7 転生
トーラファンは驚愕も顕わにアルトを見た。
「そなたは私が戻るまで必ずここで待っているように!」
強い口調でアルトに言い置くと、フィーファリカを呼びながら彼は魔法の絨毯を呼び出した。カインに向かって「乗り給え」と早口で言い、フィーファリカと自分も絨毯に乗り込んだ。
「あのぉ、ボクも一緒に行っちゃいけませんか?」
アルトがおずおずと申し出ると、トーラファンは一寸逡巡したあとで、「フィーファリカ、悪いが彼女たちの相手をして待っていてくれ。絨毯の運転は私がしよう」と言って、アルトを代わりに乗せた。どうやら絨毯は3人までしか乗れないらしかった。
空飛ぶ絨毯はほどなく中規模の神殿に到着した。トーラファンはずかずかと中に入って行き、そこにいた神官に呪文の代価を支払うなり、「ディスペルイビル〔悪を破る〕をかけてくれ」とカインの指を差し出して言った。
神官が呪文を唱えると、エドウィナの指輪は一瞬、膨張したかのように見えた。すぐまた元に戻ったようだったが、前より幾分地味な感じがした。そしてようやく指輪はカインの指から外れたのだった。アルトはそれを見せてもらい、後々に役立てようと記憶に刻んだ。
「近頃お騒がせのユートピア教のものらしいぞ。奴ら、こんなものまで作っておるとは……もっともわしだったらこのくらい、幾らでも作れるがな」
「ええ、貴方でしたら、そうでしょうね」
トーラファンと神官の会話を聞いて、カインもアルトも改めて彼が高位の魔術師であることを認識し直した。
「では戻ろう」
フライングカーペットはあっという間に3人を元の館に運んだ。
「さて」と、トーラファンは言った。「支払いはどうするかね。悪いが、金貨は持ち合わせておらんが」
「宝石でお願いします。できれば7人分にしていただけるとありがたいのですが」
セリフィアがそう言ったので、トーラファンはフィーファリカに、2万gpを適当に宝石で7等分した袋を作るように言った。
「あの……ボクが何か……?」
アルトがまたおずおずとトーラファンに訊ねると、彼はおもむろにアルトを振り向いた。
「そなたは今、何歳だ?」
「ええと……」
アルトが答えに詰まっていると、ラクリマが横から「15歳ですよね」と言った。トーラファンは訝しげに目を細めた。
「……何か他と違ってできることは?」
「傷が治せるんですよ!」
今度も発言したのはラクリマだった。その彼女を指して、トーラファンはアルトに訊いた。
「…彼女に見覚えは?」
「えっ? えっと、2ヶ月前に会ったばかりです。そうですよね、ラクリマさん?」
「え、ええ……」
トーラファンはやや考え込んだ。それからラクリマに向き直って言った。
「気をつけるように」
「…え?」
「大丈夫なのか……いや……本当は彼と一緒にいないほうが……」
トーラファンはさらに不気味な呟きを洩らした。アルトは不安に駆られた。
「ボクは人間じゃないんですか?」
いきなりそう訊ねた。
「皆の前で言っていいのかね」
トーラファンはアルトに聞き返した。アルトは考え、自分だけで知ったとしても結局は報告することになるのだから、と、「お願いします」と答えた。
トーラファンの回答は、全く予期せざるものだった。
「そなたは人間だ。100%、な。単にそなたは生まれ変わりなのだ。だれの転生かは知っているが……わしの口からはとても言えぬ」
トーラファンはそう言っておきながら、堰を切ったように喋り出した。
「転生前の奴はマジックマスタリーを使えなかったが……その能力を手に入れることに成功したわけか」
「マジックマスタリー…?」
ラクリマは思わず聞き返してしまった。
「君たちが知らぬのも無理はない。魔導技能はサーランド時代の人間ならだれでも使えた能力だが、今の世では失われているからな。もっとも、完全に失われたわけではない。一番最近の人間でこの能力を持っていたのは、ステビア前ラストン国王か。あとはショーテスのキチガイも使えるという噂だが、真偽のほどは知らん。だがそれは問題ではない。問題は……」
トーラファンはアルトを凝視した。一息ついて、再び口を開いた。
「今のまま生きていてくれ。昔のことは思い出すな。本当はラクリマと一緒にいないほうがいいのだが……彼女の存在が以前の記憶を誘発する恐れがある」
アルトたちはただ呆然としていた。言葉もなかった。
「その…」やっとカインが口を開いた。「昔の記憶が戻るとどうなるんですか。何か問題があるんですか」
「彼は邪悪なことも平気でやれる人間だった」
トーラファンは端的に答えた。
「昔の意識が目覚めた途端、君たちに襲いかかる危険もある。本当は……本当はやはり一緒にいてほしくないが……」
彼はそう言って最後にラクリマを見た。ラクリマもどう答えていいかわからなかった。
ヴァイオラとGは「青龍」亭から隊商ギルドへ向かった。スルフト村までの道のりで、隊商を護衛する契約を結ぶためだ。
故アズベクト村長が言っていた通り、スルフト村へは毎日隊商が出発しているという話だった。実質はクダヒ行きの隊商が村を中継して向かうというのがほとんどだったが。ヴァイオラは明朝出発の隊商の護衛としてついて行きたい旨を伝えた。ギルドの受付は、
「他にも申し込んできたパーティがいるが、君たちの話は聞いているから、隊商も優先的に契約するだろう。ただ、スルフト村までだと報酬は少ないが、いいか?」
と、述べた。少しずつ、ヴァイオラたちも実力を認められてきているようだ。
聞けば、食事は向こう持ちで、往路だけで護衛代一人頭2gpとのことだった。
「食事が出るなら十分ですよね、ヴァーさん」
ヴァイオラは肯いて、「契約をお願いします」と受付に頼んだ。
二人は「青龍」亭に戻った。部屋にはロッツしかおらず、セリフィアたちはまだ帰ってきていなかった。それからしばらく待ったが、彼らは帰る気配もなかった。
「先に食べてしまおう。どうせ向こうでいただいてるんだよ」
ヴァイオラはGに夕食を促したが、Gは「待ってます」と言って食べに行こうとしなかった。ヴァイオラはロッツと二人で階下で夕食を済ませ、食いはぐれないようにGの分の食事を部屋に運ばせた。
ヴァイオラの推測通り、ラクリマたちはトーラファンの館でもてなしを受けていた。
「以前、俺が半分人間じゃないと言われましたが、どういうことですか」
セリフィアはテーブル上で、この間から疑問に思っていたことを口にした。
「まぁ、そなたも人間だ。そなたの場合は半分ほどに薄まっているしな…」
「何がですか?」
トーラファンは謎掛けのような答を返した。
「普通の魔術師とサーランドの血を引く魔術師とでは全く違うものだ」
自分にはその「サーランドの血」が混じっているということだろうか、と、セリフィアは思った。それから、もうひとつ、この間の夜中に現れた魔法の剣のことも話してみた。
「サーランド時代に狂った魔術師がそんな剣を作ったと聞いたことがあるな……」
トーラファンは考え考え口にした。
「柄と刀身は別物のようでした。柄はラストンであとから作られたものだと思います」
「例の神剣並みの剣のことですよね?」
アルトが口を挟んだ。
「神剣? わしが知っているのは神剣どころか神をも斬れるというとんでもない代物だったが……。ではラストンで鍛え直して、加工に失敗して実力が発揮し切れていないということか。ラストンのほうに探りを入れてみるか…」
セリフィアは続けて、自分の持っている以外の10フィートソードの行方も知らないか尋ねてみた。その結果、魔力を付された業物が3本あり、それぞれスカルシ・ハルシア、グッナード=ロジャス、マリス=エイストの所有となっていることが確認できた。あと2本、業物などと形容することすら憚られるほどの名品があるはずだが、それらは行方不明になって久しいとのことだった。
晩餐も終わり、暇を告げる一同を引き留めておいて、トーラファンは姿を消した。すぐに戻ってきて、アルトにひとつの指輪を渡した。
「これをはめるがいい。これは邪悪な人間にはつけられない指輪だ。悪心を抱くと黒く変色し、痛みを伴う。そなたが昔の記憶を取り戻して、ラクリマたちに害を為そうとするようなときに、何とか数秒間は保たせられるだろう。彼の力をもってすれば、こんな指輪など十秒もかからずに処分されてしまうだろうがな」
それから思い出したように、
「さすがに無料で渡すわけにはいかん。先ほどのスペルストアリングの代価のうち、君の分の宝石をそっくり差し引かせてもらおう」
と、アルトに告げた。アルトに異存はなかった。彼はその場で指輪をはめた。
ラクリマをパシエンス修道院に送り届けたあと、3人は「青龍」亭へ戻った。セリフィアはパシエンスでラグナーに挨拶しようと思っていたが、トーラファンの館で時間を取りすぎて、彼はもう寝たあとだった。
「遅かったじゃないか」
ヴァイオラはわざと棘のある声で言った。出ていったきり戻らないなんて、まるで子どもの遣いだ。先ほどちらりとセリフィアのことを「大人になった」と思ったが、その評価は撤回した。
セリフィアたちは今になってやっと反省したようだった。
「夕食は?」
「トーラファンさんのところで…」
「ほらね、ジーさん。待ってたって無駄だって言ったでしょ。もう遅いし冷たくなっちゃったけど、食事はしたほうがいいよ」
ヴァイオラはGに向かって言った。セリフィアもカインもアルトも、Gが食事も取らずに自分たちを待っていたのだと知って、済まなさでいっぱいになった。
「なに、7人分に分けてもらったの? そんなことしないで、全体でいい使い道を考えたほうがいいんじゃないの?」
トーラファンからの指輪の代金について話をしたところ、ヴァイオラからそのような意見が出たので、一同は改めて17250gpの用途について話し合った。結果、実用面でも、他に対する体面からも、魔法の武器を購入したほうがいいのではないかということになった。「明日の朝早く、もう一度トーラファンさんのところへ行って、購入できないか相談してみよう」という話に落ち着いた。
そのあとで、セリフィアはトーラファンのところで知った自分に関する情報を、ヴァイオラとGにも公開した。
それに続いてアルトも自分のことを話した。自分が転生体であること。しかも転生前の人格は悪人であるらしいこと。悪心を抱くと黒く変色する指輪をもらったこと。
「つまり、それが黒くなったらもう猶予はならないってことだ」
ヴァイオラはアルトに確認した。
「その転生前の人格が現れると、ちびはどうなっちゃうの?」
「たぶん、消えるんじゃないでしょうか」
アルトは説明した。普通の転生体の場合、アルトのように別人格が生まれたりはしないで、最初からそのひと本人の人格として意識を持つ。自分の場合は特殊のようなので、今ある人格と転生前の人格とはおそらく相容れないだろう。
「そうか。じゃあやることは一つだ」
ヴァイオラは断言した。
「自分をしっかり持て。アルトが消えなければ、きっと元の人格も現れられないんだろう? もっと修行するんだね」
「はい」と、アルトは神妙に答えた。
その晩、アルトは夢を見た。
彼の意識はある一室を覗き見ていた。
その部屋に集ったのは3人。僧侶らしい初老の男性と、やはり初老の女魔術師──彼女のことはとても懐かしい感じがした──、それに戦士風にはとても見えない服装をした、一見若々しい青年戦士。いずれ劣らぬ実力者のようだ。彼らは《私》を倒すために集ったのだと、アルトは、いや、「彼」の意識は理解していた。
次の瞬間、視点は別の場所に移っていた。
それはどこかの迷宮だった。竜王山……なぜかその名が頭に浮かんだ。
迷宮の中を、先ほどの3人は進んできた。ゴーレムの助けもずいぶん借りていたが、自らの力と頭脳とを駆使して、《私》のいる部屋まで辿りついた。ゴーレムの先行投入に続き、「とぅ」というわざとらしい掛け声と共に青年が飛び込んできて、部屋を守らせていたドラゴンに止めを刺した。そろそろ出番だ。
《私》は彼らの背後に自らを投影し、タイムストップ〔時間停止〕の呪文詠唱に入った。それから、3つの赤い宝石の輝きと、アイスストーム〔氷の嵐〕……すべての光と轟音、嵐が収まったとき……だがまだ青年を除く二人は立っていた。
「リナールはくたばったか……だが、お前の呪文もサイレンス〔沈黙〕で封じたぞ」
馬鹿め。
《私》は次の呪文詠唱に入った……が、氷の嵐は今度は女魔術師の杖に吸い込まれた。
「プロジェクトイメージ〔変わり身を作る〕よ。この近くに本体がいるはず」
「そうか、ならばトゥルーサイト〔真相看破〕!」
僧侶は《私》が倒れた竜の中に潜んでいることを見破った。《私》は竜の骸をアンデッドドラゴンとして復活させたが、女魔術師の放った魔法の矢により、これも完全に破壊された。
「いい加減出てこい。一人でここまでやれたことは称賛に値するが、もう潮時だ」
潮時……なぜだ……なぜ《私》が……
ドラゴンの死体の中からふらりと浮遊する『スタチュー』に、女魔術師は有無をいわさず呪文を放った。ライトニングボルト〔電撃〕。それは『スタチュー』を貫いた。《私》は元の姿に戻り、落下した。耳障りな音がした。
…《私》が…負ける…《私》の研究は…完璧なはずだ…《私》は正しい…
…これがあれば神をも超える…超えられるのだ…
…確認しよう…《私》が作りかえた世界を…
…そうだ…確認しよう…新しい身体で…
金属板の共鳴のような声……だれの意識ともわからない、自分の声とも思えない、だが存在に肉薄したそれは、やがて他の夢と混ざり合い、薄れ、そして遠ざかっていった。




