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8 長い訣れ

 3月9日、早朝。

 セリフィアとカインは早朝に再度トーラファンの館を訪れ、魔力の込められた両手剣を買いたいと申し入れた。トーラファンはちょうど在庫があるといって、大きな剣を3振り、出してきた。セリフィアは柄に赤の装飾が施されているものを選んだ。

「ラクリマの大切な友人だから、5%引でいい。14250gpだ」

 余った3千gpで何か適当なものが買えないかと思い、ポーション類について何があるか聞いてみたが、とりあえず買わなくてもよさそうなものばかりだった。一番欲しかったバグリペラントポーションは今はないとのことだった。

 3千gpについてはアルトを除いた6人で分けることにし、ガーネット30個のかたちでもらい直した。パシエンスに寄ってラクリマを伴い、「青龍」亭に戻った。

 この日、アルトは起きるなりGを見て思った。

(獣人か……鷹族だな。珍しい能力だ。この力を自分のものにしたい……いやいや、そんなことを考えてはいけない)

 また、セリフィアを見て思った。

(魔力が強いな……この力も自分のものに………いやいや、そんなことを考えてはいけない)

 最後に修道院から戻ってきたラクリマを見て、

(自分の色がする……? うむ……わからん……)

 だが、これらはほんの閃きのようなもので、次の瞬間には彼は自分が思ったことを忘れてしまっていた。

 ラクリマはヴァイオラに、

「トーラファンさんのご厚意で、ムーンフラワーを10回分いただきました」

と昨日のことを報告した。本来単位あたり1gpの売値のものを、無料で譲ってもらったということだった。ヴァイオラはよかったねと応じたあと、「今のうちに、手に入れられるだけ手に入れておいたほうがいいかもしれないね」と言った。

 結局アルト以外は皆5百gpずつの収入を得たので、セリフィアとラクリマは前回訓練費用として借りた5百gpをそっくりGに返すことができた。Gはそれら一千gp分のガーネットをヴァイオラに渡して言った。

「いろいろと入り用だろう? 使ってくれ」

 朝というにはやや遅い時間帯に、一行は出発した。待ち合わせに遅れてしまったが、スルフト往きの隊商は文句も言わずに待ってくれていた。


 3月13日、夜。

 街道は広く、どこも整備が行き届いていた。セロ村へ至る街道とは大違いだ。平らかな道を足に踏み、森林を1日半、平原を2日、アリスト丘陵をもう1日半かけて歩いて、一行はスルフト村に辿りついた。村はゆるやかな丘陵の盆地に位置している。大きさをざっと見るに、セロ村の4倍はあるようだ。

 スルフト村は低めのがっしりした石壁で囲まれていた。正門は村の南、街道沿いに置かれているが、この時間はすでに閉まっており、一同はすぐ脇の通用門へ向かった。門には2人の戦士が見張りに立っていた。時間外であるため、入村審査には少々時間を取られた。

 と、村内から、いずれ見たことのあるような15~16歳の少女がふらりと現れた。

「あ……」

 G、ラクリマ、カイン、アルトの4人にはすぐにわかった。セリフィアがセルレリア殺しでしょっぴかれたあの晩に、フィルシムの「青龍」亭から出ていった不思議な少女だった。少女は相変わらず薄手の白いワンピース一枚で、門衛に冒険者パスを見せるとそのまま出ていこうとした。

「ヴァーさん、あの子だ」

 Gはヴァイオラに軽く耳打ちした。続けて言った。

「とても人間とは思えない」

 気にしすぎなんじゃないかと思いつつ、ヴァイオラはディテクトマジックをかけ、次いでディテクトイビルを唱えて少女を見た。

 ディテクトマジックに対しては、少女の指輪が2つ、それから足元の影のような何かと、正面に立ち上がるヒトガタ状の何かが反応を示した。見えない魔物だろうか……少なくともアンデッドではないようだった(少女本人も)。

 ディテクトイビルには反応しなかった。いや、少女には反応はなかったが、足元の影は反応を示した。それは魔法をかけられたことに対する反応のようでもあった。

 出し抜けに少女は声を発した。

「いいですよぉ、別に気にしないでも」

 その言葉は、歩みを止めず、一同には背中を見せたまま独り言のように発せられた。

「ごめんなさいねー」

 ヴァイオラは背後から声をかけたが、少女はもはや何も反応しなかった。そのままゆうゆうと一人で去っていった。

 一同はほどなくして審査を終え、村の中に入った。

 入るなり、正面の奥まったところにそびえ立つ塔が見えた。村の中央やや北側には領主館があるらしいから、その付属の塔だろう。背後にはゆるやかな斜面がそそり立ち、威容を演出していた。門から入ってすぐのところにある商業区は、もう夜だというのに賑やかで人通りもまだまだ多い。普通の店舗は閉まっているものの、道の両側に立ちならぶ宿屋、居酒屋、遊戯場などには「このご時世に」と首を傾げたくなるほどひとがあふれていた。

 よく見ると、店や街路の灯りは、魔法のそれのようだった。灯りだけではない、さまざまなところにちょっとした魔力による仕掛けがあって、フィルシムにありながらまるでかつての魔法大国ラストンのような様相を呈していた。

 一同はこの村で一番信用の高い宿、「百年紀」亭に入った。入り口にはゴーレムが2体、中に入ると仲居代わりにクリスタルスタチューが何体も立ち働いていた。

「こんにちは」

 ラクリマはフィーファリカを思い出してクリスタルスタチューに挨拶したが、返事はなかった。残念そうに、

「…ここの方々はお話しなさらないんですね」

(普通は話さないだろう!)

 ラクリマの発言に、ヴァイオラもGも目が点になった。

 ヴァイオラは受付まで進んだ。「いらっしゃいませ。空き部屋はございますよ」という受付に、「支配人はいらっしゃいますか」と尋ねた。受付はことさら用向きを追求したりせずに、素直に支配人を呼んだ。

「ご用の向きはなんでございましょう」

 支配人は洗練された態度でヴァイオラに向かって尋ねた。

「到着が大変遅くなってしまいましたが、村長にお会いするのにこちらから取り次いでいただけるでしょうか」

「何か親書でもお持ちですか?」

 ヴァイオラは支配人に故セロ村村長から預かった親書を渡して見せた。支配人はそれにざっと目を通し、

「こちらでご報告しておきましょう。明日には面会していただけると思います」

と、ヴァイオラに告げた。そのあとで「できればこの親書をお預かりしたいのですが」と断り、ヴァイオラがそれを預けると、自ら先に立って一同を部屋まで案内してくれた。

 部屋は最上階のスイートだった。中央に居間があり、その周りに寝室が3つつながっている。居間には立派な暖炉があって、明々と燃える炎はコンジュアエレメンタル〔精霊を呼び出す〕の魔法で炉内に縛られていた。ラクリマはこうした贅沢な部屋を見るのも初めてで、驚くばかりだった。

「お食事もご用意しますか? 急なことでしたので、20分ほどお時間をいただきますが」

 ヴァイオラは食事も頼んだ。支配人は最後に「何かございましたら部屋係にお申し付けください」と言って去っていった。

「すごいお部屋ですね……あの…お代は大丈夫なんですか?」

 ラクリマが心配そうに聞くのに、ヴァイオラは「私たちはセロ村からの正式な使節なんだから、そんな心配しないでいいんだよ」と答えた。

 セリフィアはスルフト村に入ったときから、何とはなしに軽い嫌悪感を覚えていた。灯りや扉の開閉を魔法仕掛けにする、そのやり方が彼に故郷のラストンを、そこで味わった苦い思いを思い出させていた。ラストン……何もかもを魔法で処理しようとする土地……魔法以外に価値を認めようとしない人びと……。

「どうした?」

 カインの声で彼は我に返った。「何でもない」と手短に答え、荷を降ろした。

 夕食までは間があるのでお風呂にでも入ろうということになり、一同はそれぞれ久方ぶりに身体を洗い、身繕いを済ませた。ところへちょうど支配人が現れ、食事の用意ができたことを告げた。

 支配人はまた、ヴァイオラに先ほどの親書と、それに対する返書とを渡した。返書には「明朝来られたし」との旨が書かれていた。

 食事はフルコースで、経験はないが知識のあるアルト、知識としては知らないが経験のあるセリフィア、知識も経験もあるヴァイオラとGはともかく、知識も経験もないカインとラクリマはマナーも何もわからず、食事するだけで神経をすり減らしてしまったようだった。

 食後、ヴァイオラが酒場に繰り出すというので、カインもついていった。二人で酒場へ行き、それとなくこの村について話を聞いた。コルツォネート=カークランド村長は魔術師であること、そのカークランド一族がサーランド時代から村を守っていること、村はクダヒ~フィルシム間の中継点であるためほとんど交易と商業で成り立っていること等がわかった。

「村の見所はなんですか」

「そりゃあ、フィルシム国内では珍しく、魔術のレベルが高いってことだろうな」

 目の前の親父は酒を呷りながら答えた。

「ここの魔法はラストン並みだろ。魔術師学校もあるしな」

 ヴァイオラは、ユートピア教の動向についてもそれとなく探ってみたが、ここではまだあまり危機感がないようだった。ほとんどの人間は「ハイブ? 見たことねえな」といった答を返してきた。

(まだこの辺りは禍を被っていないらしい)

 ホッとしたような、逆に危うさを感じるような、妙な気分だった。

 酒場で、ヴァイオラはツェーレンのお供え用に、この村で売られている中で一番美味いという酒を買い求めた。


 3月14日。

 朝食の用意ができたと告げられ、一同は部屋を出た。

 部屋から廊下に出たところで、カインは向こうのロイヤルスイートから、娘がひとり出てくるのを目にした。金属鎧に盾と護身用の短杖で身を固めたその娘は、ラクリマに瓜二つだった。というよりもむしろ、

(…ジェラルディン!?)

 呼びかけたかったが声が出なかった。

 ラクリマも向こうの少女に気がついた。自分と同じ顔の彼女を見て、カインから話を聞かされていたにもかかわらず、びっくりして立ち止まった。

 様子のおかしいカインの視線を追って、一同は少女の姿を認めた。カインを拾ったときも驚いたが、今度も驚かないわけにはいかなかった。ラクリマとその少女とは、まるで鏡に映したようで、実の親でも見分けがつかないだろうと思えるくらいそっくりだったからだ。ただ、あちらの少女の髪が20センチほど長い、それだけが二人を見分けるよすがとなっていた。

 ヴァイオラは一同の陰に隠れてディテクトマジックを唱えたが、何も反応しなかった。

「カイン、生きてたの!!」

 動こうとしないカインの気配に、少女はふと振り向いて──ラクリマと全く同じ声で、彼女は喜びも顕わに叫んだ。

 カインは混乱した。どちらが声を発したのか、自分の判断にしかと自信が持てなかった。

(姿も声もそっくりだ……)

 ただ呆然と、立ちつくした。

 一同も言葉がなかった。最初に口を開いたのは、ラクリマだった。カインを軽く揺さぶりながら、

「カインさん、本当に生きてたじゃないですか。よかったですね!」

と、祝いの言葉を述べた。

「どうしたんですか? 早く行ってさしあげなきゃ」

 ラクリマはそう言って彼の背を押した。カインはようやく一歩前に踏み出した。

「カイン…? そのひと、だれ…?」

 ジェラルディンもラクリマに気づいたようだった。彼女ははっきりと不信感を口にした。

「ほら、行ってあげてください。あ、私たち、場を外したほうがいいですよね? じゃあ先に向こうへ行ってますから。ね?」

 ラクリマは面倒を避けるように申し出て、他のみんなと一緒にこの場を離れようとした。

「ああ、じゃあ先に行ってるよ」

 ヴァイオラの声に反応して、カインが振り返った。彼は目で何か訴えていた。

(…ディテクトイビルをかけてほしいのか)

 ヴァイオラは軽く肯き、廊下の扉を出て呪文を唱えた。それからもう一度中を見たが、ジェラルディンは何も反応しなかった。悪意はなく、どうやら本物らしい。ヴァイオラは(何も反応しない)と首を振ってみせた。カインもようやく安堵したようだった。目の前の彼女が、ユートピア教の罠ではないかという疑念をずっと払えずにいたのだ。

 他の面々が去ったあと、カインはジェラルディンのそばに寄り、彼女をとくと眺めた。

「よかった、生きててくれて」

 カインが言おうと思ったことは、先に彼女に言われてしまった。

「私、あんなところであなたを突き落としてしまって…」

「いいんだ、おかげで助かったんだから。君こそ……生きててよかった」

 言いながら、カインは実感が徐々に身のうちに湧き上がってくるのを感じ取っていた。目の前にジェラルディンが生きて立っているという心地よい実感が。生きていた。生きていた。生きていたんだ。

「よかった……」

「カイン……」

 二人は暫し無言で抱き合った。

 やがてカインは身を引き剥がすと一番訊きたかったことを尋ねた。

「どうやってあそこから助かったんだ?」

「もう駄目だって思ったとき、ファザードさんっていうひとの一隊に助けられたの。その人の仲間の魔術師が、私を取り囲んでいた化け物を一掃してくれたのよ」

「……トーマスは?」

 カインの問いに、ジェラルディンは少し表情を曇らせた。アルトーマスは彼女の兄だった。その表情から、彼はやはり生きていないのだろうとカインは察した。

「みんな、一応は助けてもらったの。そのときにはもう息絶えてたひとも……」

「みんなはどこにいるんだ?」

「今はフィルシムで療養してるわ」

(フィルシム……では、パシエンス修道院の子どもが見たのはやっぱり……)

 カインは彼女にいつフィルシムに戻ったのか尋ねた。ジェラルディンは一寸首を傾げて、「2月4日だったと思うわ」と、答えた。

「療養って言ったな。費用はどうしてるんだ?」

「それはファザードさんが払ってくださってるの。死んでいる人もそのうちに生き返らせてくれるって約束してくれたの」

 カインは後頭部がチリチリとするように感じた。話が……変だ。

「どうして彼らはハイブにやられなかったんだ?」

「あの人たちはハイブが近寄らないポーションを飲んでいたわ。私もそれをもらって、逃げられたのよ」

 カインが考え込んだのを見て、ジェラルディンは「カイン?」と声をかけた。

「君はこれからどこへ行くんだ」

「クダヒへ行くわ。ファザードさんたちが先に向かっているから」

「………一つ訊きたいんだが……君たちが助けられたとき、リューヴィルは生きていたのか?」

「え? え、ええ、毒にやられてはいたけど、生きてるわ。死んでしまったのは……トーマスだけよ」

 「リューヴィルは生きていたんだな?」カインはもう一度念を押してから、ジェラルディンの肩を支えた。「落ち着いてよく聞いてくれ。俺は……ひと月前にアンデッドになったリューヴィルと戦って、彼を倒した」

 ジェラルディンの目が大きく見開かれた。廊下の灯りを吸って、黄金に弾けた。黄昏の色だと、カインは思った。

「うそ……うそよ……」

「嘘じゃない。この手で彼の亡骸を土に埋めたんだ」

「うそ……だってあの人たちは……私が一所懸命働けば、みんなを治してやるって……トーマスも生き返らせてくれるって……」

「彼らがそう言ったのか」

「…そういえば……」

 ジェラルディンの目から涙があふれ出た。大粒の涙は留まるところを知らず、それを見て、こんな表情は本当にラクリマとそっくりだと、カインは頭のどこかで思ったようだった。

「ジェラ……」

 ジェラルディンはカインの腕を払い、いきなり階段のほうへ走った。

「来ないで!!」

「ジェラルディン!!」

 カインは彼女を追った。腕を掴み、やや乱暴に彼女を引き寄せた。

「だめーっ!! 私から離れて!!」

 カインは泣き続ける彼女を抱きしめた。ジェラルディンは涙声で、

「カイン、私、ハイブを……!」

 その先は言葉にならなかった。少女の体内でドン、ドンと音が二つして、それきりだった。カインの口から絶叫が迸った。

「ジェラーーー…ッ!!」


 悲鳴を聞いたのは、食堂付近でだった。

「今のは…!?」

 一同は顔を見合わせ、走ってさっきの廊下まで戻った。

 カインは呆然と、ただ涙を流して立っていた。彼が抱きしめている少女の腕は二つながらだらりと垂直に下がり、身体には大きな穴が二つ空いて見えた。下の絨毯は鮮血で朱に染まっていた。

 呆然とする一同の前を、ラクリマが彼らに駆け寄るのが見えた。

「カインさん…!」

 カインは何も反応しなかった。ラクリマは「診せてください」と、何とか彼の腕からジェラルディンの身体を引き取った。絨毯に横たえて生命を繋げないかと様子を診たが、無駄だった。

 一体なんという血の量だろう、こんな小さな身体に、こんなにたくさんの血があるなんて。そして、これだけ血を失ってしまっては、手の施しようがない。わかってはいたけれど、診ずにはいられなかった。できることなら彼女を生かしたかった、カインのために。生命の抜け殻を前に、ラクリマは思った。

(……なんて惨い…)

 エドウィナと同じく、これもブラスティングボタンに相違なかった。つまりはユートピア教ということだ。彼女は俯いた。涙があとからあふれ出た。悲しくて、目の前に自分と同じ顔の死体があることに対する生理的嫌悪すら感じる余裕がなかった。

 カインが床に膝をついた。彼の胸から膝まで、前一面は血で真っ赤だった。声も立てずに泣きながら、彼はジェラルディンの目を閉じてやった。哀しみと怒りが彼の中で音もなく吹き荒れていた。

(ラクリマさんが……ううん、違う、あれは…あそこで死んでいるのはラクリマさんじゃない……違う……でも……)

 Gはよろめくように半歩あとずさった。ジェラルディンの死体は、まるでラクリマの死体のようだった。親しい者を再び失うかもしれないという恐怖が彼女を満たし、雁字搦めにしていた。

 あとは立ちつくすばかりだった。皆、近寄ることすら憚られた。

 ジェラルディンは失われた。今度こそ。共有しきれないほどの痛みがその場に充満していた。

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