

「コーラリック、君から見たあの4人はどうか、教えてあげてくれ」

 食事中に村長は、やや意地悪とも思える質問を息子に投げた。コーラリックは「他人の評価を口にすることはあまりよいことではないのですが」と断ってから、4人の詳しい紹介を始めた。


 ガサラックとは特に親しいが、リーダーシップがあり、行動力判断力共に優れているので、他の3人からも信頼されている。村の外に出たいという思いは殊のほか強かった。今回の話に申し出たのも、彼が一番最初だった。

 ブローウィンは、身体こそセリフィア並みに大柄でこわもてな印象を与えがちだが、内実はとてもやさしい人物だ。年下の子どもに良く好かれることからもそれはわかる。酒の席は好きだが、酒自体は全く飲めない。

 エルムレインは本を読むのが好きな青年だ。一緒に魔術師になろうと誘ったが、親の跡を継いで狩人になると言い張った。見た目によらず頑固なところがある。他の3人に較べてやや身体が弱いが、その分は頭脳でカバーしている。ガサラックのよき右腕で、4人のうちで唯一両親が健在である。

 ラムイレスは、罠の仕掛けの腕は実質村一番だろう。本人は少しお調子者のところがある。顔はとりたてて美形というわけではないが、一緒にいて楽しいのか、よく女性にもてる。

 話しぶりから、コーラリックがその4人とずっと一緒に過ごしてきたことがよく伺えた。


 デザートが出てくるあたりで、現れた執事が村長に何事か耳打ちした。

「コーラリック、しばらく頼みますよ」

 村長は客人の相手を息子に任せ、中座した。デザートも終わり、食後のお茶も味わい尽くしたころ、執事は今度はコーラリックに耳打ちした。コーラリックは肯き、

「こちらへおいで願えますか」

と、ヴァイオラとセリフィアを別室へ誘った。

 別室には先ほど退席した村長と、その前に3人の若者が跪いていた。いずれも一目で狩人とわかる服装をしており、疲労の色が濃かった。これが例の若者たちかと二人は判断した。だが一人足りない。いやな予感がした。

「大変残念な報告をしなければならない」

 村長は二人を正面から向いて言った。セリフィアは鳩尾みぞおちがいっそう落ち窪んだ気がした。村長の口からは予想通りの言葉が発せられた。

「セロ村に移住する予定だったうちの一人が、怪物に襲われた。どうやらハイブのようだ。とうとうこの村の付近にまでやってきたということか。残念なことだ」

 話をざっとまとめると、ガサラックたちは4人で狩猟に森に入っていた。とある場所でうち捨てられた荷馬車を発見したが、その付近でハイブ5体に襲われた。運悪くエルムレインが彼らに捕まってしまった。ガサラックは身を切るような思いで、彼を残してあとの二人とともに無事に逃げるという果断を下した。そうして命からがら村にたどり着いたということらしかった。若者たちは皆、悲痛な表情をしていた。無理もなかった。

 村長は言った。「村としては守備を固め、村人には『怪物が出た』と触れて森に入ることを禁じる予定だ」

 コーラリックがここで口を挟んだ。

「討伐隊を編成するときは私もぜひメンバーに加えてください」

 彼の父親は簡潔に答えた。「わかった。考慮しよう」

 村長はそのあとでヴァイオラに向き直った。

「ヴァイオラ殿、私からお願いする。このハイブ退治をそなたたちに依頼したい。クダヒかフィルシムから冒険者を募れば、もちろん高レベルの実力者を頼むことができよう。だが、そなたたちはそこまで高レベルではないといえ、ハイブとは戦ったこともある、いわば経験者だ」

(全滅したけどな……)

 経験者などといわれるのは、セリフィアにはこそばゆかった。村長はさらに続けた。

「それに何より時間が問題だと思うのだ。フィルシムやクダヒから冒険者を呼ぶには時間がかかる。状況から察するに、ここのハイブコアは播かれたばかりだろう。規模が大きくならないうちに、村人たちの被害が出ないうちに、何とかしたい」

 村長はそこで言葉を切ると、ちらりとコーラリックを見たようだった。

「今言ったとおり、そなたらに頼みたい一番の理由は時間を割きたいということにある。が、息子のこともある。コーラリックはわしがなんと言おうと討伐隊に加わって行くだろう。息子を任せる以上、身元のしっかりした相手に頼みたいという親心もあってな」

 カークランド村長は、続いて報酬の話に移った。

 まず、成功報酬は、唾液1体分につき100gp。「要するに倒した数1体あたりに100ということだ」

 この他に先払いの報酬として、魔力をこめた矢を10本、マジックミサイルワンド1杖、高位の魔術師呪文が書き記された魔法のスクロール(マジックミサイル、ウェブ、ヘイスト〔加速〕各1)、怪我の治療用ポーション3本を贈与する。

 また、それとは別に、魔法の盾、炎の威力が込められた魔法のダガー、護りの指輪、そして魔法的な効果をうち消す力の封じられた杖を、それぞれ1つずつ貸与してくれるという。

「討伐隊にファイアーボール〔火の球〕を打てる魔術師は参加する予定がありますか」

 セリフィアは村長に尋ねた。村長がないと答えると、意見して言った。

「それでは、俺たちと息子さんくらいの人数では、いかにも戦力不足です。彼らを甘く見てはいけません」

 ヴァイオラも質問を投げた。

「バグリペラントポーションはありますか? いざというときのために、もしあれば討伐隊に携帯させたほうがいいと思いますが」

 村長は考え込んでいたが、「わかった。それはなんとか明日の朝までに人数分を用意させることとしよう」と約束した。

「明日出発なのですか?」

「今日、これから出発してもおそらく現場に着くのは夜になってしまうだろう。だれもハイブと夜間に戦いたくはあるまい。彼らにも…」村長は狩人たちを指して言った。「彼らも一緒に行くと言っておる。どのみちその場へ案内してもらわねばならぬし、今日は休んで英気を養ってもらうほうがよかろう。ハイブコアの様子は、明日の朝までにもう少し詳しく調べておくとしよう」

 村長はそう言って、魔法の水晶球を取り出した。最後に彼は、

「今晩、皆でもう一度館に来て欲しい。夕食を用意させるので、この件への返事もそのときに聞かせて欲しい」

 会見はそこで終わりになった。


 ヴァイオラたちが宿へ帰ったのは、昼を幾分過ぎてからのことで、カインもラクリマももう葬儀を終えて部屋に戻っていた。ヴァイオラは皆にハイブコアのことと、その退治を依頼されていることを話した。

「やりましょう」

 Gはすぐさま話に乗った。セリフィアももちろん異議はなかった。

「あっしは姐さんについてきますぜ。坊ちゃんの敵討ちもしなきゃ」

 そう言ったのはロッツだった。ヴァイオラはアルトとラクリマを向いて尋ねた。

「アルトとラッキーはどうする?」

「ボクは、やります」

 アルトがそう答えるのに続いて、ラクリマも「私は皆さんについていきます」と答えた。

「……ジェラルディンが…ハイブのことを言っていた」

 亡霊のように、カインが口を開いた。

「彼女もここでハイブを見たんですか?」

 ラクリマが尋ねるとカインは答えた。

「いいや……彼女は……ハイブを運んでいたかもしれない」

「じゃあ、仇を討たなきゃな」

 ヴァイオラはそう言ってカインの肩に手をかけた。カインはふいとヴァイオラの手から顔を背けた。彼の横顔を見ながら、ラクリマは先ほどの葬儀を思い出していた。


†  †  †  


 スルフト村の神殿は、ステンドグラスと灯りの美しい聖堂を持っていた。魔法の灯りはやや強いため、飾り穴の付いた金属製のカサを被せられ光量を調節されていたが、それでも迸る光線の強さは隠せずにいた。

 村の好意で、ミサは無料であげてもらった(あるいは村長が特別に肩代わりしてくれたのかもしれなかった)。死化粧を施したジェラルディンはすっかり青ざめ、蝋人形のように、冷たい物体と成り果てていた。

 死者への祈りを聞きながら、ラクリマは一時も涙を留めることができなかった。ステンドグラスの輝きが茫洋と瞳を刺して辛かった。

 横にいるカインはもはや泣いてはいなかった。だが彼から、哀しみが空気を通して伝わってくる。それは、まるで大河のように広く、大きなうねりで彼自身を呑み込もうとしているように思えた。先ほど感じた激しい哀しみよりも遙かに暗くて冷ややかなそれは、ラクリマにとってはよほど恐ろしかった。

 祈祷文が終わり、司祭がカインに「お別れを」と告げた。カインはジェラルディンの前に進み出た。ラクリマは背後でそっと鎮魂歌を口ずさんだ。

「………」

 カインは何も語らず、ただ愛しい者の死に顔を見つめていた。それから最後に彼女に別れの口づけをした。万感の思いを込めて。

「このままこちらで埋葬してよろしいですか?」

「はい……」

 カインは埋葬の前に彼女の頭髪を一部切り取り、リューヴィルの頭髪の隣に並べて提げた。

 ジェラルディンの亡骸は村の共同墓地に葬られた。白っぽい麻布にくるまれたそれが深くて暗い坑に降ろされるのを、二人は黙って見守った。形式的に土がかけられたあとも、しばらくその場に佇んでいた。

 ひとが死ぬとはなんと悲しい。パシエンス修道院で育ったラクリマにとって、そしておそらくフィルシムの貧民街で育ったカインにとっても、死はごく身近な存在だった。だがその同じ死に対して、カインは熱い憤りや哀しみやさまざまな色の感情を感じているようなのに、ラクリマはいつもと同じように凍るような哀しみしか感じないのだった。

「………」

 カインは無言で背を向けた。宿へ帰るのだろう。ラクリマはもう一度、かつてジェラルディンだった物体に目を落とした。私もいずれはあそこへ帰る。そう思うや思わざるや、口から鎮魂歌の一節が流れ出た。



  灰のように砕かれた心をもって

  ひれ伏し願いたてまつる

  私の終わりのときを計らい給え



 彼女は墓地の坑に背を向け、一定の距離を置きながらカインのあとを追った。曇天ばかりが地上の営みを見下ろしていた。

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